惹愛─hi-ai─

瀧月 狩織─Takituki Kaori

プロローグ

プロローグ



「オレがそうだとは限らないだろ」


──運命のつがいなんて存在しない。そう、思ってきた。

片割れの弟にいても、オレにいるとは限らない。この街から出る気もない。通いの客が『運命』かもしれない確率なんて小指の先くらい。


……そう、思っていたのに。



──────────


生まれ育った街を離れ、新天地での生活に慣れようと必死になっていたら季節が何回も変わっていた。


特に自身の二次性で悩むこともなくて、片割れの弟から届く手紙に一喜一憂させられる。


生まれ育った街にいた頃より、平穏な日々だ。


なのに、狂い咲きの桜の下。

そいつは、突如として姿を見せた。


「あんた、いい匂いだな。……藤の香り、俺の好みだ」


汗が噴き出し、体温が急上昇する。

鼓動が跳ねて、バクッバクッからドッドッドッドッと激しさを増して、呼吸が乱れて、視界も揺らぐ。


咄嗟に、うなじを隠す。


「なあ、あんた。名前は?」


無言で相手が飽きるのを待つつもりでいた。なのに、応えてしまう。震える声で、応える。

視線を奪われ、ニヤつく相手の腕に導かれ、抱き締められる。


「やっと、捕まえた。あんたが、俺の『運命』だ」


これが、『運命』。

本当に抗えない。

そう、思い知らされた。

もう、離さないでくれ。この腕の中でいさせてくれ。──なのに



────────



「何でだ!オメェ、オレが運命だって!そう、言ったじゃないか!!」


「おい!答えろよ!!」


「嫌だッ、頼む!置いていかないでくれ!『運命』なんだろ!?」


半身が引き裂かれるような思いだ。行くな、消えるな、待ってくれ。

引き止められるなら、どんな言葉でもかける。なのに、伸ばした手はなんにも触れなかった。


『ゴメン。あんたの、運命になれなくて』


淋しげな声と、表情を残して姿が薄くなっていく。──突風が吹き抜け、桜の花びらが舞う。

反射で目をつぶり、開いたときには『居ない』、『消えていた』


膝から崩れ、呼吸するための器官が上手く機能しない。ヒュッヒュッ…と細い息しか吐けず、頭がクラクラする。寒気に、肩を抱きしめる。


──なんで、置いていくんだよ。



──────────



岩の上に三年。

なんていう、コトワザがある。

意味としては、我慢強く待つことで何かしらあるだろう、というもの。


今日も、桜の木の近くにある 夫婦の岩 という大小の岩の上でアグラをかく。


もう、手の届く存在じゃなくなった声もうろ覚えのやつの存在を思い浮かべては、ため息で消す。


「いつになったら、行けんだろうな……」


そう、独り言のつもり。


「どこかに行かれる予定でも?」


応えが返ってきて、驚いた。こんな人気のない場所にわざわざやって来る奴がいたとは。


「失礼。僕、最近。ここへやって来たものでして」


「お邪魔じゃなければ、ご一緒しても?」


人懐っこい笑みを浮かべて、夫婦の岩の下で正座をする青年。

心臓が少しだけ速まる。だって、どういうわけか似ているから。他人の空似かもしれない。そうであってほしい。だって、オレの『運命』なんて存在しないばすだ。


「あ、名乗ってなかったですね。僕は雪煉といいます。ユキネ・ソノモト。あなたは?」


──声が震える。何だか、同じことを繰り返しているみたいだ。

でも、やっぱり抗えず応える。


「なるほど、ステキなお名前だ。あなたの、瞳とよくあってますね」


優しい笑顔に、凍りついていたココロが溶かされていく。

ああ、なんて単純なんだろ。

これが、惹かれるというものか。

これが、抗えぬというものか。


──どうか、今度こそは。





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