生まれてすぐ捨てられた王子の僕ですが、水神様に拾われたので結果的に幸せです。

日之影ソラ

1.生まれてすぐ川流れ

 この世界を創造したのは神様だ。

 何もない場所に大地を造り、大気を通わせ、大空で蓋をした。

 植物や鉱物、人や動物といった生命すらも、神の力によって誕生している。

 世界中のあらゆる物、要素が神の力で存在し、その恩恵を人々は得ていた。

 しかし時は流れ、人は自らの力で想像し、創造する力を手に入れた。

 それは知恵であり才能。

 考え理解し、新たな発想から何かを生み出す。

 そうして人は成長し、数を増やし、長い時間をかけて文明を築き上げた。

 

 故に、人々は忘れていく。

 かつて世界が神によって造られたこと。

 彼らからの恩恵を授かり、生き抜いてきた事実を。

 神ほど偉大な存在はいない。

 しかし、神のいなくとも生きていける。

 そう知ってしまえば、信仰など容易く薄れてしまうものだ。

 

 世界を生み出した始まりの神を除き、人々の信仰によって誕生した神々は、信仰がなくなれば存在を保てない。

 人々の神離れが加速し、一人また一人と神の消えていく。

 いつしか世界に神という存在がいなくなるまで、人々は忘れ続けるのだろう。

 それはとても無礼で、悲しいことだ。


 月日は流れ――


  ◇◇◇


 世界誕生から約一万年後の現代。

 二十ある国の中で断トツの人口を誇るルート王国に今、新たな生命が誕生した。

 取り上げられた赤ん坊は、母親の腕に抱かれてオギャーと産声をあげる。

 それは世界に対する存在の証明。

 僕は生まれて来たぞと世界に伝えている。


「元気に生まれて来てくれてありがとう。アクト」


 アクト・ディレイク。

 誕生した赤ん坊につけられた名前。

 彼はルート王国の王と、平民の町娘との間に生まれた男の子で……

 第四王子である。

 普通、新たな王族の誕生は国中から祝福される出来事だ。

 しかし、彼の場合は違った。

 不運と言ってしまっても良いだろう。

 結果だけ言うなら、彼は祝福されなかった。

 否、祝福されてはいけない命だった。


 誕生から二日後――


 アクトを抱きしめる母親に、父親である国王が告げる。


「その子は……アクトは育てられない」

「そんな! どうしてですか!」

「わかるだろう? 君は平民で、私は国王だ。王族の子に平民の血が混ざっているなど……そんなことはあってはならないんだ」


 苦虫を噛みしめるような顔で国王は言う。

 母親も分かった上で子を産んだ。

 国王は覚悟しているのだと考えていたようだが、それは違ったらしい。


「私とて心苦しい。だが……まさか身ごもってしまうとは思わなかった」


 彼女が子を孕んだことは、国王にとって大きな誤算だった。

 二人は所謂愛人関係で、公に出来ない間柄である。

 故にこそ知られてはならない。

 町娘を愛人として愛し、子供まで授かったことは。

 国王と隠さなくてはならないことだった。


「その子をこちらに渡しなさい」

「どうするおつもりですか?」

「……」

「言えないようなことをするのですか? 我が子に!」


 国王は歯を食いしばる。

 怒りを露にする母親に怯むことなく、強引に赤ん坊を奪おうとする。


「や、やめて!」

「こうするしかないのだ! たとえ恨まれようとも」

「い、嫌!」


 母親の抵抗虚しく、国王に赤ん坊を奪われてしまう。

 元々身体が強くなかった母親は、無理をして力を入れた直後に倒れてしまった。

 倒れた母親を目にして、国王は一瞬躊躇する。

 しかしすぐ強い目になって、彼女を置いて去っていく。


「待って……お願い! アクトを!」

「すまないアリシア。いずれ咎めは受ける」


 母親は涙を流しながら叫んだ。

 国王の名を、我が子の名を。

 いくら叫んでも国王の硬い決意は変わらず、しばらくして声すら出なくなっていた。


 赤ん坊を抱いた国王はローブを身に纏い、隠れながらある場所に向う。

 王都の外れに流れる大きな川。

 世界で最も長い川とされて、その流れは神秘的な湖に続いている。

 かつてその湖には、水の女神が住むと言われていた。

 国王は川に到着すると、赤ん坊を入れた小さな木箱をゆっくり、川に流す。


「すまないアクト」


 謝罪の言葉を最後に、赤ん坊を入れた木箱は流れに乗っていく。

 荒々しくはないが緩やかでもない流れだ。

 途中で木箱が横転すれば、生まれて間もない赤ん坊など溺れて尽きるだろう。

 仮にどこかへたどり着こうと、生き残る道はない。


「もし……もしも生きていたのなら」


 そんなことはあり得ないと思いながら、国王は呟く。


「奇跡が起こったのなら……どうか私を、恨んでほしい」


  ◇◇◇


 赤ん坊を入れた木箱は流れに乗って川を下っていく。

 一日経っても横転しなかったのは奇跡だろう。

 そしてもう一つ、大きな奇跡が起こる。

 木箱はたどり着いた。

 水の女神が住まうという湖に。

 そこには本当に――


「あら?」


 神様が住んでいた。


「人間の……赤ちゃん?」


 青く長い髪の綺麗な女性が、赤ん坊に気付いた。

 彼女は赤ん坊の表情と木箱を二度見返して、何があったのかを悟る。


「そう……可哀想な子。あなたも一人なのね」


 そう言って慈愛に満ちた目で赤ん坊を抱きかかえる。


「わたしも一人なの。ずっと……一人」


 語り彼女の胸に抱かれ、赤ん坊は嬉しそうに笑う。

 そんな赤ん坊の無邪気な笑顔を見た彼女は、手を震わせ涙ぐむ。


「わたしはウルネっていうの。ねぇ、もし君が良いのなら――わたしと一緒にいてくれないかしら?」


 赤ん坊は笑う。

 一度目より大きく、ハッキリとした笑顔を見せる。


「――ありがとう」


 こうして、捨てられた王女のアクトは水の女神ウルネと出会った。


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