玖、想い

「っ……そ、想像の……?」


 眉をひそめ、不思議そうな顔で私を見る兄デライド。


「その想像の実はどんな効能があるか。どなたかヴィンバート様のところへ行って紙に書いていただくことは出来ませんか?あ、申し訳ありませんがジルジート様以外でお願いいたします。不正は困りますので」


 国王陛下は目配せをして、侍女が部屋を出ていく。弟デライドのところに行くのだろう。

 少し経って、先程の侍女が紙を持って戻ってきた。それを国王陛下が受け取ったのを見計らって、私が口を開く。


「“この世界が平和になる薬”で、間違いありませんか?」


「……ああ」


「……!」


 紙を見ていた国王陛下は小さく頷き、横の兄デライドは驚いたような顔をしている。予想していなかったような夢見がちな答えにビックリしたのかしら。


 あの頃、新しい薬草が作れるならどんな効能にするかを想像して遊んでいた。その中で、唯一具体的に内容が決まったのはデルンジェの実だった。

 私と、彼の名をもじった。

 自分みたいな重い病気をする人がいなくなって、どんな病気でも治せる薬が開発されて、ただただ平和に過ごせる国がいいね、と彼は言った。だから私は、そういう薬を作ってみんなを幸せにする手伝いがしたいと伝えた。彼も頷いてくれた。

 あれは一貴族の言葉ではなく、王子である彼の言葉だというのは当時わからなかったけど、今なら理解出来るし、彼ならこの想像の実は覚えてくれているだろうと大きな賭けだった。


 そして最後。


「ルビーと」


「……?ルビー?」


 兄デライドは頭にハテナを浮かべて不思議がる。私はたくさんの証拠を集めた上で二人の合言葉を確認したかった。二人だけの秘密の言葉だからこそ出し惜しみしたのも事実だけど、この合言葉は私の中での決定打であり最終確認だ。

 仮面舞踏会の時は、幼い頃に会ったデライドだと直感が働いて合言葉を言い合った。


 私が一度も弟デライドに会っていないと言うのなら……目の前の兄デライドが私と幼い頃に会った男の子なら、この合言葉を答えられないはずがない。


 これで安心して、宣言出来る。


「こちらの御方、ジルジート様とは幼い頃に1度もお会いしていません!私が愛しているのは、弟のヴィンバート様です!どうか、ヴィンバート様に会わせてください!」


 私は思いっきり頭を下げた。もう、誰にも誤魔化されたくない。私が好きなのは、弟デライド……いえ、ヴィンバート様なの!


 少しの沈黙の後、国王が口を開いた。


「一度落ち着こう。まずは先にこの薬を飲ませてくる」


「……はい」


 私も少し感情的になってしまっていたことを反省する。そうだ私のことなんか二の次で、この国の王子の病気を治すほうが先よね。


 部屋にいた人たちと、弟デライドの部屋へと向かう。王子の私室だということで、私とお父様はドアの外で待機となった。

 大丈夫かな。薬は完璧なはずだ。だってちゃんと魔法がかかったんだから。

 でも毒草の代表のようなバルバリエラの花を使った薬。自信はあるのに不安で頭がいっぱいだ。


「私はお前の腕を信頼している」


「お父様……」


 そっと背中を撫でてくれるお父様の手に幾分かの落ち着きを取り戻す。

 すると部屋から叫び声が聞こえた。


「ううっ……うぁぁぁぁ!ゴホッゴホッ!あぁあぁぁぁ」


「っ?!ヴィンバート様?!」


 苦しそうな、何かで体中を引き裂かれているような。過去に聞いたことのないほどの大きなうめき声に私は全身の血がなくなったかのように恐怖に陥る。

 私は弟デライドの私室の扉をドンドンと思いっきり叩く。嘘……私の薬が効かなかったの?!そんな……だって魔法がかかったのに!


「デライドっ……!」


 思わずその名を叫んでしまう。どうしようどうしよう、まだあなたにちゃんと会っていないのに。再会していないのに。結婚するって約束したのに!部屋の中からは叫び声と、弟デライドを心配する声が飛び交っている。


「いやだ……デライド!!」


 その瞬間、部屋の中から強い光が放たれた。


「な、に?」


「どうした?」


 私もお父様も混乱する。今の光は何だったのか?弟デライドはどうなったのか。声は聞こえるものの、ハッキリと言葉はわからない。しかし部屋に入る許可も貰えずにヤキモキとした時間を過ごした。


 しばらくして、入室許可が下りる。

 先にお父様が部屋に入ったけど、私は足が重かった。無意識に俯く。

 今までずっと弟デライドを信じてきた。ずっと待ってくれていることを願っていた。

 でも……私と同じような想いを持っていなかったらどうしよう。仮面舞踏会では本当にただ久しぶりに会いたいというだけで、それ以外の感情を彼が持っていなかったら?


 そんなことを考えてしまうと足が進まないのだ。

 ぎゅっと拳を握りしめ、勇気を出して足を進める。

 そうよ、私は彼に会うために頑張ってきたのよ。何を怖気づいているの?

 廊下から部屋に一歩、ゆっくりと足を踏み入れる。顔を上げようとすると、部屋の中の彼の姿を探す前に目の前が真っ暗になった。


「リーナ!」


 一瞬何が起こったのかわからなかった。

 だけど、すぐ近くに聞こえたこの声は……。


 兄デライドの声じゃない。

 細くて、弱々しくて、でも優しさで溢れる幼い頃の彼の声だ。


「デ……ライド……」


「うん、そうだよ、僕だよ。会いたかった!ずっと会いたかったよ!」


 頭上からの声で、私は弟デライドにきつく抱きしめられているのがわかった。体は細いままだけど、彼は私のところまで歩いて来てくれたのだろうか。


「体は……大丈夫なの?」


「さっき瘴気を吐き出して、父上に魔法で破壊してもらったよ!そうしたら、みるみると体に血が巡ってくるような感覚になって、立っても走っても全然苦しくないんだ。……リーナ、僕のリーナ!君のおかげだよ、本当にありがとう……また、会えたね。リーナ……」


 きつく抱きしめながら、私の頭を優しく撫でる彼。同じように会いたいと思ってくれていたことに感動して……嬉しすぎて涙が出そうだった。私も彼の背中に腕を回す。


「私もっ……ずっと会いたかった……。デライド、顔を見せて?」


 抱きしめられていたので、10年ぶりの再会なのにまだ顔を見ていない。ゆっくりと体が離れるとそこには、兄デライドとそっくりで、でも全然違う人が頬を染めて愛おしそうに私のことを見つめていた。大人になった彼はとても美しく、薄い二重幅に、眉尻が下がる笑顔を私に向けている。私は彼の頬に手を当てた。


「会えて良かった……デライド……一度も忘れたことがなかったわ」


「僕もそうだよ……仮面舞踏会の時、僕に気づいてくれてありがとう。リーナが美しくなってて、あのときは本当に帰るのが嫌だったよ」


「そうよ、なんで一言も話してくれなかったのよ……」


「それは……」


「僕が教えるよ」


 兄デライドが近づいてきて、自分が説明すると話しかけてきた。抱き合っている私達の感動の再会をこの場にいる全員に見られていたことに、急に恥ずかしさが襲う。慌てて離れたが、本物のデライドは私の手を握り、横に立った。


「一回でいいからどうしてもリーナに会わせてくれ!って駄々をこねるから、仮面舞踏会を開いて、君の言うとおり禁術を使ったよ。公爵に薬を作ってもらって、僕の力を貸した。もちろん父上の許可も取っている」


「やっぱり……」


「父上、母上。もう充分でしょう?僕がこれ以上やることなんてなにもないよ。だって見分けられちゃうし、バルバリエラの花の匂い嗅ぎたくないし」


 兄デライドは国王陛下と王妃殿下の元へ行き、小さな声で何か話している。私の横には、微笑みを私に向けている愛おしい人がいる。握られた手に力が込められた。


「薬を作ってくれて本当にありがとう。ついさっきまでの自分が別人みたいだ。立っていてもつらくないし、リーナを抱きしめることも出来るんだから」


「私はあなたのために頑張ったわ。必ずまた会えることを信じていたの」


「嬉しいよ……仮面舞踏会のときも思ったけど、リーナの身長を追い抜けたことが一番嬉しかったな」


 透明感のある肌、動くたびに揺れる鮮やかな金髪。顔をほころばせて笑う彼は満開に咲いた花のように輝いていてとても美しい。彼の元気になった姿を見られて、彼に触れて、話すことが出来たのだ。こんなにも幸せなことなど、もう二度と訪れない気がする。


 パチパチパチ。

 遠くから拍手が聞こえ、そちらを振り向くと国王陛下が私のほうに向かって歩いてくるのが見えた。


「よくぞ双子をあんなにも詳しく見極められたな。さすがスコットレイス公爵令嬢だ……私達が気づかないところまで詳しく書いてある。それに薬もだ。公爵でさえ全く見つからなかった糸口をこの短期間で見つけてくれた。父親として感謝する。ありがとう」


「い、いえ……恐れ入ります……」


 私は慌てて弟デライドから手を離し、スカートをつまんでお辞儀をする。再び顔をあげると、微笑んだままの国王陛下は、私の今の気分をすべてぶち壊す発言をした。


「では、予定通り兄であるジルジートとの結婚を進めよう」


「えっ?ち、ちょっと待っ……お待ち下さい!」


 おーい国王陛下!今のこの感動の再会を全部見てたでしょ!?どこをどう納得してその結果になった?!





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