第26話:バーフバフバフ

「じゃあクイ。ここから町の中に向かって頼むよ」

「任せろ!」

「お前にしか出来ない仕事だからな。頼りにしているぞ。あと少し大きめで頼む」

「任せろ! オレにしか出来ない仕事だからな!!」


 デバフのおかげか、夜の間にマリンローの近くまでやってくれた。

 あまり近づきすぎると川を陣取っているモンスターに見つかってしまう。

 ウーロウさんの鱗が乾かない様、たくさんの水を用意して収納袋に入れて陸地を移動。

 町を囲む防護壁が見える所まで来たら、あとはクイに地下道を掘って貰うだけだ。


 さすがに時間がかかるので俺たちは一休み。


 東の空が白み始めた頃、


「ラル兄ぃ、掘ったぞ!」


 と、元気よくクイが穴から出てきた。


「言われた通り、まーっすぐ掘って上に建物のある所に穴を開けたぞ!」

「よく頑張ったな。ありがとう。疲れたのなら休んでいてもいいぞ」

「オレまだまだやる! オレ強い!」


 うん。まぁ敵をバフって弱体化させるから、クイでも平気か。


「よし、それじゃ──」


 起きてきた全員に向かって、


「朝ごはんにしよう!」


 そう伝えた。

 腹が減っては戦は出来ないって、昔の偉い人が言ったとか言わないとかね。






「誰かの家かな?」


 クイが掘った穴は、人がひとりやっと通れる大きさだったけどそれで十分だ。

 穴の先は民家のようだったけど、住人の姿は見えない。

 まぁ家の中の様子からして、連れていかれた……んだろうな。


「ここは……知り合いの家です」

「魚人族の?」

「はい……小さな子供もいたのですが」


 全員連れていかれたのか。


「ラル、外静か。モンスターあまりいないみたいだぞ」

「本当か? もしかして引き返したんだろうか?」

「でもゼロじゃないし、人間の臭いは結構する」


 海賊か。

 窓の隙間から外の様子を覗くと、見るからにガラの悪そうなのが何人も見えた。


「ウーロウさん」

「あれは海賊です」

「分かりました。じゃあみんな。まずは俺が──」

「「了解」」


 そっと窓を開けて、見えている範囲にいる者全員にスピードアップを付与。

 すぐに彼らは異変に気付くが、気づいても全員がゆぅ~っくりとしか動けない。


「もう一つ。"その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"」

「よし、行くぞ!」


 二つ目のバフを見届けて、アーゼさんが飛び出した。

 すぐにティーとリキュリアが飛び出し、更にウーロウさんも続いた。


 ん?

 クイはどこにいったんだろう?


「オレは強い! オレは強いんや!!」

「え? アーゼさんの肩に乗ってんのか!?」


 クイのやつ、ちゃっかりアーゼさんの肩に捕まってやんの。

 

 さて、俺もじゃんじゃんバフろうか。


 俺たちの姿を見て「てめぇーら! どっから入ってきやがった!」とか言って武器構えて走って来る奴らには、とりあえずスピードアップ。

 それからウーロウさんを呼んで、町の住民かどうか確認する。

 まぁ町に住んでいた人間は、逃げるか裏切って海賊を招き入れたような連中なので、スピードアップバフぐらい問題ないさ。


「海賊です」

「そうですか。じゃあ追加バフっと──」


 バフれる。バフれる。

 楽しいなぁ。


 肉体強化までバフれば、ひ弱な魔術師である俺でも杖の一撃で倒せる。

 相手を動けなくすればいいので、足を思いっきり叩けば呆気なく骨が折れて海賊が悲鳴を上げた。


「ラル! あっちから二十人ぐらいくるぞ!」

「そうか。二十人か!!」


 二十人にバフれるんだ!!


 悲鳴を上げて転げまわる海賊を無視してティーが指さす方角へと行くと、武器を構えて走って来る連中が見えた。


「はぁ、はぁ……"韋駄天のごとき速さとなれ──スピードアップ"!」


 バフるとき、仲間たちより前に出なければならない。

 だけど相手との距離があれば何も怖くない。

 ずっとたくさんのモンスターと戦って来たんだ。二十人の海賊なんて、少ないぐらいだ。


 ただ普段バフるのはパーティーの仲間にだけ。

 王様の「ラルはいったい何人同時にバフれるのだ?」という素朴な疑問から始まり、王国騎士団相手にバフってみたら一〇八人までいけた。

 それ以上だと正直、人の姿が上手く認識できなくて付与できないというのが分かったんだよね。


「な、なんだ!? なんで体がっ、くっ。う、動かねぇ」

「いやいや、動いてるから。ただ超遅くなってるだけ。さぁ、どんどん行こうか?」


 俺は杖を握りしめ、次のバフの詠唱に入る。


 この時きっと、顔が物凄く緩んでいたと思う。


 悪い連中をバフるって、こんなに楽しいことだったんだ!


「ふはは。バーフ、バーフッ」

「ラ、ラル……怖い……」

「ラル殿、気を確かに持て!!」

「ふふふ、ふふふ。楽しいなぁ。もっと海賊いないかなぁ」


 船着き場のほうへと進みながら、向かってくる海賊をどんどんバフっていく。

 それにしても、海賊というには人数が多くないか?

 一隻の船に乗り込める人数じゃない気がするけど。


「ウーロウさん。海賊船は何隻来ましたか?」

「船着き場に入って来たのは四隻です。他にも海上に三隻いました」

「全部で七隻!? 海賊にしては多すぎる……」


 もちろん海賊だって徒党を組んでいる奴らだっているだろう。

 だけど七隻を動かせるだけに人数がいたら、食料の問題とかでいろいろ無理が生じるはず。


「救援要請を伝えに行った者たちは、元々リデンの人間だって言っていましたね?」

「え、ええ。それが何か?」


 リデン──マリンローと同じく海岸の町だ。

 ただ近海の潮の流れの影響で大型船も停泊しにくく、港町としてはあまり栄えていないんじゃなかったかな?


 もし……もしもだ……。


 リデンがマリンローを狙っていたら。


 魚人族が欲しい海賊と、町そのものが欲しいリデンとが手を組んだとしたら……。 

 

 その予感は船着き場までやってくると、現実のものとなった。

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