第十六話 「ワーストビギニング」

 入学式当日の朝。

 

 俺は今日、新たな人生の第一歩を踏み出す。


 少年期は本当に絶望の淵にいた。


 村が襲われ、両親はいなくなり、失ったものは大きかった。


「諦めるな」という言葉を信じて何とかここまで生き残ることが出来たことに嬉しく思う。


 こうして青色学園に、通えるのもなんだかんだ言ってクラウス達のおかげでしかないのだ。

 素直に喜び、期待に応えるべきだろう。


 部屋の扉が叩かれる。


「エバン、準備は整いましたか? 何事も余裕を持って行動すべきだと前にも話しましたよね?」


「ああ準備は万全だ! なんたってついに訪れた入学式の日だからな。いつもよりも早起きしておきましたとも!」


 俺は元気良く返事をして、勢いよく扉を開ける。


 目の前にはいつも通りのジト目で見つめるメアリが立っていた。

 

「……毎日そんな風に早起きしてください。朝食の時間です。食堂に行ってさっさと出て行ってくださいね」


 珍しく起きていた俺に驚いたのか呆れたのかわからないような顔をして一階の食堂に行ってしまった。


 ふ、何も言い返せないらしいな。


 そろそろデレの一つも見せてくれるといいんだが。


 学園指定の鞄を持ち、朝食を取る為に食堂へ向かう。


「おお、見違えたねエバン。似合っているじゃないか。昔の頃を思い出すよ」


 クラウスが俺を見てそう言ってくれた。


 見違えたねは要らない気がするが、褒め言葉として受け取っておこう。

 

 青色のきっちりとした制服を身に纏う姿は、どうやら様になっているらしい。


「君はこれから三年間、同い年のクラスメイト達と共に成長していくんだ。くれぐれも、無闇に喧嘩とか売ったりしちゃいけないからね?」


「クラウス、前々から言おうとしてたんだけど、俺のこと何だと思ってんの?」


「昔と比べたら、元気で少し危なっかしくて大胆に見えるかな」


 そんなに俺が不良か何かに見えるのだろうか?


 まあ確かに、武器の試し斬りの時に間違えて風刃発動させて部屋を傷だらけにしたり。


 家事の手伝いをしている時うっかりめちゃくちゃ高そうな壺を落としてメアリのヤツにブチギレを食らったことが………。



 ――あれ?


 俺って割と、いやかなり迷惑なヤツじゃないか?


「……取り敢えず落ち着いて物事を考えるようにはしてみるわ」


「そうしてくれると助かるよ」


 そんな会話をしているうちに朝食を食べ終え、俺は玄関に向かいクラウスとメアリに見送られる。


「それじゃあ行ってくるよ」


「うん、気をつけて行ってくるといい。今日は入学式だけだろうから早めに帰ってくるだろうけどね?」


「……行ってらっしゃいませ」


「お? 珍しいな。メアリが俺に行ってらっしゃいなんて、ちょっと俺に心開いてきたのか?」


「違います、何も言葉が無いとあれなので……」


「いーや間違いなく何かあるな。これまで一度も行ってらっしゃいませなんて言ってくれなかったじゃん。あ、どうせなら『頑張ってね、エバン♪」とかも言ってくれないか――」


「早く行け」


「はい」


 怖いな、冗談だってば。そんな目で見ないでくれ。


「じゃあ、行ってきます!」


 俺はそう元気良く言って、青色学園へと向かったのであった。


「良かったのかい? 他に何も言わないで」


「……エバンはすぐに調子に乗ってしまうので、一言で済ませてしまう方が丁度良いのです」



**



 青色学園にて現在、校長の挨拶などを終えて入学式の終了を告げる挨拶が行われていた。


 ……そんな中、未だに来ていない、大事な入学式に出席していない生徒がいる。

 

 ――生徒の名は、エバン・ベイカー。

 そう、俺である。


 その愚か者は今、道に迷っている真っ最中であった。


「あれ、こっちだっけ? いやあ驚いたな。こんなに俺が方向音痴だったなんて」


 俺、方向音痴でした。


 そのおかげで今絶賛大遅刻をかましている。


 あんなに早起きしたり、クラウスたちから見送ってもらったりしたのに遅刻とは笑っちゃうね。


 誤算だったな、あの時はわざわざ馬車とかで行ったんだっけ。

 徹夜で勉強してたから、窓の外なんて見ずに寝てしまっていたからな。


 ……これ方向音痴って言えるのか?


 ただ道知らないだけじゃん。


 メアリとか連れてくれば良かったな。

 朝で頭が回らなかったのだろうか。


「クソッ! 無闇に歩き回らなければ良かったわ!」


 早々に屋敷に引き返すべきだった。


 帰ろうにもここがどこかもわからないので帰ることができない状況にいた。


「って、ちょっと待て。通行人に道を聞けば良いのでは?」


 俺は本当に馬鹿なのかもしれない。

 パニック状態だったから仕方ない、仕方ないのだ。


「あの、ちょっといいか?」


 俺は優しそうな、気の良さそうな黒髪の青年に声をかける。


「ああ? 何だガキ」


 ……あれ? 思ったより口調悪いな。


 あの優しさ雰囲気はただの勘違いだったか。


「道を尋ねたいんだが、青色学園ってどこにあるかわかるか?」


「そんなことも知らねえのか? ここの道を真っ直ぐに進んでそこの角を右に曲がるだろ? そこをずっと真っ直ぐだ。そこまで行けば見えてくるだろ」


 やっぱり聞く方が早かった。


「ありがとう、親切にどうも」


 俺は急いでその場から走って青色学園に向かおうとする。


「――おい、ちょっと待てや」


 だが、道を教えてくれた男性に引き止められてしまった。


 え?

 何? 急いでるんだけど。


「お前、名前は何て言う?」


「名前? エバンだ、エバン・ベイカー。悪いが急いでるんだ、もう行っていいか?」


「…ああ、わりぃな。もういいぞ」


「???」


 …まあいいや。


 早く行かなければ。

 はあ、もう何なんだよ意外と近くにあるじゃん。


 初日から最悪なスタートを切ってしまったのであった。



**



「ねぇ、あの人が今日遅刻してきたベイカー君ですって」

 

「普通入学式に遅刻してくるか?」


「完全に舐めてるやつだな、寝坊でもしたのか?」


「俺なら恥ずかしくてそのまま家に帰っちゃうなあ」


「ベイカーってあの成績最底辺入学を果たしったって言うヤツでしょ? 今有名になってるらしいよ」


 ……お前らもう少し聞こえないような声で話してくれない?


 学園にはなんとか辿り着くことが出来た。


 自分の教室に向かっている途中で厳しい意見と突き刺さる視線を浴びているがな。


 その視線はメアリのものより十倍は心に来るものだった。


 というか、俺有名なの?


 何で最低辺だっていうこと知られてんの?

 一応推薦なんだけど。


「……ここか」


 俺は心にダメージを負いながらも1ーB教室の前に着いた。


 少し不安な気持ちを残しつつも、教室の扉を開けて挨拶をしてみる。


「お、おはよう、ございまーす……」


「「「…………………………………」」」


 クラス中から注目が集まる。


 ですよね〜、何で今来たのってなりますよね〜。


 あの、挨拶してくれる優しい方はいませんか?


 すると、突然前から二番目の席に座る女子生徒が立ち上がり俺の目の前に歩いてくる。


 なんだなんだ?


「あなたがエバン・ベイカー君ですね?」


「え? ああ、間違いなく俺がエバン・ベイカーで合ってるが、君は?」


「エウリア・コルデーです。一つお聞きしたいのですが、……なぜ遅刻したのでしょうか」


 清楚で真面目そうな水色の髪の女子。

 俺が遅れた理由を真剣な顔持ちで聞いてくる。


「えっと、道に迷ってしまったんだ。…それだけです」


「……………………」


 だ、黙らないで〜。


「この青色学園では一人の遅刻は連帯責任として点数を引かれます。初日であろうとそれは適用されます。……今後は気をつけて下さい、クラス全体の評価が落ちてしまう危険があるので」


「そ、そうなのか。悪い、遅刻してしまって」


「……………………」


 言いたいことは言い終わったのかエウリアはさっさと自分の席へ戻って行ってしまった。


 連帯責任、確かに若者が嫌いな四字熟語かもしれない。


 俺の席は一番後ろの席のようだ。


 良かった、まだ安心感がある。


 前の方だとまたあの視線を食らうからな。

 隣からの視線はもうどうしようもないけど。


 しばらく座って待っていると、1ーBの担任らしき人物が入ってきた。


 皆席に座り、静かに話を聞く。


「今日からこの1ーBの担任になったテイラー・ロッソだ。クラス替えは無いからな、三年間よろしく頼むぜ。さっそくだがこの学園の制度や施設、授業の詳細について話をさせてもらうぞ」


 テイラーがある程度の青色学園の説明をしてくれた。


 基本的に魔法やスキルを必要目的以外は使ってはいけないとか。

 問題を起こした際には罰則が与えられるとかなんか普通のこと話してたな。


「簡単に説明させてもらったが、ややこしいルールは自分で確認してくれ。質問はあるか? 無い? じゃあ今日はもう帰っていいぞ、明日から授業から開始だからな。遅刻はするなよ?それじゃあ解散!!」


 あ、もう解散?


 なんかやけに時間が早く感じたな。


 ……ああ、遅刻したからか。


 皆席を立ち教室を出て行く。

 やっぱり行動力が違いますね。


 何か一言くらい話したかったが。


 お? でもまだ隣のヤツ座ってるじゃん。


「これからよろしくな、俺はエバンだ」


 一人でも友人は作っておこうと話しかけてみる。


「……え? あ、ああ。よろしくね、エバン。僕はソーマ。………じゃあまた明日ね」


「? おう、また明日な」


 そう言ってソーマは突然急ぐように席を立ち、早歩きで教室から出て行ってしまった。


 なんだか気の弱そうなやつだったな。

 もう少し会話があってもいいんじゃないか?


 いつの間にか教室には俺以外に誰も居なくなってしまっていた。


 ……帰るか。


 俺は鞄を持って重い足取りで校門へ向かうのであった。



**



「……今日はとんだ災難だったな。……まあ半分くらいは俺のせいだが」


 初日から大遅刻、屋敷に帰ったらなんて説明しよう。

 心配されない程度に軽い嘘でもついておくか。


 そんなことを考えて門の前まで着く。


 正面をふと見てみると、そこには知らない制服、この学園の女子生徒が立っていた。


 誰だ?

 まあどうでもいいか。


 俺はその女子生徒の前を素通りする。


「ちょっと待ちなさい!」


 ……何だようるさいな。


 こんなところで大声を出すな。

 

「あなたよあなた! エバン・ベイカー! 無視してないでこっち向きなさいよ!」


「……え、俺ですか?」


 周囲を見渡すが、俺以外に人はいない。


 いや誰だよ。


 人違いされてないか?

 でも確かに名前を呼んだよな?


 ゆっくりと後ろを振り返ると俺の名前を呼ぶヤツがすぐ背後まで走ってきていた。


 あれ? この赤髪、何処かで見覚えが…………。


「――お前、ヨナか?」


「ユナだって言ってんでしょ! 絶対わざとだわ、ねえわざとなんでしょ?」


 ユナ・ラムレイ。


 六年前の乱暴な幼馴染、こっちが主人公なのではないかと疑われるイーリッチ村村長の娘。


 背も体つきも見違えた彼女が、俺の目の前に突如として現れた。

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