その頃彼は1

ジルジート・デライドのサイドストーリー。



〜〜〜




 病気のせいで長時間立って歩けない僕は、庭園へ侍女に連れてきてもらうことが日課だった。

 いつも一人で座って、ぼーっと目の前の大きな花を眺めていた。

 この香りを嗅いでると、一時的でも苦しさが紛れた。真っ青の花びらが毒々しいと思ったけど、ついつい眺めてしまっていた。

 誰も治したことがない、瘴気を持って生まれたこの体。

 18歳の成人になると徐々に瘴気の力が強くなり、全員が25歳を待たずして亡くなっていると過去の文献には記されていて、死亡原因は瘴気ということだけはわかっている。王族の特殊な血統らしい。

 僕も、いつまで生きていられるのかわからない。

 日々の生活に、生きる目的も、目標もなかった。


 そこで、空色の髪をした女の子に出会った。


 初めて会った時は、鼻血を出しながら踊っていた。

 不思議な女の子だなと思った。


 僕は王子だと名乗らなかった。王子だと知ったら今日みたいに楽しく会話ができなくなるのかなと思ったからだ。

 みんな僕のこと、「かわいそう」とか「病気持ち」とか「瘴気が移るかもしれない」って陰で言う。僕だって病気になりたくてなったわけじゃないのに。感染らないって父上が言ってるのに……。


 でも空色の髪の女の子は僕のことを一人の子供として接してくれた。だからそれが嬉しくて、次に会ったときには隠し名の『デライド』を名乗った。これなら他の人には、王子である僕の名前だと思われないからね。


 それから僕はスコットレイス公爵が王城に来ると聞いた日には、父上と公爵が会議中のときに彼女に会いに庭園へ来た。ギリギリのところまで侍女に支えてもらって歩き、そこからは一人でベンチまで歩いて彼女を見つけて声をかける。もしくは僕が先にベンチに座っている。


 ある日、彼女が来ない日があった。

 いつまで待っても来なかった。


「ジルジート様、もう寒いですから帰りましょう?」


「ううん、もうちょっと待つ」


 いつも手伝ってくれる侍女がブランケットを肩にかけてくれたけど、僕はその後も待った。冷たい風は僕の体をどんどん冷やしていったけど、彼女に会えばそんなの忘れるくらい楽しいんだから。


 でも、彼女は来てくれなかった。


「ゲホッゲホッ……うっ」


 病気のせいなのか、彼女に会えない悲しみのせいなのか。咳が止まらなくなり、侍女に抱えられて自室へと強制的に帰らされた。


「ううっ……」


 部屋に一人になると、堪えていた涙がこぼれた。

 仲良くなったのに……僕のこと王子だって気づいたから来なかったの?僕のこと嫌いになったの?僕がこんなだから?僕は会いたいのに……。


「兄上。起きてる?」


 ガチャリとドアが開くと、双子の弟のヴィンバートが入ってきた。


「起きてるよ……」


「スコットレイス公爵令嬢をずっと待ってたんだって?無理するなよ。歩くのもやっとなのに」


「だって……。何も言わずに来なかったんだよ?!アンジェリーナも僕のこと嫌いになったんだよ!」


「ああ、そうかもな」


 そんなことないよ、と言ってもらいたかった僕の気持ちとは裏腹に、弟のヴィンバートはあっけらかんとそう口にする。


「な……」


「そんな卑屈な男なんて女の子から嫌われるぞ。次また会えたら理由を聞けばいいだろ」


「でももう来ないかもしれないし……」


「じゃあ次にスコットレイス公爵が来たとき、庭園行くのやめれば?」


「……行くし」


「フフッ、そういうと思ったけどな。とにかく話をしなよ。向こうだって都合があったかもしれないんだから」


 笑いながらヴィンバートは部屋を出ていった。

 そうだ、次に会ったときにどうして来なかったのかを聞こう。

 しかしいつもより長く3ヶ月間も空いた。


 ようやく公爵が来る日になって庭園へ向かったものの、3ヶ月も会えないのに加えて、前回の来なかった理由がわからないままのモヤモヤした気持ちが自分の機嫌を悪くする。


 彼女にどうしたの?と聞かれて、僕がずっと悩んでいた3ヶ月間のことなど無視された気分になった。僕、いっぱい悩んだのに。アンジェリーナは何も思わなかったの?会えなくても平気だったの?僕は次に生きて会えるかわからないのに。

 その不満な気持ちが言葉と共に自分の頬をより大きく膨らませた。


「……この間来なかった」


 ……本当はそんな言い方をしたいんじゃない。どうして来てくれなかったかだけが聞きたかったのに、とても嫌な言い方をしてしまった。

 言ってから後悔する。本当に嫌われたらどうしよう。僕にもう会いに来てくれなかったらどうしようと考えると、心臓が嫌な音を大きく鳴らした。

 突然、頬が彼女の両手で包まれる。驚いて目を見開くと、一気に顔が赤く熱くなるのを感じた。


「ごめんね、熱が出てこられなかったの」


 彼女の口からは、僕の頭の中になかった……でもありふれた可能性のうちの1つが言葉として耳に入ってきた。

 僕、なんでその可能性を考えなかったんだろう。なぜ、アンジェリーナを疑ったんだろう。


「えっ、そうなの?……ごめん……僕のこと嫌いになったのかと思った」


「嫌いになるわけないじゃない!私もここに来るのがとっても楽しみなのよ」


 僕が勝手に不機嫌になって、彼女に文句を言ったのに……彼女は全然そんなこと気にしないでいてくれた。僕のこと嫌いじゃないって言ってくれた!楽しいって言ってくれた!


 僕達はまたいつものように楽しく過ごす事ができた。アンジェリーナといるときだけはとても気分が良かった。


 そんなある日、僕はヴィンバートと共に父上から衝撃の事実を知らされる。


「スコットレイス公爵令嬢であるアンジェリーナ嬢は、将来王妃になることが決まっている。20歳の即位式で国王になったほうが婚姻を結ぶことになるから覚えておくように」


「アンジェリーナが……王妃」


 それは半分が嬉しく、半分が悲しい知らせだった。

 現状、僕達双子はまだ公式には表に出ていない。だから世間には『弟が病弱』と知れ渡っている。

 本来であれば、第一王子である僕との結婚が確定なんだけど……。このままだともしかしたら、弟のヴィンバートが国王に即位して、ヴィンバートとアンジェリーナが結婚する可能性もゼロじゃない。


 僕が……僕がこんな体じゃなければアンジェリーナと結婚出来るのに。僕も王子なのに……。


 次に彼女に会ったとき、合言葉を決めた。双子である僕達は一見すると見分けがつきにくいほど似ている。将来、もしヴィンバートと結婚することになっても、同じ顔だからどっちでもいいなんて彼女に思われたくない。僕のことだけを見てほしかった。

 だから僕達だけの秘密を持ち、僕達だけの宝物にした。そうしてヴィンバートと僕は別の人間なんだよと彼女の脳内に焼きつけたかった。


 名前をリーナと呼んでいいって言われたときにはとても嬉しくて、誰もいない私室のベッドの上で何度も彼女の名を呼んだ。


「リーナ!リーナ……」


「兄上、そんなに彼女のこと好きなの?」


「っな!?ヴィンバート!せめてノックしてから入ってこいよ!っゴホッゲホッ……」


「大声すぎて、外にも聞こえてるんだよ。ほら、水飲め」


 ただでさえ彼女の名を連呼していたのを見られて恥ずかしいのに、廊下の外にまで聞こえてたなんて!じ、じゃあ他の人にも聞こえてたの?!ヴィンバートに差し出された水を一気に飲み、恥ずかしさが頂点に達してベッドに潜り込む。


「でもさあ、このままだと兄上の代わりに僕が国王だよ?リーナは僕のお嫁さんになるわけだけど」


「ヴィンバート!リーナって呼ぶなよ!僕が許可もらったんだから!」


「いいじゃん呼びやすくて」


「駄目だよ!僕だけが呼ぶ名前なんだから」


「はいはい、兄上はこれ以上悪化しないように早く寝なよ?」


「わかってるよ」


 ベッドに潜り込み、これからの未来を考えると不安しか生まれない。眠りたくても眠れなかった。



 リーナと仲良くなり、僕がもうすぐ10歳になる頃。

 僕の私室にやってきた父上は、僕が一番聞きたくなかった言葉を放った。


「ジルジート、お前の病気が一向に治らない。来年には“健康な第一王子”が表に出る必要がある。申し訳ないが、ヴィンバートは第一王子のジルジートとして、ジルジートは弟のヴィンバートとして振る舞ってもらう。これは命令だ」


「あの……スコットレイス公爵令嬢との婚姻の話は……」


 国王になれるかどうかよりも僕には大事なことがあった。父の今の発言を聞く限り、次の言葉には嫌な予感しかなかった。


「第一王子のフリをするヴィンバートとの婚姻を結ばせる」


 父上が部屋から出ていくと、シーツを被って叫んだ。


「どうしてっ……!」


 どれだけ頑張っても、僕の病気は治らない。過去の文献に治った人のことが書いていない。スコットレイス公爵だって毎回来て薬を作ってくれているのに、全然良くならない。それはつまり、僕とリーナの結婚の可能性が無いことを意味した。


「なんで……っ……。なんで僕はこんな体に生まれてきたんだよっ!僕がこんな体じゃなければ……!どうしてだよ!僕がなにか悪いことをしたのかよ!僕がっ……何をしたんだよ……」


 リーナが王妃になることが決まっていると聞いたときは、単純にリーナと仲がいいから自分も夫になる権利があることだけで嬉しかった。

 でも今は違う。リーナは僕にとって特別なんだ。

 とても大切で、大好きで、誰にも渡したくなくて、僕だけのリーナになってほしいという強い気持ちが芽生えた。


 なのに。

 僕にはその権利が無くなるんだ。


 悔しくて悔しくて、でも自分にはどうすることも出来なくて……。ベッドの中で泣きながら叫んだ。




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