第3話 チョコットクルクルクルセイダーズ(2)

 そして、俺の逆サイドをちょこちょこと走っている女。

 この女は【グラス=エアハート】

 三大貴族エアハート家の3女である。

 職業は賢者。

 一応、このパーティ【チョコットクルクルクルセイダーズ】では、まともに魔法攻撃ができる使えるやつである。

 ただね……

 この娘、コミュ障なんですよ。

 話しかけても、何も答えない。

 それどころか、いつも何かブツブツとつぶやいている。

 というか、走っている今でも青色のショートの髪を揺らしながら何かをつぶやいておりますわ。

「なぁグラス……走りながらつぶやくと舌かむぞ!」

 ちょっと心配になった俺は、おせっかいとは思いながらも忠告した。

 というのも、こいつの炎撃魔法ぐらいしか、攻撃手段がないのである。

 今、こいつに舌でもかまれたら、その詠唱すらおぼつかなくなるのだ。

 だが、やはり、思った通り返事は返ってこない。

 まぁ、いつものことだ。

「マジュインジャー! だから、それはまずいって何度言ったらわかるのじゃ!」

 先を走るアリエーヌが、振り向きながら叫んだ。

 そうだった……忘れていた。

 俺の問いかけに抗うかのようにグラスのつぶやきが大きくなった。

「327375064260624299412032……僕の邪魔をするなぁぁぁあ!」

 アリエーヌをはじめ他2人の表情が急に引きつった。

 さも、俺が爆弾のスイッチを押したかのように、急いで距離をとって離れていく。

 今、グラスが唱えているのは魔法ではない。

 ただの円周率。

 この円周率を日がな一日、ずーっとつぶやいているのだ。

 この娘、内気で小心者。

 だから、だれともお話しできないものだから、独り言で円周率を唱えているんだとか。

 本当かどうかは知らない。

 だって、それを教えてくれたのはアリエーヌだから。

 ただ、問題は、この円周率の詠唱なのだ……

 この詠唱を邪魔しようものなら、この娘……いきなり大豹変。

「奈落の底で遊惰ゆうだせし

 悠久ゆうきゅう有閑ゆうかんの時を嗟嘆さたんする

 燎原りょうげん業火に身を焦がす

 鬱勃うつぼつの炎龍

 我が盟約に従い、現出せよ

 たぎれ! たぎれ! 煮えたぎれ!

 地獄の深淵より湧きいでし灼熱の業火

 この世の生なるものを焼き尽くせ!

 これこそが! 炎系究極魔法!

 ヘルフレェェーィム」

 轟音とともに火柱が立った。

 もうね、手当たり次第に炎撃魔法をぶちかます。

 もう、だれも止めることができません。

 彼女の魔力が尽きるまでこれが永遠とつづきます……

 終わった……

 もう、なにもかも終わった……

 終わった後は火の海の地獄。

 何も残らない、焼け跡。

 まるで、戦争でも起こったかのような惨状なのだ。

 ただね、魔王はもう少し向こう側なのだよ……

 どうして、あと少し、魔王の元まで待てなかったのかな……この娘。

 ここで魔法切れ起こしたら、これから先、どうやって戦うのよ、俺ら……

 爆心地の中心で口から煙を吐きながら俺は思った。

 コイツも、やっぱり使えねぇ……


 最後に残るメンバーはこの俺!

 今までのメンバーを見ていたら、きっとお前も使えない奴だろうだって?

 バカにしてもらっては困る。

 俺は、これでも、騎士養成学校ではトップの成績を修めているのだ。

 まあ、勉強そのものは嫌いではなかったので苦ではない。

 問題は、実技だ。

 騎士たるもの武術をもって尊しとする。

 だが、俺の体はひょろひょろのガリだ。

 身長も、同年代の男たちと比べると一番小さい。

 いつも並ぶときには、一番前に並ばされる。

 まぁ、男には成長期というものがある。

 俺には、その時期がまだ来ていないだけなんだろうから、焦る必要はない。

 だが、魔法には、そんな体形は関係ないから超うれしい。

 ただ、魔法使い系ではない俺には、使える魔法が限られてくるのが残念だ。

 回復魔法ぐらい使えれば問題はないだろう。

 なにせこの【チョコットクルクルクルセイダーズ】には、俺意外に回復系がいないのだから。

 そして、剣技はもっとすごいぞ。

 これでも、王国軍の騎士団長を練習試合でぶっ倒したことがある腕前だ。

 見直したか?

 実はこれには少々カラクリがあるんだけど。

 というのも、おれの職業は【魔獣使い】だ。

 剣士などではない。

 驚いたか?

 魔獣使いというのは、この世にあふれる魔物、いわゆるモンスターをテイムして使役することができる職業だ。

 モンスターというのは、魔王の使いのため嫌われる存在である。

 それを使う魔獣使いもまた、好かれる職業ではない。

 そして、モンスターもまた、動物とは違い人間に簡単に懐くようなことはしないのだ。

 そこで、魔獣使いは自らの能力を使って、強制的にモンスターを自分の支配下に置くのである。

 使役するのはモンスター。

 その命の替えはいくらでもある。

 だから、魔獣使いが使役するモンスターは、闘いの前面に押し出されるか、壁役として使われることが多かった。

 まぁ、使い捨ての道具みたいなものである。

 だがどうしても使役するモンスターの力量によって、その魔獣使いの働きいかんが決まってくるのは仕方ない。

 強いモンスターを使役すればするほど役に立つ。

 逆に、弱いモンスターだけだと、正直、全く使い物にならなかった。

 そして、一番の欠点、モンスターが入れ替わると魔獣使いの強さも変わる

 そのため、安定して戦闘に参加させることが困難な職業であった。

 なら、俺がテイムできるモンスターが強いのだろうって。

 残念ながら、俺の能力ではレベルの高いモンスターをテイムできなかった。

 だが、逆に、LV1のモンスターなら、どんな奴でもテイムできた。

 しかし、LV1といえば生まれたてのモンスターである。

 なら、ケルベロスのように強いモンスターの赤子を見つけてテイムすればいいじゃないかと思うだろう。

 だが、強いモンスターというのは、生まれたときから、レベルがそこそこあるのである。

 残念!

 だが仕方ない。これも運命だ。


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