第07/13話 ダウンヒル:アスファルト①

 ディセンダーを走らせていると、数十メートル先に、東西へと伸びている丁字路があるのが見えた。東の道は、緩やかな下り坂、西の道は、急な上り坂となっている。

 現時点における坂の傾きが、そのまま続いている、とは限らない。もしかしたら、今は下り坂でも、その後、上り坂へと変わるかもしれない。

 しかし、現時点における坂の傾きが、途中で反転している、とも限らない。もしかしたら、今、下り坂なら、どんどん、麓めがけて伸びているかもしれない。

 どちらにせよ、未来予知でもできない以上、目に見える範囲内における勾配で判断するしかない。巒華は、そう考えると、ディセンダーをドリフトさせながら、丁字路を右折した。緩やかな下り坂を、走り始める。

 数十秒後、道路は、片側一車線となった。さらに、現在位置より数十メートル進んだあたりから、九十九折のようになっているのが見えた。ちょうど、高校物理の波動分野で学習する、横波のような形をしている。

 九十九折の始点には、北への曲がり角があった。道路は、そこから、北へまっすぐ伸びている。それは、しばらく伸びた所で、南方へのヘアピンカーブに接続していた。その後は、直線、北へのヘアピンカーブ、直線、南へのヘアピンカーブ、という具合に繰り返されていた。

 始点である、北への曲がり角は、九十九折の直線部分──横波でたとえるところの振幅──の中央付近に位置している。終点である、東への曲がり角も、同じく、中央付近に位置していた。そこからは、東へ、まっすぐに道路が伸びている。

 始点と終点の間には、南北のヘアピンカーブが、それぞれ二個ずつあった。横波でたとえるならば、二周期分だ。

 そして、数秒後、ディセンダーは、九十九折の始点である、左方への曲がり角に到達した。

「ショートカットします!」

 巒華は、そう叫ぶと、ディセンダーを直進させた。そのまま、ガードレールを突き破って、道路から飛び出した。

 始点と、二番目の直線道路との間は、緩やかな斜面となっていた。地面には、背の短い、何かしらの雑草が生えている。

 巒華は、そこを、ディセンダーで突っ切った。二秒ほどで、二番目の直線道路に、ガードレールを突き破って、躍り込む。

 そこも、そのまま、垂直に横断した。二番目の直線道路と三番目の直線道路の間にある地帯に、ガードレールを突き破って、躍り込む。

 そこは、急な斜面となっていた。地面は荒れており、焦げ茶色をした土が剥き出しとなっている。

 巒華は、そこも、ディセンダーで突っ切った。一秒ほどで、三番目の直線道路に、ガードレールを突き破って、躍り込む。

 ちら、とバックミラーに目を遣った。仙汕団のセダンたちも、彼女らと同じようにして、九十九折を垂直に突っ切り、追いかけてきていた。

 巒華は、視線をフロントウインドウに戻すと、三番目の直線道路を、そのまま、垂直に横断した。三番目の直線道路と四番目の直線道路の間に躍り込もうとして、ガードレールを突き破る。

 ディセンダーは、ばひゅっ、と宙に飛び出した。四番目の直線道路は、三番目の直線道路のすぐ隣──正確には、数メートル低い所に位置していた。

「な……!」

 巒華は思わず、目を瞠った。ディセンダーは、そのまま、四番目の直線道路の上空を通過した。シャーシの下を、路線バスが通り過ぎていった。

 四番目の直線道路と終点の間は、草地となっていた。斜面ではあるが、勾配がとても緩やかで、ほとんど水平に近い。

 四番目の直線道路から終点までは、八メートルほど離れている。そして、四番目の直線道路のすぐ隣には、直径七メートル弱の、扁平な楕円形をした池があった。

「く……!」

 巒華は、閉じそうになる瞼を、必死に開けた。どうか、池に突っ込みませんように、と祈る。それしか、できなかった。

 やがて、ディセンダーは、池の上空を通り過ぎた。向こう側にある草地に、どしん、と着地する。その時、リアタイヤが、池の縁から、三分の二強、はみ出した。

「ぬぐ……!」巒華は、下の歯に、上の歯を、強く押しつけた。

 その後、ディセンダーは、なんとか、陸に上がることに成功した。草地を横断すると、ガードレールを突き破って、道路に戻る。九十九折の終点を過ぎると、東に向かって、走り始めた。

 後方から、がしゃあん、ばしゃあん、というような音が、続々と聞こえてきた。バックミラーに、視線を遣る。

 仙汕団のセダンたちが、三番目の直線道路と四番目の直線道路の間にある崖から飛び出しては、着地に失敗してひっくり返ったり、池に突っ込んだりしていた。彼らのうち、遅れてやってきた五台は、賢明にも、三番目の直線道路以降のショートカットを諦め、九十九折に沿って走り始めていた。

 巒華は、視線をフロントウインドウに戻した。「今のうちに、距離をとりましょう!」アクセルペダルを深く踏み込み、スピードを上げた。

 その後も、彼女は、ディセンダーを、麓に向かって走らせていった。数分後、バックミラーに、後方から、仙汕団のセダンたちがやってきているのが映り込んだ。

 ここまで来るのにかかった時間からして、九十九折を、ショートカットせずに走った連中だろう。車両の数も、ちょうど五台だ。

「もっと距離を空けて、振りきってやります!」

 巒華は、視線をフロントウインドウに戻した。いつの間にか、道路は、片側二車線となっていた。

 現在位置から数十メートル離れた所の右手には、道路沿いに、公園が造られていた。規模は小さく、グラウンドの他には、便所があるだけだ。

 対向車線の路肩には、トラックが停まっていた。いわゆる平ボディタイプで、荷台には、丸太が、山のように積まれている。いずれの直径も、数十センチはあった。

 キャビンには、誰も乗っていなかった。おそらく、ドライバーは、公園の便所にいるのだろう。便意を催したため、慌てて路肩に車両を停めて、トイレに駆け込んだ、というわけだ。

 そこまで考えを巡らせた次の瞬間、どおん、という音が、後方から聞こえてきた。バックミラーに、視線を遣る。

 遠くから、何かが、ディセンダーめがけて、宙を、高速で飛んできていた。あまりにスピードが高いせいで、それの正体までは、わからない。

 仙汕団のセダンたちは、すでに、SUVの十数メートル後方にいた。よく見ると、それらのうち、先頭にいる一台では、向かって左側に位置している、後部座席の窓から、中年の男性兵士が、身を乗り出していた。右肩には、ランチャーを担いでいる。それの砲口は、巒華たちに向けられていた。

「ロケットですか……!」巒華は、それを避けるべく、ハンドルを回そうとした。

 しかし、その必要はなかった。噴進弾の進む先が、ディセンダーのほうを向いていない、と早々にわかったからだ。

 まさか、わざと外したわけではないだろう。SUVめがけて撃ったが、上手く狙いを定められなかったに違いない。なにせ、走っている車両の中にいるのだ。だいいち、兵士が全員、砲撃の名手、というわけでもない。

 数秒後、巒華が予想したとおり、ロケットは、ディセンダーの右上を通過していった。

 さらに数秒後、それは、対向車線の路肩に停めてあるトラックのフロントウインドウに命中した。

 ばりいん、という音を立てて、ガラスが割れた。次の瞬間、どかあん、という音とともに、ロケットが炸裂した。

 荷台に満載されていた丸太が、四方八方に吹っ飛び始めた。

「ん……!」巒華は息を呑んだ。

 一瞬後、丸太が一本、道路に対して平行な状態で、吹っ飛んできた。それは、ディセンダーの屋根の上、すれすれを通過すると、仙汕団のセダン一台のフロントウインドウに命中した。

 丸太は、ガラスを、どがしゃあ、と破ると、運転席、ひいては車内に、ばきばきばきっ、と突っ込んだ。そして、全長の半分くらいまで入ったところで、ようやく止まった。セダンは、その後、ふらりふらり、と対向車線のほうへよろめいていくと、電柱に、がしゃあん、と衝突して、停止した。

 さらに一瞬後、丸太が一本、ディセンダーめがけて吹っ飛んできた。それは、鉛直な方向を向いていた。

「くう……!」巒華は顔を顰めた。

 彼女は、ぐるり、とハンドルを左に回して、ディセンダーを移動させた。丸太は、SUVの右隣を通過していった。

 それは、やがて、仙汕団のセダン一台に、正面衝突した。どがしゃあん、という音を立てて、その車両の前部は、Vの字に凹んだ。

 さらに一瞬後、丸太が一本、ディセンダーめがけて吹っ飛んできた。それは、道路に対して垂直に交差するような状態で、やってきていた。

 丸太は、SUVの数十メートル前方で、どしん、と道路に落ちた。ごろごろごろ、と転がってくる。

「任せて!」

 助手席から、嶺治の声が聞こえてきた。そちらに、視線を遣る。

 彼は、ロケットランチャーを手に持っていた。それには、すでに、新しい噴進弾がセットされていた。

 嶺治は、助手席の扉に付いている窓から、身を乗り出した。ランチャーを左肩に担ぐと、砲口を丸太に向ける。間髪入れずに、引き金を引いた。

 どおん、という音がして、ロケットが発射された。それは、宙をまっすぐに飛んだ後、ディセンダーめがけて転がってくる丸太の、真ん中あたりに命中した。

 どかあん、という音と、ばきいん、という音が、ほぼ同時に鳴った。丸太は、噴進弾が炸裂した箇所を境として、真っ二つに折れた。車両は、それらの間を通過した。

 ぐるり、と巒華は辺りを見回した。すでに、丸太は、あらかた吹っ飛んだ後であり、あちこちに散乱していた。道路脇に転がったり、公園にある便所の屋根に突き刺さったりしている。もう、さらに新たな物が吹っ飛んでくる、ということは、なさそうだ。

 彼女は、地面に転がっている丸太を避けながら、ディセンダーを走らせた。炎上しているトラックの左横を、通り過ぎる。

 ちら、とバックミラーに目を遣った。仙汕団のセダンは、残り三台となっていた。

 その後も、麓を目指して走っていると、行く手にトンネルが見えてきた。かなり昔に造られた物らしく、明らかに古ぼけている。断面は、やや扁平な楕円の下部、全体の八分の一弱が、地面に埋まっているような形をしていた。天井には、オレンジ色の光を発する電灯が、一定間隔で据えつけられている。

 車線は、片側に二つずつ。中央分離帯は、地面から五十センチほど盛り上げられた段差となっている。さらに、その上には、段差と天井とを繋ぐ柱が造られていた。それは、細長い四角柱のような見た目をしていて、一定の間隔を空けて、並んでいた。

 現在、巒華たちは、左から二番目の車線にいた。そのまま、トンネルに向かい、走り続ける。

 一秒後、仙汕団のセダンのうち一台が、急加速し始めた。かと思うと、あっという間にディセンダーに追いつき、左端のレーンに入って、車両の隣を並走し始めた。

「ラムアタックを食らわせてやります!」

 巒華は、ハンドルを握る両手に、ぎゅっ、と強い力を込めた。左へ、大きく回そうとする。

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