第二十六話 「レイジタイム」

 

「――何してんの? あの子」


 不良のトウギの取り巻き、その一人に俺たちのチームメイトのソーマが紛れ込んでいた。


 幻覚ではない。


 あのちょっと弱気で根は真面目そうな奴が何だってあんな所に並んでるんだ?


「おい無能、そこの飲み物全員分買ってこい。今すぐだ、少しでも遅れたら只じゃおかねぇぞ」


「……はい、先輩」


 …………………パシリやんけ。


 ソーマは食堂のおばさんに注文して、両手にトウギグループ全員分の飲み物を持って駆け足で戻る。


 いや本当に何してんだよアイツ!

 完全にパシられてるじゃん。


 そしてソーマの体には、昨日は見られなかった傷の治療跡やあざなどがあちこちにできていた。


 おいおい……。


 痛々しい様子で当然のようにこき使われている姿に驚いてしまう。


 言う時は言う男だと思っていたんだが……。


「まだ小さなお山の大将を気取っているのか、あの生徒も災難だな。最後には見捨てられると言われているというのに」


 そんな生徒会長の声が聞こえてくる。


 お山の大将、ね。

 この学園にそんな堂々とした事をやる奴がいたとは。


 そして最後には見捨てられるというワード。


 やはり良い不良ではなく、悪い不良だったようだ。


 そんな悪評が広まっているということは今までにもそう言った悪行をしてきたのだろうか。


 いやそれよりも、どうしてソーマがあんなにおとなしく従っているのかが気になるな。


「……エバンには言ってなかったけどよ、ソーマはリンべ先輩に何かしらの恩があるらしくてな。それらを返済する為にそうやって言う事を聞いてんだとよ。全くムカつくぜ、一体何の借りがあるんだか。かれこれ中等部の頃から二年くらい経ったんだぞ?」


 ……厄介そうな問題を抱えていますね。


 二年も経ってまだパシリ?

 何か家絡みの問題なのだろうか。


 もしかして、『敗者』とか何とか言ってたのってアイツの影響か?


 特訓にも出ないっていうのは……流石に辛そうだったからかな?


「ていうか、おいフレッド。何でそんな事黙ってたんだよ? ソーマも何も言わなかったし、俺にも話してくれても良かっただろ。そんな噂も聞かなかったしどうなってんだ」


 俺は思っていた疑問をアルフレッドに問う。


 ソーマがトウギの手下だなんてそんな話聞いたことがない。


 周囲の様子も見渡してみるが、ソーマに対してのリアクションも特になかった。

 

「それは……それがもう当然だと思うようになっちまったのかもしれない。誰ももう見慣れた光景に思う事が無くなってしまったんだ、時間が流れるにつれてな。今ではそんな話も出てこないほどに薄れていったんだよ。エバンみたいな中等部にいなかった奴は、あんなの見せられて驚くのも無理はないよな」


 だから当たり前のようにみんなスルーをしているのか?


 こんな青色学園にあるまじき光景を?


「あとはトウギ先輩の反感を買いたくないからだ。学生序列八位の実力を持つ強者。下手したら徹底的に潰される的に成りかねない。要するに、見て見ぬふりだな」


「そこは、ほら。生徒会長とか他の上位陣が止めに入ったり……」


「無いな。多少の不快感は抱くだろうけど基本的には突っ込む事は無い。トウギ先輩の強さは伊達じゃない、不用意に関わりたくないんじゃないか?」


 マジかよ、そんなに強いの? あのヤンキー。


 生徒会長が先程出禁にしたとかなんとか言っていたが、彼の素行を改善させることは出来ないのかもしれない。


 学生序列の二〜九位の一桁を保持する者達の戦闘能力の高さはあまり大差はないと言うことも知った。


 一位が飛び抜けて強いらしいが、何故か誰もその人物を知らないらしく、ああいった下位の者達は助力を求める事も断念してしまう。


 迂闊には勝負を挑めない程の差なので生徒会長ですらも口では言えるが行動には出来ない、と言う事か?


「……何て、末期な学園カースト制度なんだ」


 それだけ学生序列が重要視される社会なのか?


 俺はこの世界の常識に疎いが、良くない事なのはわかる。


 運営側がそれを良しとした事が驚きだ。

 完全に恵まれた才能が勝る方に傾いた制度。


 下位の奴らは地に這いつくばったままでいろって?


 それと、あの身体中にある傷跡も気になる。

 昨日戦った前も後もそんなものは見当たらなかったはずだ。


「あの怪我みたいなのは、何だ?」


「……あれは俺にも分からないが、予想はつく。昨日何処かに寄って帰るって聞いただろ? 多分あれはリンベ先輩の所だ」


「そういう、ことか?」


 つまり、あの切り傷やあざはトウギにつけられたものだと言うのか?


 いくら何でもそれは違う、恩を返す所の話ではない。


 俺の中の何かの感情が込み上がってくる。


 あれ?

 なんだか、気持ちが悪い。

 吐き気もする。


 怒り? 嫌悪感?


 分からない。


 まるで、


 その時、俺の中の何かのスイッチが、自動的に解除された気がした。


「ソーマの奴には悪いけどよ、横から入り込んだら目をつけられるぞ。だから、ここは大人しく離れ……? エバン? どこ行った?」


 アルフレッドはエバンをほんの一瞬で見失ってしまったようだ。


 周りを見渡すが、横にも後ろにもそれらしき奴はいない。


 アルフレッドはまだ気付かない。


 彼は、前に足を進めて行った事に。


 エバンはトウギの目の前に来て、こう言い放った。



「――おい先輩、ウチのチームメイトにどんな仕打ちしてんだ? えぇ?」



 エバン・ベイカーは、無謀にも強者に喧嘩を売りに行った。

 アルフレッドはギョッとした顔で彼を見つける。


「え? ちょっ、何してんだ!!」


 アルフレッドの声に反応し、周りにいた生徒達も当然彼に注目する。


 突然のトウギ相手に強気な態度の生徒登場に皆目を見開いてしまっていた。


 それは生徒会長も例外ではない。


 いきなり無名の生徒の行動、ではなく『問題児』のレッテルを貼られてしまった校長推薦者の乱入に、だ。


 トウギの後ろにいたソーマも驚きと困惑の顔色を浮かべている。


「あぁ? 何だ、お前。――誰に口聞いてんだ?」


 当のトウギは特に変わらない睨み付けるような表情で俺に言い放つ。


 それを正面から言われた大抵の者は蛇に睨みつけられたように体が硬直してしまうが、


「お前だよトウギなんちゃら先輩。さっきから後ろで聞いてたけどよ、小さいお山の大将なのか? だからまだガキみたいな態度のままなんだな!」


「…………………何だと?」


 俺はトウギの威圧に構わず言い返した。


 先程は吐き気などがしていたが、今はなんだかとっても気分が良い。


 感情が何かに強制的に安定させられ、段々と強くなってゆく。


 ――この状態の今なら何でも言えそうだ。


「強い? 俺からはそうは見えないですけどね! ただの柄悪いヤンキーだわ。むしろあんたを見ていたら気持ち悪くなったよ、なんでなんだろうな? そもそもソーマが何したってんだ? お前だろ剣の斬り傷やらつけたの。アイツ口数少ないけど良い奴っぽいだろ。そんな奴をこき使って何がしてえんだよチンピラ! こちとらチーム戦控えてんだぞ支障が出たらどうしてくれんだ!」


 俺の口はトウギに対する暴言が止まらない。


 自分の意思では止められないくらいに言葉が出てくる。


 この短時間でこの場の空気をガラリと変えてしまった。


 ああ気分が最高潮だ。


 一方で、外野の者達の顔色が青ざめていくのが見える。

 そんな事は気にせずにもう全部言ってしまえば解決するものだと思うけどな。


「まず大前提に、ソーマは俺達『お荷物組』の仲間だ。詳しい事情は知ったこっちゃないが試合に一緒に出てもらわないと困るんだよ。だから、――誰にも渡してやるもんか」


 普段なら絶対にしない行動と言動。


 彼の中にあるが作用し、少し痛々しい姿を見て嫌悪感が走っただけで、それを材料として感情を昂らせるものへと変換させる。


 それはこの場にいるエバンを含めての、全員にとっての予想外の事であった。


 だがそれも長くは続かない。


 エバンの興奮状態は一時的なものだ。

 それもかなり短い時間で落ち着き始めていくだろう。


 あんな程度の不快感ではスキルに注ぐ燃料は約一分程ですぐに無くなってしまうからだ。


 やがて己の感情の主導権を取り返し、ゆっくりと我に返り始める。


「………てめぇ、言ってくれるじゃねぇか。そんなに死にてえのか!? だったらお望み通り殺してやるよっ!!」




「………………おっと?」


 俺、何してんだ?


 俺は自分が今何をしているのかわからなくなっていた。

 曖昧な思考のままトウギの怒号を受ける。

 

 いや記憶はある。


 ここへ来て何を言ったのかは覚えている。

 だが何故か違和感が残る。


 何でここまで来て本音をぶちまけたんだ?

 別にこんな事すると考えた覚えはない。


 そして、チームメイトとはいえまだ仲が深まっていないソーマの為に行動するほど自分はお人好しではないと思っている。


 なのにあの一瞬で何かが俺の気持ちを強制的に開放した気がするんだ。


 まるで嫌悪感のままに体が動いたような………。


「おい、何とか言えよクソ野郎。ペラペラと話すのはやめたのか? 俺をここまで舐め切った奴は初めてだ。いいぜ! 今すぐにでも『決闘』を始めてやる!」


「………すいません、今の無しで――」


「お前に『絶聖決闘』を申し込む! 絶対に逃さねえ。そこでまず殺して、次に一生俺に従う醜い奴隷にしてやる」


 ……俺は何やら大変な事をやらかしてしまったらしい。


 何故なら周りにいる野次馬が俺が暴言を吐いた時よりもすごい顔で見てくるからだ。


 アルフレッドとソーマがさらに青ざめた顔色をしている。


「け、決闘?」


 トウギ先輩は先程よりも血相を変えて言ってきた。


 ていうか、今ものすごい事を口走っていた気がするんだが?


「や、ヤバいぞ、今すぐ謝れエバン! 絶聖の決闘は流石に取り返しがつかなくなる!」


 アルフレッドがこっちに駆け寄ってきてそんな事を言ってくる。


 いや絶聖決闘って何だよ怖いな!


 え、何? これ本当に不味い状況なんじゃ……。


「――絶聖決闘。それは勝者が絶対的な権利を得て、敗者が絶対的な服従を誓わなければならない。特別な決闘だ」


 後ろからカレン会長が近づいてきて、それが何なのか説明してくれる。


「十八年前に発足され、その三年後に廃止された闇の制度と呼ばれたものだ。今ではその決闘を行うことは厳重に禁じられている」


 ……闇のゲームか。


 そんなものに申し込まれていたのかよ。


 あれ?


「でも禁じられてるなら意味が無いんじゃ……?」


「この決闘を行った者は両者共に退学処分、もしくは最悪のケースである罪を裁く法廷行きだ」


 怖っ、何でそんなの作ったんだよ昔の偉い人達は。


 っと待てよ、十八年前ってクラウス達が学生の頃じゃないか?


 まさか、そんなルールが存在する暗黒時代のような学園を乗り越えて来たって言うのか?


 だからあんなに強くなれるのだろうか……。


「にも関わらずその決闘を申し込むとは。先程の暴言はエバン・ベイカーに非があるだろうが、通常の決闘でもいい筈。トウギ・リンベ、さてはやり慣れているな? それを挑む事に抵抗が一切見られない。それにひょっとして彼ら、――後ろの取り巻きは全て絶聖決闘に敗れた者達ではないか?」


 突然問い詰めるような事を始める生徒会長。


 それに答えるようにトウギは悪そうな笑みを浮かべて言う。


「ああ、そうだ。コイツらは入学当時に知らずに受けてくれた馬鹿どもだな。ただの決闘に何の価値があってんだ? 学生序列が上がるだけのシステムなんざつまらねえ。賭け事があった方がまだやる気になるからな」


「……やはりか。トウギ・リンベ、そもそも今君には決闘の制度を利用すること自体を禁じられているはず。時期にさらなる罰も降りてくるだろう。これ以上無視するものなら只事では無くなるぞ」

 

「ちっ、まあ暫くは大人しくしといてやる。学園側はどうやら俺に裁定を下すのを躊躇ってるらしいが、そろそろヤバいかもしれないのは俺でも分かる。ここから去るのは惜しい、もう少しだけ暴れてやらねえと気が済まねえんだよ」


 ……色々ぐちゃぐちゃでよく分からなくなってきた。


 でも大体の要点は分かってきた。


 つまり、ソーマはコイツに敗れたって手下になったってことか?


 でもそれではあまりにソーマが単純すぎる。

 あいつはよく考えて行動するタイプの人間の筈だ。


 ……わざわざトウギと普通の決闘だとしてもするだろうか?


「取り敢えずはこの決闘は保留にしておいてやる、後々面倒になりそうだかんな。……エバン・ベイカーって言ったか? 命拾いしたな、クソ野郎。次会う時があれば、殺してやるよ」


 最後に俺に向けて最大のヘイトを放ちながら食堂をソーマ達と共に去っていった。


 ……お前の方がクソ野郎だろ。


「ひとまずは収まったようだな。エバン・ベイカー君、今回は特に何事も無かったから良かったが無闇に喧嘩を売るな。もしこれが学園の内じゃなかったら、何が起きたか知れたものではない」


「その通りですよねマジでどうかしてましたすいません」


 格上の相手に喧嘩売るとか、俺どうなってんだ?


 何か朝悪いものでも食べたかな?


「ではそろそろ行くよ。この食堂にも居づらくなってきたからね。昼食は別で取るとしよう、皆んな」


 続けて生徒会陣営の人達もこの場を離れて行った。


 今中心にいるのは俺とアルフレッドのみになってしまった。


 野次馬も徐々に人数を減らしていく。


 な、なんか気まずい。


「……俺たちも行こうぜ、エバン?」


「……ああ、ありがとうフレッド。まだ、一緒にいてくれて」


 ……突如起きた謎のイベントは終わりを迎えた。


 最初に生徒会長と不良がバチバチ、そこに『問題児』が乱入し不良に挑発。


 不良が決闘を申し込むが、それは無効の形となる。


 一連の流れはこんな所だったかなあ……。


 また俺の変な噂が広まらなければいいが。


 そして『お荷物組』の二人はソーマの事をより考えるようになり、これからどうすればいいか悩むこととなった。

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