八章 「サプライズ好きなお客さんの話」

「サプライズ好きな夫の話です」

 あれから何人かからちゃんとした話も聞けた。

 この話は、特に心に残っているお客さんの話だ。

 女性はそう言って、話し始めた。

 胸元には、ペンダントがキラキラと光っていた。

 SNSの効果があったのか、店の回りにかなりの人が集まっている。 

「夫は付き合ったときからサプライズが好きで、記念日を何かしら作り、毎回いろいろしてくれています」 

 そう言って、彼女は笑った。

 笑うと小動物のような顔になる彼女に可愛らしい印象を持った。

「しかも、毎回私の予想を超えてくるんです。

それにいつも驚かされて、本当に楽しいです。

プロポーズのときは、『残りの人生すべて僕にくれないか? 絶対に毎日楽しい思いをさせるから』と鍵と手紙を渡されました。『この鍵と手紙は、何?』と聞いたら、『素敵な扉を開く鍵だから、来年の結婚記念日まで大事にとっておいて。手紙もそのときまで読んだらダメだからね』って言うんです。私は『楽しみにしてる』と言って大事にとっておきました」

「それからどうなったんですか?」

 私は質問した。

 いつの間にか、私はまた同調していた。当時の彼女のようにワクワクしていた。

 しかし、それと同時にこの人からはなぜか暗い感情が伝わってくる。

 それもかなり重いものだった。

「それから結婚一ヶ月記念日とか記念日の度にサプライズを毎回してくれています。それはそれは、毎回手が込んでいました。でも、だんだん私は少しめんどくさいなと思い始めてきたんです。毎回この日はサプライズが来るだろうとわかっていて、その度に反応しなきゃダメなんだから。人間って愚かですよね。特別なことが当たり前になっていくのですから」

「だから、私、結婚半年記念日のときに言ったんです。『もうサプライズはいらない』って。

彼はすごく悲しそうな顔をして『わかった』とだけ言いました。それから一か月後の記念日の時は何もサプライズがなかったんです。でも、私にとってよくないことが起こったのです」

「よくないこと?」

 今度は水篠さんが聞き返した。

 私たちはうまく二人で話を聞き出している。

 いつの間にか息があってきていた。

「彼が、次の日事故でなくなってしまったんです。彼は最後に『ごめんね』と言ったんです。

私は失って始めて、彼の存在の大きさに気づいたんです。遅すぎますよね。彼がいたから、私は元気で毎日過ごせたんだと気づかされたんです。彼のいない毎日は、何も楽しくなく気力もわきませんでした。彼の笑顔が私の元気の源だったのに、いつのまにか当たり前になっていて、ぞんざいに扱っていたんです」

「そして、鍵のことを思い出したんです。手紙を開けてみるとある住所が書いてありました。

いってみると、そこは貸倉庫でした。中に入ると、一番手前に①とかいた箱がありました。箱を開けると、私が最近ほしいと言っていたペンダントとまた手紙が入っていました」

 彼女が今身に着けているペンダントはきっとこのときもらったものだろう。

『結婚一年おめでとう。素敵な場所へようこそ。一年経った僕は、君を幸せにできているかな?来年はここに来て、②の箱を開けてね。愛してるよ』

「私はその場で泣き崩れました。そこには確かにサプライズ好きな彼がいました。なぜあの日サプライズなんていらないと言ってしまったのだろうか。彼の祝福したい気持ちはこんなに溢れているのに、彼の愛情を断った。もうどんなにしても、彼のあの笑顔には会えないのに」

 失う辛さを私も知っている。

 私も過去のことを思い出す。

 おばあちゃんがなくなった時は、本当に辛かった。

 優しいおばあちゃんはもういないという現実をなかなか受け止められなかった。

「しかも、その貸金庫には五十個ほどの箱がまだありました。私は貸倉庫の管理人にあることを聞きに行きました。すると、また私はまた驚かされました」

「なにがわかったんですか」

 私はどうかいいことがあることを祈った。

「なんと貸倉庫を契約したのは私と付き合った日だったのです。彼の愛の大きさを感じたんです。彼は付き合ったその日に運命を感じていたんです。私を喜ばせるためにその日からすでに50年にも及ぶこんな壮大なサプライズを考えていたんですから。サプライズ=彼の愛情だったんですよね」

「それから毎年結婚記念日に彼の愛を受け取りにいってるんです。彼の最後の言葉は、きっとずっと一緒にいれずごめんねという意味で言ったのだと思います。でも、彼は、私の心に今でもずっといます。一人じゃないんです。今でもいつも私を驚かせてくれる世界一の夫なんです」

 話終えて女性はすっきりとした顔をしていた。

 水篠さんは「彼はあなたが驚く顔を見ることが幸せだったんですよ」と泣いていた。

 基本彼がお客さんの対応を全部してくれているけど、泣いたのはこの時が初めてだった。

 私はというと、愛することの素晴らしさに心がぽかぽか温かくなった。

 前の女の子の話のときより、心に響く何かがあった。 

 私は徐々に涙に近づいてきているのだろうか。

 愛とは、形に見えないものだ。

 でも人はそれが見えることを望む。

 だからこそ、人は思いを尽くす。

 しかし、それが見えてしまうと、また違う愛を同じようにその人に求めてしまう。すでに愛されているということを失念してしまうのだ。

 そう言う意味では、彼女の言うように人間は愚かだろう。

 でも、だからこそ、人は人を思い続けるのではないだろうか。

 私はまだ人を本気で愛したことはない。

 付き合ったことぐらいはある。

 両親のような一緒にいるのに、冷めきった関係になりたいとは思わなかった。

 けれど恋愛はうまくいかなかった。

 形だけの、自分を満たすだけの愛ばかりだった。

 愛とはなんともままらないものだ。

 私もこの人のように、いつか人を本気で愛してみたいと思った。

 その時、なぜか水篠さんの顔が頭に浮かんだのだった。

 

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