第8話 紅茶よりも、好きな香り

 ――放課後の生徒会室。

 部屋の真ん中に長机がいくつか用意されていて、窓際の生徒会長用の席には綺麗な花が飾られている。

 ホワイトボードの隅にはさっき先輩が書いた『ワンクロ』の『プチ』の可愛いイラスト。革張りの高級そうなソファと、豪華なティーセットの置かれた専用棚がこの学院っぽい感じ。レースカーテンから差し込む柔らかい夕日は、ほんのりと暖かく感じた。

 入るのは二度目だったその部屋は、やっぱりどこかズシンとした空気感があって、胸の辺りが少しそわそわする。でもそれは、莉愛先輩と二人きりだからかな?


「ごめんなさい、優衣さん。このような雑用仕事まで……」

「いえいえいいんです! わたし、こうみえてけっこー体力あるのでお任せください!」


 私は段ボールの中に詰まっていたなにやらぶ厚いファイルの山(けっこー重い!)を抱え直し、えっさほいさと棚へと運ぶ。先輩がそれを確認、シールの貼り直しなどをして、テキパキとキレイに整えていく。その繰り返しはなかなかの体力仕事だったけれど、これくらいのことで先輩のお役に立てるなら嬉しい。


「ありがとうございます。片付いたら、一緒に紅茶を飲みましょう。先生が差し入れてくださったクッキーとマドレーヌもありますよ」

「わぁ! ぜひぜひ!」


 それだけで体力がもりもり回復したわたしは、また勢いよくファイルを運ぶ。そんなわたしをみて先輩がくすくすと笑った。


 ――そんなこんなで、無事に本日のお仕事が完了! やった~!


「ふぁ~終わったぁ~~~」

「お疲れ様でした。今紅茶を淹れますから、ソファでゆっくり休んでいてくださいね」

「あ、ならわたしもお手伝いをっ」

「大丈夫ですよ。とっても頑張ってくれた優衣さんに、せめてものお礼ですから。ここは先輩に任せてください」


 にっこりと微笑む先輩に、わたしはちょっぴり見惚れながら「はひ……」と答えてソファに座る。


「優衣さんは、カフェインは大丈夫かしら? もし体質的に心配でしたら、ミルクたっぷりのミルクティーにも出来ますよ」

「あ、だいじょうぶですぜんぜん! 先輩のおすすめがいいです!」

「ふふ。それならダージリンにしましょう」


 ていうか、よくよく考えればわたし紅茶の入れ方なんて知らないし、逆に出しゃばって迷惑を掛けちゃうところだった! もしかしたらそういうところまで気を遣ってくれてるのかなぁ? 体質のことまで気に掛けてくれるし、莉愛先輩って優しいなぁ。


 そんな準備する先輩の姿をじっと追いかけているうちに、とってもイイ匂いが室内に広がってくる。


「――はい、どうぞ。冷めないうちに」

「あ、はいっ! いただきます!」


 用意された紅茶はマスカットみたいな本当にイイ匂いがして、一口飲むだけでびっくりするくらい美味しかった。クッキーとマドレーヌも合わせてもう最強! しかも隣には莉愛先輩がいる! 最強すぎ! 幸せがぽわ~んと広がってきた!


「うふふっ」

「え? ど、どうかしましたか?」

「うん、あのね」


 おかしそうに笑った先輩の白い手が、わたしの顔に伸びてくる。

 思わずドキッとしたわたしの頬に優しく触れると――そっと、クッキーの欠片をとってくれた。


「え? あっ!」

「なんだか小さな子供のようで可愛らしかったけれど……やっぱり、女の子はいつも綺麗に、ね」


 そう言って、先輩はその手についたクッキーの欠片をぱくっと食べてしまった。

 昔なにかの恋愛漫画で見たようなシーンに、また胸がドキッとする。

 指を布巾で綺麗に拭いた先輩が、少し不思議そうな顔でわたしの方を見つめる。


「……優衣さん?」

「……え? あ、す、すみません!」

「大丈夫? なんだか、ぼうっとしていたようですけれど……」


 先輩が、心配そうな顔でそっとこちらに近寄る。

 思わぬ急接近。

 紅茶よりも先輩の匂いばっかりが気になるわたしは、また自分の胸が跳ねたことに気付く。


「以前のこともありますから、少し心配です。熱はないでしょうか」


 優しい先輩の白い手が、わたしの額に触れた。

 ちょっぴり冷たい。いや、わたしが熱いのかも。


「…………微熱、かしら? ごめんなさい、頑張ってもらったせいね。今日は早く休んだほうがいいかもしれないわ。『ワンクロ』もお休みに――」

「い、いえ大丈夫です! ちょ、ちょっと紅茶を飲んで暑くなっちゃっただけで! ホントです! 元気いっぱいです! だ、だから『ワンクロ』やりたいです! お願いします!」


 つい気持ちが溢れて早口になってしまったわたしに、先輩がびっくりしたように目をパチパチさせた。


「ご、ごめんなさい莉愛先輩つい! で、でもほんとに大丈夫なんです! 身体が丈夫なのが取り柄なので! そ、それにその……今夜の新クエストすっごく楽しみだったので先輩とやりたくって!」


 続けてそう言ったわたしに、先輩は少し呆然としていたけど……。


「……ふふっ。うん、わかりました。それじゃあ、また夜に。でも、本当に体調が優れなかったらすぐに言ってくださいね?」

「はい!」

「よかった。私も……優衣さんに会えない夜は、少し寂しいですから」


 優しい先輩の声と笑顔で、わたしの胸いっぱいに幸せな香りが広がる。


 だから。


 わたしは、とうとうわたしのことに気付いてしまった。

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