寂れた電車の終点。

吹野こうさ

プロローグ 爺の思い出と便利屋。 -1-


「最近なぁ、どうも昔を思い出しちまうんだ」

 千東呉六せんどうごろくはそう言って、すっかり白くなった頭をかいた。


 のどかな昼下がり。


 呉六の縁側で、草むしりついでに話し相手になっていた李斗りとは、麦わら帽子の日影から声の先を覗く。

 古くとも趣のある、うぐいす張りの床。ちらほらと雑草が茂っていた庭も、この数時間の手入れで、見違えるほど美しくなった。が、李斗は庭師ではない。便利屋だ。


 座布団を敷き、湯呑みとどら焼きをお供に、呉六は懐かしむ口調で言う。

「この間なんか学生時代を思い出してなぁ……そら、丘の上にあるじゃろ? 今は時輪ときわと言うんだったかな、昔は時丘ときおか高校と言ってだね、あれは楽しかった……」

「あぁ、あそこの生徒さんだったんですね」


 八十歳を越えている呉六の高校時代といえば、エリート中のエリートだろう。全日制の高校に通うことは、ままならなかった時代だ。一九五〇年代といえば、中卒労働者が金の卵、月の石、ダイヤモンドと称えられた、義務教育化された新生中学の卒業生たちを思い浮かべる。が、呉六はさらにその上を行き、高校に進学していたのだ。


 ……この話は、呉六をよく知る人にとっては別段、目を丸くする話ではないのだけど。

 呉六は金持ちだ。便利屋の李斗には、とてもありがたいお客様。よくこうして、話し相手になったり庭仕事をしたり、家の中を掃除したり、買い物につき合ったり……じつに嬉しいお客様だ。


「お疲れさん。疲れたろう、どら焼きでもお食べ」

「ありがとうございます」

 雑草の入ったゴミ袋を縛り上げたところで、今日の仕事はお終い。李斗は手を洗ってから呉六の隣に座り、どら焼きと煎茶でホッと一息をついた。


 毎度のこととはいえ、この瞬間が好きだった。

「あんたの住んでるところに、あの高校に通ってる子供がおったろ? あの……穂澄ほずみのお友達の……なんじゃったかな」


唯久いくですか?」


 李斗はある人に頼まれて水啾深荘みずなみそうというアパートの管理もしている。これも便利屋の仕事の一環だ。こぢんまりとしたアパートは正直、ルームシェアの感覚に似ている。


 そこに一室借りているのが、高校生にして一人暮らしをしている水野唯久みずのいく。ご両親は海外で仕事をしていて、唯久は一人日本に残った。さらに自らの意志で、元々通っていたエスカレーター式の私立学校から、進路変更して公立の時輪高校に入学した子だ。


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