第18話 依頼

 翌金曜日は有給休暇を取り、午前中から探偵の森川のところへ相談に出向いた。例のテープをくれた女探偵だ。手遅れになる前に丸橋の弱みを握るか何かしないと、夜もろくろく眠れないから早めに動いた。

 「という訳で、恥ずかしながらまんまと罠にハメられた。どうしようかと考えた末、こちらも決定的な写真を入手するしかないという結論に至った。それを頼みたい」

水曜に起こったことを森川に細大漏らさず話した後、そう切り出した。

「相変わらずダメな人ね。でも女はそういうダメな男を見ると守りたくなるから不思議だわ」

「あんたならやってくれると見込んで頼みに来たんだ。丸橋と愛川すみれの逢瀬おうせの写真を撮れるか。それがあれば丸橋が溺愛している愛川のアイドルとしての立場が悪くなる。対抗手段としては少し弱いが、それしかないと思うんだ。どうだろう?」

「だめね。全然弱いわ。丸橋って独身寮に入ってるんでしょ。結婚してるなら愛川との写真は不倫写真になりうるけど、独身男と一緒にいる程度では、イメージの低下はそれほどないわよ」

「じゃあ、どうすればいいんだ」

「そうねえ、しかたないからあたしが一肌脱いであげましょうか?」

「どういうことだ」

「丸橋と一緒にラブホに入る。そこを私の部下に撮らせるの。こう見えてあたし結婚してるのよ。立派な不倫写真になるでしょ。あっちが仕掛けてきたら、その写真を丸橋の署内にばらまくなり、週刊誌に売るなり、いろいろ脅しがきくでしょう」

「いいのか、そこまでやってもらって?」

「ええ、最近刺激が少なくて退屈してたからちょうどいいわ。それに警察みたいな権力者の犬も嫌いだし」

「まさか丸橋と寝るのか?」

「ぷっ、まさか。丸橋がシャワーを浴びてる間にトンズラするわ。それに、いざというときはあたしの旦那に助けてもらうから心配はご無用。旦那は名前は知れてないけど、いちおうプロボクサーだから。彼も出会った頃は殴り合いが好きなだけのダメなやつでね、あたしが食事やメンタル面で支えてやってプロになれたの。だからおんなじダメ男のあなたのことも助けてあげる気になったわけ」

「高いんだろうな、依頼料」

「必要経費だけでいいわ。その代わり、あたしが家を建てるときはあなたに頼むから、そのときは目いっぱい値引きしてもらうわよ」

「悪いな、いろいろと。でもあまり無茶はしないでくれ。何をしてくるかわからん粗暴な奴だからな、丸橋という男は」

「了解。写真ができ次第郵送するから何日か待って」

森川はできる女だ。きっといい写真を送ってくれるに違いない。そう確信して探偵事務所を後にした。


 帰路につくべく駅に向かう途中、携帯が鳴った。丸橋のだみ声が耳にひびく。

「よう、元木君。先日はご足労願って悪かったな。おかげでいい写真が撮れたよ。社会のルールを守れない人間がどうなるかわかるよな。いずれしかるべき措置をとるから楽しみにしててくれ」

「おまえも結構な阿呆だな。あんな子供だましの手で人を陥れられるほど日本の社会は腐ってねえんだよ。それと、こっちもいい写真を撮ったから、いざという時はおまえの勤務署内にばらまいてやる。期待しててくれ」

少しでも時間を稼ぐつもりで、はったりをかました。この言葉で丸橋が写真の悪用をためらってくれることを祈るしかない。

「写真?愛川が何かやらかしたか」

「ああ、やってくれたよ、見事にな」

どこまでもはったり通すしかない。

「まあいい。あの女はトカゲのしっぽに過ぎない。邪魔になったら切り捨てるだけだ」

「タワマンを買ってやるほど愛しい女をそう簡単に切れるのかよ」

「切れるさ、ただの遊びだ、あんな女」

「ほう、そうかい。切れるもんなら切ってみろよ。そしたら俺がもらってやるぜ。おまえの使い古しだから気持ち悪いが、転売でもして小銭を稼ぐことにするさ」

「おまえも懲りんやつだな。俺を怒らせるとどういう目にあうか教えてやったろうに。女を駆け引きの手段に使うなら、目には目をだ。呉服屋の娘をいたぶらせてもらうぞ」

しまった。調子に乗りすぎた。一番の弱点をつかれた。が、言い返さないわけにはいかない。

「彼女とは同じ会社に勤める間柄に過ぎない。やりたければ好きにしろ」

「ほう、そうかい。同じ車で同伴出勤するほどの仲だと聞いてるが。いずれ玉の輿にでも乗るつもりなんだろ。逆玉ってやつに。そんな大事な女を毒牙にかけられてもいいのか、ああん?俺はやると言ったら必ずやる。おまえも知ってるだろ」

返す言葉が浮かばない。丸橋の女のことに言及したことを後悔した。

「今日はこのくらいにしといてやる。おれも暇じゃない。続きはあとだ」

丸橋はそう言って通話を終わらせた。


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