イバラーギ

「海は、いいなぁ・・・」


 賢者は早朝の砂浜で大きな声で独り言を言った。

 朝日にきらきらと輝く海。

 どこまでも続く砂浜。


 ここはイバラーギのホコータ。


 農家のバイトに行く前に、ここで海を見るのが日課となっていた。

 賢者は今まで、海とあまり縁のない土地で暮らしてきた。

 だが、ここの砂浜はとても気に入った。


 さぁ、まずは農業に精を出そう!




『受粉スキルがレベルアップしました。レベルMAXになりました』


 メロンの手入れをしている。

 賢者の家では、柿などの木に実る果実は作っていた。だが、メロンは初めてだ。


「おお・・手慣れとんなぁ。見事だべ」

「あはは。農家出身ですからね」


 賢者の手際の良さに、農家の人たちは感心してくれている。

 だが、賢者もメロン栽培は驚くことばかりであった。


 メロンはつる植物だとは知っていた。

 だが、親ツルには雌花が咲かない。孫ツルのみ残して摘芯する必要があるとは・・・

 実を美しくするために、座布団の上にのせて育てるとか。


 それに・・・この土壌。

「土も独特なんですね」

「ここの土は、水はけがいいからな。メロンを育てるにはとても最適なんだ」


 やはり土は重要だなぁ。


「それにしても、凄いですね。このビニルハウスって」

「そうだろ? これで冬でも暖かいし、飛んでくる砂からも守られんだ」

 半透明な膜で作られた、畑を覆うかまぼこ状の巨大な覆い。

 それがいくつも続いている。

 農家の知恵とは、とても奥深いものだ。あちこちの土地に行くと、本当に勉強になる。


『メロン栽培スキルを獲得しました。メロン栽培スキルがレベルアップしました』


 おお、いつもと違って細かすぎないスキル。


『ちなみに、レベルMAXになると高級メロンが作れるようになります』

 それはぜひ、スキルMAXにしたい。


「そういえば、お昼から別なバイトだっぺ?」

「あ、そうでした・・・」


 もう一つのバイト、そちらはあまり気乗りがしない。

 でも、引き受けてしまったし頼られてもいるから行かないわけにもいかない。


「じゃあ、行ってきますね」

「あぁ!俺らもあとで行くかんね」


 向かったバイト先は、”ドライブイン”という名の定食屋。

 この周辺には、このような定食屋がたくさんあるらしい。


「あ!待ってたよ、早く!早く!」

 店のおばさんにせかされて、エプロンをつけて手を洗い厨房に入る。


 昼の修羅場が始まっている。もう、ここは戦場だ。

 僕は、最初は給仕係だという話だったのだが、すぐに厨房を任されてしまった。

 おかげで、毎日この戦場で炎と鉄(包丁)を使って戦っている。


「イカ焼き定食4つに、焼き肉丼2つ。生姜焼き4つね!」

「はい!了解しました!」


 注文を受けた料理を、一生懸命作っていく。

 そうして、昼の修羅場は3時くらいまで続いたのであった。


『料理人レベルがアップしました』『料理人レベルがアップしました』『刃物使いレベルがアップしました』

『中華鍋使いスキルがアップしました』『野菜の千切りスキルがレベルMAXになりました』『新たなスキル、調理師および洋食シェフを獲得しました』


 毎日、なにやらよくわからない料理関係のスキルがどんどん増えていく。

 農家をやりたいんだけどなぁ。


 3時過ぎ。

 休憩時間に海に来ていた。

 疲れた体を、海が癒してくれる。


「やっぱり、海はいいなぁ・・・」


 おやつに、干し芋を齧ってる。

 あ、これ美味しい。これはなんていう種類の芋だっけ?紅はるか?


「サツマイモに、こんなに種類があるなんて知らなかったなぁ」

 この辺りでは、干し芋にするのは一般的みたいだ。



 どこまでも、続く砂浜。

 いい天気である。

 遠くまで見渡せる。


 ほら、数Km先にいる人だって。

 大きな日傘をさして、海を眺めている数人の集団。

 先頭は、白い服を着た・・・女性だろうか?


 その女性が、日傘を投げ捨てると何か騒ぎ始めた。

 そして、その集団が一斉に、こちらに向かって走り出した。



 賢者は、くるりと彼らに背を向けて砂丘を駆け上がり、全速力で逃げ始めた。



”やば・・・あれは、たぶん聖女だ”

 アドバンテージは数Kmある。なんとしても逃げなきゃ。


 その通り、追いかけているのは聖女一行であった。

 そして、追いかけている集団の中には魔法使いがいる。


「身体能力強化、かけるね~!えい!」


 なにか、集団が急に物凄いスピードになって追っかけてくる。

 土煙が上がっている。

 そのプレッシャーが数Km離れても感じられる。


『身体能力強化をかけますか?』

「え?・・・わからないけど・・お願い!」

『身体能力強化レベル1をかけました』『魔術師レベルがレベルアップしました』


 魔法使いは、前方で逃げている少年から強力な魔力を感じ取った。

「うそ!なんて魔力なの……」


 走って行く少年はあり得ないくらいのスピードになっていく。


「つ・・・疲れてきたんだけど!」

『全回復しますか?』

「お願い!!」

『パーフェクトヒールをかけました』『魔術師レベルがレベルアップしました』


 少年は、ものすごいスピードで走って行く。

 だんだんと、その距離は離れていき……


 やがて、見えなくなった。

 

 聖女と、取り巻き達は疲れ切り、足が止まってしまった。

 ゼイゼイと座り込み、息を切らす集団。


「・・・さ・・・さすが・・賢者様ね・・・。絶対・・・捕まえて見せるんだから・・・」

 座り込んだ聖女は、息も絶え絶えに言った。


 汗がびしょびしょに服を濡らして、体に張り付いている。

 胸の形が服の上からでも、くっきりと・・・・・


 取り巻き達は、目をそらそうとするが、ついつい、チラッ・・・チラッ・・・と見てしまう。

 はっきり言って、目の毒である。



 いっぽう、賢者が走り去っていった彼方を見つめる、ロリッ娘魔法使い。

 彼女もまた、思っていた。


”あの魔力・・・・・・欲しい・・・”

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