冥葬刑事カロン2 闇色のヒュドラ

五速 梁

第1話 刑事になるか、さもなくば死を


 ――来る。間違いない、この気配は奴だ。

 

 背後でぺらぺらのドアが開く気配があり、殺気を感じた俺は素早く壁に貼りついた。だが、上司兼侵入者は入ってくるなり身体を半回転させると、俺の鳩尾に膝を叩きこんだ。


「よし、いい感じに入ったな。いつもより引き締まった面になったぞカロン。感謝しろよ」


 俺の上司、壁倉大三かべくらだいぞう――通称ダディはそう言うと、大股で自分の席に去っていった。


「珍しく捜査一課の連中と話してたようですが、この部屋を潰す相談でもしてたんですか」


 俺が軽口を叩くと、ダディは「そんな相談しなくても、いずれ潰れるさ」と鼻で笑った。


「お前さん向きの再捜査を一件、取ってきてやったぞカロン。殺人事件が二つ絡んでる」


「二つもですか。じゃあ真犯人を二人あげろってことですか?」


「そうじゃない。犯人は挙げなくていい。片方の事件は当分、再捜査の予定はないし、もう一つの事件はすでに容疑者を逮捕拘留済みだ」


「いまいち呑みこめませんね。何をしろってんです?」


「捜査一課の方から、この人物をぶちこむ手助けをしてくれと言われた。まあお願いというのはつまり強制のことだがな」


 ダディが俺の方に向けて押しやったタブレットには、年配の男性が映し出されていた。


「なんだか見たことがありますね。有名人ですか?」


「そんなところだ。大垣圭一おおがきけいいち、中年になってから歌手デビューし、優しい歌声で一躍時の人となった人物だ。露出は少ないが、温厚で家族を大切にするイメージから好感度は高い」


 ダディはそう言うと、ホワイトボードに大垣の写真を貼りつけた。タブレットの画面で見ると聖人君子に見えるが、こうして写真に写った物を貼りつけると訳ありの人物に見える。俺たちを捜査に駆り立てるための演出だ。


「逮捕済みなんですか?」


「ああ。だが黙秘を貫いてる。そもそも、こいつがしょっぴかれたのは別件で食らってた前科者がこいつから過去の犯罪を打ち明けられたとネタを売りこんできたからだ」


「再捜査をするってことは、よほどの事件なんでしょうな」


「聞いたことくらいはあるだろう。『ヒュドラ』事件だ」


 俺はひゅうと口笛を吹いた。世事には疎い俺だが、それでも連続殺人鬼ヒュドラの名前くらいは知っている。六人だか七人の若者を次々と惨殺し、かき消すように消えた犯罪者だ。


「黙秘している人物――つまり大垣がその『ヒュドラ』ってわけですか」


「いや、そうじゃない。ヒュドラの犠牲者は全部で七人いるが、そのうち最後の二人は自分がやったと仄めかした人物がいて、それが今拘留されている大垣容疑者なんだ。ところがいざ尋問すると、自分から話を聞かされたというのはでっち上げだという。事件は三年前と古く物的証拠もない。そこでお前さんに――」


「殺された二人の『霊』に直接、犯行当日のことを聞けと、こういうわけですか」


「その通りだ。察しがいいなカロン」


「しかしもし、そいつが二人を殺した犯人だとしたら、捜査することで『ヒュドラ』の被った二件の冤罪が証明されるわけですよね?よりによって連続殺人鬼の汚名を晴らす手伝いをさせられるとは、うちの仕事もついに正義から闇寄りになってきたってことですかね」


 俺が自嘲気味に感想を漏らすと、ダディは「面白いことを言うじゃないか、カロン。うちが正義のために動いたことがあるか?少なくとも俺は知らねえな」と言って豪快に笑った。


「仕方ない、楽しい仕事じゃないがせいぜい、死霊と親交を深めてきますよ。……ただもし、大垣が真犯人じゃないって証言が出てきたらそんときはどうするんで?」


 俺が挑発口調で言うと、ダディはにやりと凶悪な笑みを浮かべ「その場合は別の『真犯人』を見つけてくるんだな、カロン。お前さん、いつも言ってるだろ。成仏させられる魂は多いほどいいってな」と言った。


「そりゃ、ホトケが真犯人を知ってた場合ですよダディ。うちに来るような案件は大体が一筋縄じゃ行かないものばかりです。捜査一課の連中に、せいぜい二度目の迷宮入りを覚悟しておけと言っといてください」


 俺が取り掛かる前から気乗り薄であることをさりげなく強調した、その時だった。ドアが開いて木の枝みたいな細い影がゆらりと入ってきた。


「あ、兄貴。戻ってたんスか。聞いてくださいよ、兄貴が言ってた通りやっこさん、やっぱり罪を実の弟に全部、おっかぶせるつもりだったんです。奥さんの霊が証言してくれなかったら、どうなってたことか……」


 興奮気味にまくしたてたのは、後輩刑事のケヴィン犬塚、通称ケン坊だ。今にも折れそうな身体にブカブカのアロハ、今時珍しいリーゼントヘアはどう見ても刑事には見えない。


「ケン坊、そいつはもういい。今から次の案件に移れ」


「……えっ、今からですか?」


 俺が頷くと、ケン坊の後ろから現れた人影が「ちょっとカロン、乱暴すぎるわよ。まだ容疑者が自白してないのに」と入ってくるなり苦言を呈した。


「そんなもんは取り調べ担当に任せておけよ。こっちは現場至上主義だ。ぐずぐずしてると霊が薄まって消えちまう」


 俺が意見を一蹴すると、鳩のような目を持った女刑事――河原崎沙衣かわらざきさえは頬を膨らませ、丸い胸をふんとつき出した。


「相変わらず生きてる人間には関心がないのね、カロン。そんなんじゃ永久にこの部屋から出られないわよ」


「死体になって出るさ。それより聞き込みに行くぞ。とっとと支度しろ」


 俺が先輩らしく檄を飛ばすと、ケヴィンが「はあ……今度は何スかあ?」と尋ねてきた。


「泣く子も黙る連続殺人鬼『ヒュドラ』の犠牲者がいるところ……つまり殺害現場だ」


「連続殺人鬼って……そいつは捜査一課の仕事でしょ。うちらは死者とお話するだけの部署じゃないんですか」


「ふん、殺人鬼と聞いて腰が引けたかケン坊。だったらダディと水入らずで内勤するんだな。戻ってきて身体の骨が全部折れてたら、俺が入れ物を探してる浮遊霊を連れてきて口から入れてやる」


「そんな殺生な。わかりました兄貴、行きます、殺害現場でも墓場でも喜んでお供します」


 俺は必死の表情で哀願するケヴィンを見て、微妙な気分になった。どうやら奴にとって、うちの上司は悪霊よりも連続殺人鬼よりも恐ろしいらしい。


「カロン、連続殺人鬼って本当?」


「ああ。お前さんは知らないかもしれんが、うちの署全体を揺るがしかねない大事件だったのさ」


「ケン坊ほどじゃないけど……私もなんだか怖いわ」


「ふふん、これから向き合う犠牲者は若い女性らしい。ひとつ死者とじっくり話しあってみたらどうだ?殺人鬼に襲われた時の心得をレクチャーしてくれるかもしれないぞ」


「とことん悪趣味ね、カロン。生きてる人間のふりをしてるけど、ひょっとしたら『死神』はあなたの方なんじゃないの?」


 俺はポッコの意外な返しに一瞬、沈黙した。こいつ慣れてきたせいか時々、うまいことを言いやがる。


「そいつは言い過ぎだぜポッコ。俺があんなガリガリに見えるか?いくら仕事がハードでも、ガイコツになるまで働いたことはねえぜ」


 俺は鳩に似た刑事にそう言うと、ダディにニードロップを食らった下腹部をさすった。


                〈第二話に続く〉


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