第33話:おかしいのよ

「スレイプニール。子の体調が思わしくないのか、元気がないようで……」


 アーゼさんとリキュリアに抱えられた子を見せると、スレイプニールが心配そうに海から上がって来た。

 それだけで辺りからは悲鳴が上がる。


「ちょっと五月蠅いわね。静かにしなさいよ──"サイレンス"」


 リリアンが容赦なくリデン兵から声を奪った。

 俺だと……声が大きくなってしまうのかなぁ……。


 スレイプニールが子を鼻で突くと、それまでじっとしていた子供が僅かに動いた。


『我らが海の精。海水ではない真水に浸っていたせいで、魔力が著しく低下しているだけのようだ』

「そうですか……元気になりますか?」

『すぐにとはいかぬが……数カ月もすれば元の元気な子に戻るだろう』


 数カ月も!?

 そんなに掛かるのか……なんとか直ぐに元気にさせてやりたいが。


 魔力が著しく低下……マナポーションでは魔力は回復しない。ポーションで回復するのは魔法を使うのに消耗した精神力だけだから。


 でも……。


「リリアン。魔力の供給で回復させてやれるんじゃないかな?」

「ん-、そうね。出来るかも。あー、でもあんたはダメよラル。私がやるから」

「はは、そうだね。俺が魔法を使うと、逆にあの子の枯渇しかけている魔力を全部奪い取ってしまうかもしれない」


 リリアンが魔法の糸を紡ぎ出す。その糸の先端を俺と彼女が掴み、もう片方を──


「スレイプニール。この糸を君のお子さんに結んでもいいだろうか?」

『それでそなたらの魔力を、我が子に分け与えると言うのか?』

「えぇ、そうです。俺とリリアンが魔力を少しずつ分けます。少しでも早く回復したほうがいいでしょう」

『感謝する』


 魔法の糸をスレイプニールの子の腕に結んで、それが終わればリリアンが呪文を唱えた。

 糸を通して俺の魔力が吸い取られていく。

 ゆっくり、ゆっくりと吸い取られた魔力が、スレイプニールの子供へと流れ込む。 


「ラル兄ぃ、少し毛並みが良くなったで」

「そうか。でもこっちはまだまだ余裕あるし、もう少し元気になるまで──」

「ラル、ラルごめん。私はリタイアするわ」

「あ、うん」


 リリアンが術者だし、きっと俺よりいっぱい吸い取られたのだろう。

 それでもまだ魔法は継続中で、リリアンは魔法の持続用にだけ魔力を残してくれたようだ。


「俺がその糸に触ったら、どうなる?」

「止めときなさいレイ。速攻で気絶するだけよ」

「あ、あの、あたしなら?」

「変わらないわ。数秒で倒れるわよ」

「ボクはボクはー!」

「レイと同じように速攻ね。っていうか、私とラルぐらいしか無理なのよ」


 魔力の供給というのは意外と高度な魔法で、与える方が10吸い取られても、与える方にその10がそのまま行くわけじゃない。だいたい半分行けばいい方だ。

 だから魔術師でもない者がこの魔法の供給側に周ると、とんでもないことになる。


『ラ、ラルよ……大丈夫なのか?』

「えぇ、まだ平気です。リリアンの魔力の方が多めに吸われていたみたいで」

『そうには見えなかったが……』

「ラルの魔力を測ると、だいたい装置が壊れるのよね。まぁ……きっとおかしいのよ、ラルの魔力は」


 師にもよく言われた。

 俺の魔力はおかしいって。失礼な。


「おっ、おっ。ラル兄ぃ、もういいって言っとるで」

「ん? もういいって……」


 クイの傍らで純白の仔馬がいなないた。


『あり、が、とう。ボク、もう大丈夫』

「そっか。じゃあリリアン、糸を切ってくれ」

「分かったわ。お疲れ様ラル。大丈夫なの?」

「ん? 平気だけど?」


 ちょっと気だるさがあるのかな?

 でもまぁ大丈夫だ。


 それに、まだまだやるべきことは残っているのだから。


「みなさん、お待たせしました」


 みなさんとは──


「ひっ!?」

「お、お許しくださいっ」


 リデン兵のみなさんと領主のことだ。


「頼む、許してくれっ。もう二度とマリンローもスレイプニールも襲わないっ」

「襲いませんっ。もう二度と、決して!」


 懇願する領主と兵士たち。

 本当に反省しているのかどうかは、直ぐに分かる。

 これが最後のチャンスだ。


「あ、ちなみに俺のバフは、もう効果時間が切れていますので。普通に動けますよ?」


 それを聞いて、互いに肩を抱き合って無事を祝うぐらいならまぁ……救いはあるのかな。


「ほ、本当だ。体が動く!?」

「動くぞぉぉ!?」

「呪文を唱えさせるなっ。奴を殺せええぇぇーっ!!」


 領主の号令と共に、兵士たちが武器を抜いて駆け出す。


「"スピードアップ"」


 詠唱?

 必要ないね。


「む、無詠唱!?」

「くそっ、またか!!」


 悪態をつくリデン兵に向かって、リリアンが鼻で笑っていた。


「ばっかねぇ。ラルは全ての魔法を無詠唱できるのよ。ま、ゴミ火力の魔法は更にゴミになるから、あまり使ってないんだけどね」

「ゴミゴミ言わないでくれよ。その通りだから余計にダメージくるんだからさ」

「ふふ、ごめんなさーい」


 超スローモーションになったリデン兵の前に、二人の人物が躍り出た。


「なんだろうなぁ。多勢に無勢なら勝てる──って、そんな貧相な思考しか出来ない人間って、悲しいなぁ」


 そう言ってレイが槍を構えた。その隣でダンダさんもハルバートを握る。

 レイの一薙ぎで何人もの兵士が吹っ飛び、ダンダさんの方でも大勢が宙を舞った。


「お、随分とお強い」

「勇者一行の聖騎士殿に褒められるのは、悪くないもんじゃの」

「はっはっは」


 二人は大勢の敵を前にしてもひるまず、むしろ楽しんでいるようだ。

 まぁその大勢ってのは、動いているのかいないのかもよく分からないぐらい超スローなんだけど。


 元々兵士で溢れかえっていた場所だ。手前の兵士をバフれば、後は俺のバフを順番待ちしてくれているかのように立往生している。

 浮遊リングを使って浮かび上がれば、順番待ちの兵士も一望できた。


「"スピードアップ!"」


 仲間を範囲に巻き込まないようにだけ注意して、俺はがんがんバフる。

 バグってバフって──


 仲間たちによって倒されたか、俺のバフで動けなくなったか。

 全ての兵士がそのどちらかになった時、スレイプニールが動いた。


『罪なき者──というのが、全て町の外にでたようだ。そろそろ我が恨みを晴らさせて貰ってもよいだろうか?』


 それは、このリデンという町の終わりを意味する言葉だった。



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