第6話:やれる

「"肉体は武器となり、敵を打ち倒す戦神の加護を与えん。アタック"」


 肉体の身体能力を大幅にアップさせる、オーソドックスな支援魔法だ。


 バフ魔法の射程距離は50メートル。ただし対象がしっかり見えていなければならない。

 射程ギリギリでバフれば、魔法に違和感を覚えたキックラビがこちらに気づいて走って来た。


「"韋駄天のごとき速さとなれ──スピードアップ"」


 魔法が効果を発揮して、キックラビの跳ねる速度が極端に遅くなる。

 まぁ地面を蹴って着地するまでに時間が延長される訳じゃない。ただ着地して、次に地面を蹴るまでが物凄く鈍化しているだけだ。

 それでも十分、こちらに到着するまでの時間は遅くなった。


「うわぁ、あいつ足遅いなぁ」

「俺の魔法効果だよ。さて、じゃあクイ」

「任せろぉー!」


 といって、クイは張り切って立ち上がり、バンザイポーズで爪を構える。

 こちらはデフォルトで移動速度が遅い。

 普通に四本足で駆けた方が早いぞ、クイ。


 そんなスローな戦いを、ただじっと見ている訳じゃない。

 周囲から別のモンスターが近づいて来ないか、警戒は怠らない。

 幸い、その気配はないようだ。


 やがて二匹が至近距離まで到達。

 キックラビは自身の身に起きた鈍化に戸惑いながらも、跳躍するために足を踏ん張っている。

 踏ん張っているが、あまりにも遅すぎて跳びだすよりも先にクイの爪がヒットした。


「ピギッ」

「うらうらうらうらぁぁぁっ」


 クイは歩くのは遅いが、攻撃速度まで遅い訳ではない。

 高速で繰り出される爪は、的確にキックラビの心臓をえぐった。


 短い断末魔のあと、キックラビはピクピクと痙攣しながら血泡を吐き出し……そしてピタリと止まった。


「オレ倒したぜ!」

「おぉ、やったなクイ。フルメタルで弱体化も必要かと思ったけど、お前の爪も鋭いもんな」

「そうやで!」


 ドヤ顔でふんぞり返るクイは、そのまま反り返り過ぎて後ろに倒れ込んだ。

 こういうちょっとどんくさいところは、可愛いんだよなぁ。


 課題は戦闘開始まで時間がかかることだな。

 今回は兎一匹だったからいいが、囲まれるとさすがにね……。


 次は四足歩行で駆けさせて、立ち上がるのは直前まで控えさせよう。

 あと俺もこの杖で参戦しなきゃな。その時はフルメタルで弱体化させて殴らせて貰うか。






「さっそく塩漬けにするか」

「しおづけくんせい美味い!!」


 狩った兎は皮を剥ぎ、川で綺麗に洗ってから持ち帰った。

 もちろん皮も大事に取ってある。

 まぁ裁縫の才能がないから、どうなるか分からないけれど。


 兎肉は適当なサイズに切り分け、保存食を作るために持って来た壺の一つに入れる。

 入れながら塩をすりこみ、香草を乗せ、そしてまた肉を乗せ塩をすりこむ。

 

「あとは蓋をしてっと──クイ、そこにこの壺より少し大きめの穴を掘ってくれないか?」

「おぅ! まっかせてーっ」


 クイは前足でガシガシ穴を掘る。

 穴掘りは得意なクイなので、ものの数分で希望する大きさの穴が歓声した。


「ありがとう、クイ。あとは壺を入れて……それから──"天を焦がす雷よ! スパーク"」


 壺に向かって呪文を唱えた。


 属性が反転する。

 草原に到着するまでに間に、何がどの属性に反転するのか調べた。


 火は水に。水は火に。

 風は土、土は風。


 そして雷は氷に反転する。その逆も然りだ。


 俺の火力では、壺を凍らせることも出来ないが、冷やすには十分だ。

 こういう時は、ゴミ火力しか出せない魔術師で良かったなぁとか思ったりもする。


 塩漬けにしたあとは、壺を冷やしてやると熟成もするし痛みにくくもなる。

 

「って聞いた」

「誰にや?」

「魔術師養成施設の食堂のおばちゃん」

「ふぅーん。そのおばちゃん、凄いね!」


 曇りなきつぶらな眼でクイが言う。こいつの凄いの基準は、かなり低い。


 壺を冷やした後は、板で穴に蓋をしておく。陽が当たらないようにだ。


 それが終われば昼食の準備に取り掛かる。


 小麦に砂糖と塩、イーストなんとかって粉を混ぜ合わせ、それに水を加えて捏ねまくる。

 出来上がったものを平らにしてフライパンで焼く。


 まぁ味はそんなにないけど、ここにさっき仕留めた兎肉を香草と一緒にして炙ったものを乗せれば美味くなる。


「ん、なかなかいけるだろ?」

「うんま。んま。ラル兄ぃ、いいお嫁さんになれるな!」


 男はお嫁さんにはなれないんだぞ。

 というか、そんな言葉、どこで覚えてきたんだよ。

 

「昼から図面を見ながら家を建てる位置を決めるから、クイ、穴掘り頼むぞ」

「んぐんぐ。オレに任せろ!」


 柱を立てるのに、クイの穴掘り技術は大いに役立ってくれるだろう。

 ただクイは体も小さいし、何より人間のように物を掴むのに適した手は持っていない。

 発達した大きな爪があるだけだ。


 建設をし始めたら、なかなか手伝って貰うのは難しいだろうなぁ。


 人型モンスターのテイムもしておくんだった。


 ま、あんまりたくさんいたら、間違ってバフってしまいかねないから今のままのほうがいいんだろうな。


 モンスター相手にバフるのは、人間相手にバフるときとは魔力の流し方が少し変わる。

 それはクイをテイムしてから知ったことだ。

 これからは間違ってクイをバフらないように、気を付けなきゃな。


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