第3話

 天気は変わらず陽気な晴れ模様のまま、二人の道程は2つ目の山の麓に差し掛かっていた。

 そして、”彼”が現れた。


「ベタなことを言うようですまねぇが、身ぐるみ全部置いていきな」

「誰だ」

 木の陰から狼が顔を出した。高さはアルスの腰ほど、全長ともなれば170あるアルスよりも大きく見える。黒と白が入り混じった毛並みを纏っていた。噛みつかれたらひとたまりもないことは想像に難くなかった。

 狼以外に声の主と思われる存在は確認できない。

「もしかして、この犬が喋ってるのか?」

「あまり舐めた口を叩くなよ人間ヒューマー、咬み殺すぞ。まぁ、荷物を渡さねぇんならどのみち咬み殺すがな」

 声の主である狼がアルスににじり寄る。それにともないアルスとミリアも距離を取るように後ずさる。

 一触即発の張り詰めた空気が漂う中、ミリアが声を上げた。

「あなた、もしかして獣人族ビーストニア?」

 ミリアの声に狼は脚を止めた。

「ほう、嬢ちゃんは物知りみたいだな」

「ほ、本でしか読んだことないけど」

 獣人族ビーストニアはその名の通り獣であり人間でもある種族である。自らの意思で獣や人間に変身することができる。獣の種族は主に狐や狼など四足歩行の動物が多く、過去の文献では希少種として獅子などが発見された記述もある。空が飛べる鳥に変身できる種族は鳥人族バードニアと呼ばれ、根本的に種族が異なる。

「でも、獣人族ビーストニアは大昔に滅んだって、本に」

 古来より獣人族や鳥人族は数が少なく、その希少性から人間に狩られ、絶滅したとされている。

「俺たち獣人ビースターは滅んだってことにされている。人間ヒューマー共の勝手な理屈でな。ただまぁ生き残りがいるって噂程度では広まってるみたいだけどな」

「それで腹いせにこうやって人間を襲っているわけか」

「それもあるし、そうでもしないとそもそも生きていけねぇんだわ、俺たち」

 狼の目は依然としてアルスを捉えて離さない。

「なーんも悪いことしてないのに石を投げられたことはあるか? 罵声を浴びたことは? 矢を放たれたことは? 住処に火を点けられたことは? 俺は全部やられたよ、お前ら人間ヒューマーに」

 狼はどこか物憂げに、そして怒りに満ちた声を二人に投げかけた。

「お前らは俺たちになんもしてないと思ってるだろうけどな、俺たちはお前らに非業の限りを尽くされたと思っているよ」

 狼の歩みが止まる。

「荷物とかどうでも良くなってきた。悪いが俺の腹いせのために……死んでくれや!」

 叫ぶと狼はアルスの左隣にいたミリアに飛びかかった。

「ミリア!」

 アルスは咄嗟に左腕を伸ばし、狼の攻撃からミリアを庇った。

「お兄ちゃん!」

「……ッ!」

 アルスの左腕に狼の歯が食い込む。袖は破れ、間から血が零れ落ちた。経験したことのない激痛にアルスは苦悶の表情を浮かべる。それを見た狼は追い打ちをかけるように左腕を咬んだまま頭を左右に振った。

 堪らず声を上げる。このままでは肉は千切れ、骨も折れる。

「妹は、俺が、守る……」

 アルスは自分を奮い立たせるように声を絞り出す。後ろでミリアが泣き叫ぶ。

「それが、俺の、運命、だから……!」


 アルスの言葉に呼応するかのように左腕からまばゆい光が放たれた。 

 光はアルスの左腕を包み、鎧のように厚く覆った。

 やがて光が収まると、狼はあまりの衝撃に腕から口を外した。

 否、外さざるを得なかった。


 アルスの左腕は、銀色の鱗に包まれていた。

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