第5話 勇敢な鳩と小さな証言者


「再捜査ですか……まあ警察から直々に協力を命じられたら嫌とは言いませんが」


 俺と沙衣が用向きを告げると、設備管理の担当者は露骨に迷惑そうな顔をした。七人目の被害者が殺害されたのは、大型アミューズメント施設の地下電源室だった。


「あいにくと当時の捜査官じゃないのでね。どのあたりに遺体が放置されていたか、大体の位置だけ教えて貰えればオーケーです」


 担当者は「はあ」と言って訝し気な眼差しを寄越すと、壁のフックから鍵束を取った。


「それにしてもカロン、『男爵』はどうやってこんなところに被害者を誘いこんだのかしら」


 沙衣が重い鉄の扉を潜りながら言った。


「さあな。少なくとも女子大生が来るような場所じゃあないし、もしかしたら大垣には電気技師の経験があるのかもしれない」


 俺たちはこの部署で唯一、当時のことを知っているという職員の案内で機械だらけの穴倉に足を踏みいれた。


 大垣による最後の犠牲者は姫野朔美ひめのさくみ、当時十九歳。看護の勉強をする一方、歌手も目指していたと言う。大垣が歌手だと知っていたかどうかはともかく、なにがしかの接点はありそうだった。


「確かこの辺です。あまり上のフロアに伝わるような目立つ捜査は控えて下さいよ」


 早く済ませて欲しいというニュアンスを言外に匂わせつつ、職員は床の一点を示した。


「なんてことない場所だな。死角も何も、こんな場所に人目なんてないだろうし」


 俺は機械に囲まれた奥の一角に足を踏み入れると、周囲を見回した。


「もしここにまだ被害者がいるのなら、とりあえず呼びだして話を聞いてみましょう」


「ああ、そうだな」


 先を促され調子が狂った俺は、生返事をすると電源パネルと思しき機械に手を当てた。


 ――どうだ死神。被害者の霊はまだこの場所に居るか?


 ――ふむ、まだおるようだ。少しばかり変わった場所にな。


 ――変わった場所だと?


 俺がパネルから手を離し、振り向いたその時だった。目の前に透き通った足が現れたかと思うと、高いところから飛び降りるように若い女がすとんと床に降り立つのが見えた。


「ふふふっ」


 恨みがましい目を向けるだけで感情のやり取りができない霊が多い中、いきなり笑いかけてきた被害者に俺は目を丸くした。


「あんたが、姫野朔美かい?」


 俺が尋ねると、女性の霊は「ええ、そう」と生者のようなごく普通の返答を寄越した。


「驚いたな。殺人鬼の被害者がこんなにあっけらかんとしてるとは」


「あなた、誰?」


「俺は刑事だ。こっちの若い子は相棒だ」


「刑事……」


 朔美の霊は不思議そうに首をかしげると、俺と沙衣とを交互に見た。


「私どうしてここから出られないの?」


「君はある人物にここへ誘いこまれ、殺害されたんだ」


「殺害……よくわからない。死んでるって事?」


「残念ながら、そうだ。……この人物に見覚えはあるかい?」


 俺が大垣の映ったタブレットを見せると、朔美は「あ、男爵」と言った。やはりそうか。


「その男爵と最後に会った時、どういうやり取りがあったか覚えているかい?」


「ううん……わからない。カラオケに行った。ご飯を食べた……」


 霊はけなげにも俺たちの求めに応じ、生前の記憶を必死で辿っているようだった。が、返ってきた答えは「ごめんなさい、わからない」だった。


「そうか。じゃあとりあえず、身体の一部を切り離してここに入ってもらえるかな」


 俺が『死霊ケース』を取り出すと、朔美はうなずき「どうすればいいの」と尋ねてきた。


 ――死神、悪いがこの子の本体から浮遊霊を切り離す手伝いをしてやってくれないか。


 ――やっても構わぬが、本人が拒めばちと難しいぞ。


 ――どうしても同行が嫌ってんなら諦めるさ。とにかくやるだけやってみてくれ。


 ――よかろう。魂よ、わしを見るのだ。


 死神がそう声をかけると、朔美の目線が俺の頭上へと移動した。どうやら奴が見えたらしい。


 ――ようし、そのまま身体を薄くするのだ。少し引っ張られる気はするがなに、痛くはない。


 死神がそう言うと、朔美の肩のあたりから小さな白いものがすっと飛びだし、俺が手にしている『死霊ケース』へと飛びこんだ。


 ――引き出してやったぞ。後は任せる。


 死神はそう言うと、俺の中へ姿を消した。俺はケースの蓋を閉じると、放心している朔美の地縛霊に「ご協力ありがとう。なるべく早く事件を解決して、あんたを成仏させてやるつもりだ。それまでもう少しここで休んでてくれ」と語りかけた。


「これで終わり?なんだかあっけなかったわね」


 沙衣がほっとしたように表情を緩めた、その時だった。どこからかごおん、ごおんという不穏な音が聞こえてきたかと思うと、天井近くに据えられた吸気ダクトから黒いもやが流れだすのが見えた。


 ――あれは……この前の邪気だ!


 俺が身構えた途端、蛇のような触手に分かれたもやが、あっという間に霊の上半身を包みこんだ。


「やめろ、被害者を辱めるな!」


 俺が身を乗り出して特殊警棒を抜くと、突然、電源パネルが開いて床と壁を青白い電流が舐めた。


「……ぐあっ」


 電流に身体を貫かれた俺は警棒を取り落とし、その場にがくりと膝をついた。


「――カロン!」


 俺を呼ぶ声が聞こえた直後、背後で「ああっ」という悲鳴が上がり人が倒れる音がした。


「ポッコ!」


 振り向くとうつぶせで倒れている沙衣の姿と、身体の上を舐めている青白い火花とが見えた。俺はまだ痺れの残る脚を叱咤して立ちあがると、顔を上げて前を見た。触手に縛められた朔美の霊は、ダクトの方に引っ張られながらも必死でこらえているように見えた。


「……くそっ、これを使うしかないか」


 俺が懐に忍ばせた対亡者用の銃器、スケルトンマグナムに手を伸ばしかけた、その時だった。身体から何かが抜け出す感覚があったかと思うと、骸骨の形をした影が大きな鎌を手に邪気へと躍りかかってゆくのが見えた。


「――死神!」


 俺が叫んだ瞬間、死神の鎌が黒い触手を一刀両断に切り裂くのが見えた。


「ぎゅおおおう!」


 切断された蛇たちはまがまがしい叫びを上げると、もがくようにダクトの中へ吸い込まれていった。死神が攻撃を終え、身体に戻ったことを感じた俺は朔美の霊に目を戻した。


「……あっ」


 邪気との小競り合いでエネルギーを消耗したのだろう、気づくと朔美の姿は消え失せていた。彼女が再び姿を現すには、かなりの時間を要するに違いない。俺は証人が連れ去られずに済んだことに安堵すると、自分の中の『相方』にこっそり手を合わせた。


「……カロン、これを」


 痺れが取れて起き上がった沙衣が、俺の方に何かを差し出すのが見えた。


「……これは」


 沙衣が手にしていたのは、俺の『死霊ケース』だった。どうやら膝をついた時に取り落としたらしい。沙衣が倒れる際、咄嗟に覆いかぶさって守ったのだ。


「ありがとう。お蔭で無くさずに済んだよ」


 俺がそう言ってケースを受け取ろうとした、その時だった。突然、ケースがカタカタと音を立てはじめ、中から呻き声のような物が漏れ始めた。沙衣がケースを開けると、中から小さな朔美の浮遊霊が現れ「ああ、明るい」と身体を伸ばし始めた。


「無事だったのか。よし、これで捜査が進めやすくなるぞ」


「良かったわね。ケースを守ったかいがあったわ」


 うつろな目で周囲を見回している霊を見て、俺はちょっとしたアイディアを思いついた。


「ポッコ、そのケースしばらくお前さんに預けるよ」


「え、私に?……どうして?」


「どうやらその霊は事件の前のことしか覚えていないようだ。となると、年の近いお前さんが話しかけた方が、心を開きやすいんじゃないかって思ったのさ」


「私が……」


 沙衣はケースから顔を出している朔美を見つめると、「こんにちは」と声をかけた。


「……お姉さん、誰?」


「私はサエ。刑事よ。元の身体に戻るまでの間、よろしくね」


「サエ、サエ、刑事……」


 まだちゃんと喋ることができない霊を優しくケースに戻すと、沙衣は俺に「事件の解決に役立つなら、彼女とお友達になれるよう何とか頑張ってみるわ」と言った。


「頼む。なにせ今回も、捜査の邪魔をしようって不届きな連中がうろつき出したからな」


 俺は霊の消えた床に目を向けると、コートの上からそっとマグナムの感触を確かめた。


               〈第六話に続く〉

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