サイの国

「ここは天国か…」

 目の前に広がる小松菜畑。

 向こうにはほうれん草畑。

 どれも、青々として健康的である。


 ここはサイの国のカワゴーエ。

 広々とした畑がたくさんある平地だ。

 今は農家のアルバイトで、間引きを手伝っている。


『間引きスキルがレベルアップしました』

 相変わらず、細々としたスキルである。

 いったい、農家にかかわるスキルはいくつくらいあるのだろう。

『約3000種類のスキルになります』

 農家スキルとかでまとめてくれないのだろうか?

『農業なめんなよ』

 すみません…


「おおい、少年よ。ちょっと休憩にしようか」

 農家の旦那が声をかけてくれた。


 サヤマ茶を飲みながら話をする。

「いやあ、僕も農家の生まれなんですけど、ここはいいところですね。すばらしい土地。健康的な野菜。農家にとって天国みたいなところですよ」

「あはは、ここは水がいいからなあ。酒蔵や醤油工房があるくらいだからね」

「ここで野菜を作って、のんびりするような人生ってあこがれますね~」


 すると旦那が急に怖い顔をして言ってきた。

「いや、農家はそんな甘いもんじゃねえ。明日の朝、組合の直売所に行って見な」

「は・・・はぁ・・・」


 次の日の朝、9時前。少年賢者は組合の直売所にやって来た。

 思ったよりかなり大きな建物。

 そこには、開店前から長い行列ができていた。


「えぇ・・・こんなに並んで何を買うの?」

 仕方なく、少年賢者も列に並んだ。


 そして9時に直売所が開店した。群衆がある場所に向かって殺到していく。

 皆はトマトの棚に向かって殺到していった。

 しかも、たくさんあるトマトの棚の特定の棚にだけに群がっていく。


 少年賢者も、その棚のトマトを群衆にもまれながらなんとか手に取った。

 その包みには・・・生産者:S野T子 と書かれていた。


 両隣の棚のトマトにはみんな目もくれず、その棚のトマトだけがあっという間に完売した。


 少年は悟った。

 そうか、これは農家同士の競争なのだ。みんな、このS野さんのトマトが目当てなのだ。

 農家によって、作物の出来は違う。消費者は、農家を選別し買って行くのだ。

 この直売所では、農家によって人気・不人気が一目瞭然であった。


 少年は直売所を出て、買ったトマトを齧った。

 物凄い甘みとみずみずしい水分。感動する味だった。いままで食べたことのない味。

”農業なめんなよ”

 農家も実力主義だと思い知った。

 少年賢者は、真剣に農業を学ぼうと心に誓った。


 バイト先の農家でトマトの手入れを手伝った。

『トマトの摘芯スキルがレベルアップしました』


「そうやって、栄養を分散させないようにするといいトマトになるんだべ」

「勉強になります!」

「そういや、午後は別のバイトって言ってたっけ?」

「そうなんですよ。お菓子屋さんでバイトなんです」

「そかそか、がんばるね~」


 午後は、お菓子横丁の近くの洋菓子店でバイトである。

 お菓子横丁は、駄菓子ばかり売っているが、路地を抜けてしばらく行ったところにある洋菓子店でバイトしているのである。


「いやあ、少年。来てもらってほんとによかったよ」

 女主人が嬉しそうに言う。

「そうですか?ありがとうございます」

「前にパティシエの仕事をしてたのかい?」

「いえ、自分の家で妹にお菓子を作っていたくらいですよ」

「そうなのかい?それにしては、このプリンの出来は神がかってるんだけど・・・」

「それは、カワゴーエの卵が新鮮で濃厚だからじゃないですか?」

 直売所でも売っている卵。これもまた素晴らしい出来であった。


 あまり話をできる余裕はない。

 お客さんが長蛇の列なのだ。


 少年賢者が作っているプリン。あっという間に大人気になってしまった。

『お菓子作りスキルがレベルアップしました。レベルMAXになりました』

 いや、MAXっておかしいでしょ?

『もともとかなりレベルが上がっていたんです。いまなら3つ星も余裕です』

 マジっすか?


 店頭の方が、ザワザワと異様な雰囲気になった。厨房にまで感じられるほどである。

 ちょっと店頭を陰から覗いてみた。


「聖女様!そんな風に自ら並ばなくても・・」

「いえ、私だけ特別扱いと言うわけにはいきませんわ」


 白い服の巨乳が列に並んでいた。相変わらず、でかい・・・

 周りで取り巻き達が、聖女の周囲でワタワタと慌てている。


「それにしても、この小王都カワゴーエのプリン。どれほどの味か楽しみですわ」

 隣にいるとんがり帽子のロリッ子に話しかけている。

「聖女様、いいんすか?さっきウナギを食べたばかりじゃないですか」

「あはは・・・。まぁデザートは必要じゃないかしら。ところで魔法使いである貴方の検知で、賢者はこのあたりにいるとか。今はどこにいるかわかりませんの?」

「なんか、かなり近いと思うんですけど・・・多分、近すぎてわからないんすよ」



 ヤバい話をしている。

 なにあれ、僕の居場所がわかるってこと?



 少年賢者は、プリンを作る途中で放り投げて、裏口から逃げ出した。

 15分後、並んでいる列から大ブーイングが巻き起こったのは言うまでもなかった。

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