第14話 ダンスはやーやーなのっ!!
親父から電話がかかってきたのはその日の夜のことだった。いつものように日向の飯に舌鼓を打っていた俺は、突然、鳴り響いたスマホに
普段、親父が俺に電話を寄越すことなんてめったにない。
時々、電話を寄越したとしても、俺にとって、ろくなことがないということを俺は経験的に知っている。だから、電話に出ることを躊躇ってしまう。
ブルブルと震えながら着信音を鳴らし続けるスマホを眺める俺に、日向が箸を止めてこちらを見やる。
「出ないのですか?」
「いや、出ますよ」
「出る度胸がないのですか?」
「いや、そうだけどそこまで的確に言われるとなんか癪に障るなあ……」
と、日向はここぞとばかりに俺を攻撃してくる。どうやら、俺が親父を恐れていることは日向も気づいているようだった。
「ですが、出ないとさらに面倒なことになるのでは?」
「ですね」
「私、邪魔にならないようにベッドでいやらしい声出してましょうか?」
「邪魔にしかならないんだよなぁ……」
と、全くもって役に立たない会話をしばらく日向と交わしてから俺は恐る恐るスマホに手を伸ばした。
そして、通話ボタンにタップして受話器を耳元に当てる。
「も、もしもし……」
『一二巳、大変だ。父さん、会社をリストラになった』
「はっ!?」
と、その突然過ぎる宣言に俺が目を見開くと受話器の向こうから『がははははっ!!』と下品な笑い声が聞こえてくる。
『冗談だよっ!! 父さんはリストラされる側じゃなくて、リストラする側だっつーのっ!!』
と、社員が聞いたら心臓が止まりそうな、ブラックジョークをかましてくるじじいの声を聞いて、受話器の向こう側の声が確かに親父のものだということを確信した。
『がはははっ!! 一二巳、元気か? 日向ちゃんをそろそろ手籠めにしたか?』
「おい、マジで切るぞ」
『冗談だよ。冗談。お前にそんな度胸がないことは俺が一番知っているさ』
この男、冗談といえば何でも許されるとでも思ってるんじゃねえだろうな……。相変わらず下品な笑い声をあげる親父に俺は心底嫌気がさす。
が、俺の親父、熊谷一三はそういう男だ。この男は、二十四時間いつでもこうである。なんなら俺はこの糞親父の冗談を聞きたくなくて、実家を離れたかったまであるのだ。
「で、本題はなんだよ。俺はこれから課題をやらなきゃいけないんだ」
と、言うと親父は『がはははっ!! どうせ日向ちゃんに写させてもらってるだけだろっ!!』と、冗談のつもりが結果的に的確な指摘をしてくるので、心臓が止まりそうになったが「またまた御冗談を」と何とか誤魔化す。
『突然だが来週の日曜日、実家に帰ってきてね』
俺が額に冷や汗を浮かべていると、親父は不意に本題を口にした。
「はあ? 来週? えらく突然だな」
『突然だとダメなの?』
「いや、ダメじゃねえけど理由によるな。あと、その口調キモいから止めろ」
『実はね。来週、お家にいっぱいパパのお友達を呼んでパジャマパーティを開こうと思ってるの。だから、一二巳くんにも来てほしいなって』
「五〇代でパジャマパーティを開こうと思った勇気だけは褒めるよ……」
まあ要約すると、来週、実家でパーティがあるからそれに出席しろということのようだ。
『とにかくお前がいないと話にならん。お前は私の跡取りなのだ。何があっても参加をするように』
と、思い出したように厳格になる親父。
正直なところパーティなんてまっぴらごめんというのが俺の意見だ。が、まあ、親父の顔が立たないというのも理解できないほど、俺はバカではない。あまり乗り気ではないが、参加をするしかないようだ。
「わかったよ。来週だな」
と、了承しそうになったところで俺はふと嫌な予感がした。
「おい、ちょっと待て。まさかダンスとかしねえだろうなぁ……」
『するぞ』
「はあっ!? だったらさっきの話はなしだ。俺は死んでも行かねえぞ」
どうやら親父はパーティの席でダンス会を開こうとしているらしい。
実は俺の親父は社交ダンスが趣味なのだ。だから親父の開くパーティは立食パーティとともに、令嬢や御曹司を集めて社交ダンスをすることが多い。正直なところパーティに呼ばれた人間の多くがそんな親父のパーティに辟易しているのが現状だが、親父がやると言って逆らえるような人間はこの日本にそう多くはないのだ。
そして、俺は社交ダンスが心の底から嫌いである。
「親父だって俺がダンスが死ぬほど嫌いだってこと、知ってるよな?」
『心配するな。父さんの動きに合わせて動いていれば恥はかかせない』
「おいおいなんで俺と親父がペアになることになってんだよ。恥さらしってレベルじゃねーぞ……」
『とにかくだ。もうそういうことになってるから参加するんだ。参加しなきゃ学費打ち切っちゃうぞ?』
「フランクにとんでもないこと言ってんじゃねえよ……」
『私の話はこれだけだ。パーティに参加しないことが何を意味するか、いくら馬鹿なお前にも理解できるな?』
そう言って親父は最後だけ威厳を強引に出してそう言うと、電話を切りやがった。俺はスマホを床に置くと、そのまま頭を抱える。
そんな俺に日向は珍しく心配げに俺を見やった。
「どうかしたんですか?」
「え? あぁ……まぁ……」
「また見知らぬ女性との間に子供を作ってしまったのですか?」
「その初犯じゃないような言い方やめてくれないか。ってか、初犯もまだだよ……」
と、一応ツッコミを入れては見るものの、正直なところ日向にツッコんでいる場合ではない。
ダンス……ダンスは嫌だ……。
実は俺は絶望的に運動神経が悪い。そして、俺は幼い頃からこの社交ダンスとかいうイベントのせいで数々の恥を紳士や貴婦人たちの前で晒してきたのだ。初めは熊谷家の息子というだけで、多くの令嬢たちが俺とのダンスを申し込んできたが、俺のあまりのロボットダンスの上手さ、いや社交ダンスの下手さに、自分まで無様なダンスを晒すのを嫌った令嬢たちは徐々に俺にダンスを申し込むことがなくなっていき、いつの間にか我が家のパーティで社交ダンス会が開かれると、俺は孤立することとなった。
が、そんな醜態を晒す俺をあの破天荒な親父が許してくれるわけもなく、俺は幼い頃から何人ものダンスの先生とともに、社交ダンスの特訓に明け暮れた。が、名コーチと呼ばれるような有名な先生から指導を仰いでも、俺のダンスは一向に上達せず、最終的にはどの先生も匙を投げる結果となった。
だから俺はダンスが嫌いだ。
黙っていた俺を日向はじっと観察するように眺めていた。
「そんなにもダンスが嫌いなのですか?」
どうやら彼女は電話の内容を聞いていたようだ。ならば話は早い。
「そうだよ。正直なところパーティに参加するくらいならば高校を辞めても良いと思えるレベルには……」
そう言うと彼女は俺をじっと見つめたまま首を傾げる。
「そんなにペアになられた方のダンスが下手だったのですね?」
「いや、俺が下手なんだよ。現にみんな俺以外とやるときは上手く踊ってたし」
「それはその方が相手をエスコートできるほどには上手くなかったということです。きっと上手な方と一緒になられればご主人様にだって上手く踊れますよ」
「ほう、えらく簡単に言ってくれるじゃねえか……」
「なんなら私が証明してあげてもいいです」
そう言うと彼女は立ち上がった。
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