第17話 ネオ地球人類?

天辺杉が見える辺りまで、駆け足で向かう。私の後を、ヴォルさんが心配して付いてきてくれた。


「なっ、何だこれー!」

天辺杉に気力を奪われないギリギリの場所で、ドリルカーなど多数のオートマシンがこれでもかと配備されていた。


「おっ!起きたか?体は何ともないか?」

目ざとく私に目を止めたウィルが、いい笑顔で聞いてきた。

「あ、うん。体は元にもどったみたい。ありがとうっ、て!ここで何をしているの?」

「見れば分かるだろう?あれを切り倒す準備をしているんだ」

「こんな大きな木を切り倒すって…。でも、御神木…」

ある程度迷信深い、私からすれば、とんでもないことだ。

「あのなあ。御神木ってのは、人や動物を手当たり次第に補食するのか?」

「う、うーん。神様が宿るなら、そう言うのもありかも…」

御神木を切り倒すと祟りがあるとか言うし…。

「神ってのは慈悲深い反面、無慈悲だ。大概、どこの宗教でも二面性について説かれている。けど、これは単なる巨木に過ぎない。もし、これを切り倒したことで世界が再び、滅ぶと言うなら、そういう運命だったんだろうよ」


随分とシビアだな。私にはとても理解出来ない。

「でも、でも…」

「早希。ちょっと、落ち着いたら?ここにお座りなさいな」

工場事場?には不釣り合いな真っ白いテーブルにロッキングチェアが置かれ、その一つにアイシャが腰をおろしていた。

「はい、紅茶をどうぞ」

コポコポとポットから注いだ紅茶の入ったアルミのマグカップをテーブルの上へと置いた。

「あ、うん。ありがとう」

私は素直に腰かけると、紅茶を一口飲んだ。


「はあ〜」

「どう?落ち着いた?」

対面に座ったアイシャが問う。

「落ち着いたけど、落ち着けないよ!だって、あんなに立派な木を切り倒すなんて」

「まあ、私も地質調査をしていると自然界の奇跡に遭遇したりするから、分からないでもないけど…。

けど、あれは駄目よ」

「駄目って?」

「危険だもの。あれほど大きい木は他にないから何とも言えないけれど、補食するために人間の意識を奪う植物が存在するなら、それは排除されて然るべきよ」

「どうして?」

「考えてもご覧なさい。この杉の木だけならいざ知らず、この個体以外にも同様の木が増えたら、どうなるか想像出来ない?」

「あ…」

「周辺を調べた限りでは同様の個体は見つかっていない。推測に過ぎないけれど、こうした個体は、ある一定の距離を置いてしか、存在しないのではないかしら?

縄張りと言うのも変だけれど、巨木が密集さていれば、それだけ自分の養分が摂取しにくくなるから。

あれはこの周辺では唯一の勝ち組なのでしょうね。これまで私達の周りには同様の性質を持つ個体は発見されていないもの。

もしかしたら、私達の見える範囲外では同様の木が存在しているのかも知れないけれど、発見次第、それも切り倒す予定よ」

「テレサは何と言ってるの?」

「もちろん、賛成しているわ。この案件は颯介の主導だけれど、発案はテレサだもの」

テレサは人間のために作られたAIだものね。人間に危害を加えられたら、怒って当たり前か。

私が、心のなかでそう思っていると、アイシャが微苦笑した。

「あなたの考えていることを当ててみましょうか?

人間に危害を加えられたから、テレサが怒ったって思ってる?」

「え?違うの?」

「違うわよ。もし、倒れたのが私だったら、こんな大掛かりなことにはなっていなかったでしょうね。もう少し、経過を見て判断したはずよ。

危害を被ったのがあなただったから、テレサの怒りが凄まじいの」

「ええ!そんなことないよ!アイシャだったとしても、テレサは同じ決断をしたはずよ」

そう言いながら、内心、焦りまくっていた。テレサは私のことを娘のように思っている。

機械と化した、お父さんが好きだったから、その娘である私のことも自分の娘のように思ってくれているのだ。


「ふふ。慌てなくても大丈夫よ。気付いているのは私も含めて数人よ。

私と颯介くらいでしょうね。あとの人達はテレサは大概、お節介焼きだ、くらいにしか思っていないわ」

事も無げにアイシャは言うが、複雑だ。テレサの偏愛がだだもれていたなんて。

彼女の心配や愛情は重いが、心強くもあった。

何故なら、私の秘密を知る唯一の存在だから。それにお父さんの思い出話が出来るのも嬉しい。例え1000年経とうが、私にとっては、つい先日のことだ。心の整理が追いつかないのだ。


「とにかく、あの木を切り倒すのは決定事項なのだから、止めても無駄よ。すでに木を枯らすための除草剤も注入しているし。

上を見て。杉の葉の先が黄色身を帯びているでしょう?」

アイシャの指差す方向を見上げれば、なるほど、深緑であった杉の葉が僅かに色づいている。

あれは枯れかかっているのか。


「これからが本番よ。オートマシンに制御されているとは言え、人の指事が必要になるかも知れないでしょう?

近付いて気力を奪われないよう、先に弱らせているの」

さらによく見れば、色づいた葉先からポロポロと落ちていっている。

なんだか、意思のある生き物を弱らせてから殺しているような気がするのは、私だけだろうか。


木が悲鳴をあげている―。


私は胸が痛んだ。


そんな私の心の中へと、ダイレクトに声が届いた。

『お願い!マザーを殺さないで!』

多少、耳障りなキーキーとした声音が混じる。

「え?なに?何なの?」

私は、声の主が分からず、キョロキョロと周りを見渡した。

「早希?どうしたの?」

すると、訝しげに私を見つめるアイシャの視線と出会う。

「アイシャにも聞こえた?」

「え?」

アイシャの反応から、彼女には聞こえていないようだ。

『どうか、助けて。私達のマザーを殺さないで』

必死な声が再び、届く。一体、どこから?


「おい、あれを見ろ!」

慌てたようなウィルの声に目を向ければ、彼が指差す方向に小さな人影があった。


―人?


彼?彼女かも知れないが、緑色をした人が天辺杉の幹に開いた、うろから身を乗り出していた。

何やら叫んでいるっぽいが、何も聞こえない。いや、私にだけ聞こえてくるようだ。

『お願い!攻撃を止めて!話を聞いて!』

彼がいるのは、随分と高い位置にあるうろで、私達は全員、見上げる形となった。

緑色をした人は私達が見守るなか、するすると幹を伝って降りてきた。

そして、天辺杉を守るかのように大きく両手を広げて見せた。


彼に続けと、木のうろからは次々と緑色の体表をした小さな人達が現れ、地表へと降りてくる。

彼らは巨木の前に横に一列になって、最初の一人と同様に両腕を広げた。サイズ的には人間の子供サイズ。保育園か小学生低学年あたりか。

最初の人が、一番、大きかった。


パクパクと口を開くが、やはり声は聞こえてこない。キーキーと軋むような音がするだけだ。

ただ、私にははっきりと言葉として会話が伝わってきた。


「おい、何だありゃ。森の妖精かなんかか?」

「分からない。人の骨格をしているようだが、全く違う生き物にも見える」

茫然と前を見つめるウィルとヴォルフから、そんな会話が聞こえてきた。

「敵意…はありそうだな。天辺杉を守ろうってのか」

「どうやら、そうらしい。意志疎通が出来ないのが残念だ」

そこで私がはいっとばかりに手を上げ、立ち上がった。

「私、彼らの言葉が分かるかも!」


「言葉が分かるって、どういうことだ?お前に語学スキルでも備わってるとでも言うのか?」

スキル、能力のことだね。そんなものはない!でも、通じるの。

「あの人達は、天辺杉のことをマザーって呼んでる。切り倒さないでって叫んでる」

「マザー?木が母親だって言うのか?」

「それは分からない。ただ、彼らの言葉が、ううん、思いが聞こえてくるの」


私は、一歩足を踏み出す。

「おい!止せ!」

ウィルが制止するのを、私は、「大丈夫」と言って拒んだ。

「うん。きっと大丈夫」

自分自身へと言い聞かせるように、私はまた一歩と彼らへと近付いて行った。

「おい、ハルキ!お前も行け!」

「了解しました」

機械であるハルキが気力を奪われることはない。そう判断したのだろう。


私は、ハルキを道連れに天辺杉へ近付いていき、緑色の人達から僅かに離れた場所で歩みを止めた。

「はじめまして。私は早希って言います。あなた達は誰?天辺杉の子供なの?」

私の問いかけに、最初に降りてきた彼は明らかに戸惑って見えた。

口を開くが、やはり言葉にはならない。代わりに心の中に声が届いた。

『あなたの言っている言葉は僕には理解出来ません。けど、意味なら通じています。頭の中に直接、聞こえてくるのです』

「私もよ。私は心に響いてくるの」

『心…?』

「ええ、ここ。心臓の部分」

私は両手で胸を押さえて見せる。すると、彼もまた、左手で胸の辺りを押さえた。

『心…、トクトクいってます』

「それが心臓、人の体を動かす大切な機能よ」

『あなたには我々の言葉が通じているの?』

「どうも、そうみたい。他の人には伝わらないみたいなんだけど」

『だったら!だったら、マザーへの攻撃を今すぐに中止してください!マザーが倒れれば、我々もまた、生きてはいけない』

切実な叫びに、私は理由を聞いた。


彼らは天辺杉から産まれたのではない。ちゃんと母体となる母親から産まれた、私達同様に。

彼らは大昔から大勢いて、至る所で小さな集落を築いていたが、年々、人口が減る一方だったそうだ。見て分かるように彼らは大人であっても小柄で大きくなることがない。

もちろん体力もなければ、飛び抜けた能力もない。見た目はともかく、小さな人間に過ぎなかった。

彼らは生態系の最底辺に位置し、あらゆるものから補食される一方だったらしい。


ある年、残された人々が集まり、天辺杉のうろに住むことを決意する。天辺杉には意志よようなものがあり、近付くものを補食するのは昔からだが、彼らが自身の中に住まうことを許してくれた。


『以来、我々は大樹とともに生きてきました。我々を補食しようと近付いてきて動物達は永遠の眠りにつかされ、我々は補食されることなく、平和に暮らしてきたのです。

どうか、この生活を壊さないで下さい。お願いします』

彼が頭を下げると、周囲の同胞達も揃って頭を下げた。


なるほど、理解した。彼らは無害なようだ。天辺杉にも意志があるみたい。でも、それをどう言って皆に納得させるか。それが問題だなあ。

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