第四章 危険な男 Ⅱ

 愁思郎は先に一階ホールの東側の物陰へ。

 梓は美穂を抱えて監視の目をくぐりながら配電室へと向かい、配電室に美穂を送り届けてから、一階ホールの西側の物陰に向かう。


 機動力の差で、そういう手筈になった。


「行くわよ、しっかり捕まってなさい」


 梓は美穂を抱えると、一気に走り出す。

 一蹴りで十五メートル以上の距離を走り抜ける。

 時に巡回じゅんかいしているテロリストから隠れながら、すぐに配電室の前まで来た。


「ホントにサイボーグなんだね」

「信じてなかったの? ま、あたしはテロリストのやつらみたいに分かりやすい見た目をしてないから、しょうがないか」


 梓の脚は若干肌の質感が違うものの、見た目は通常者の脚とまるで変わりがない。


「それじゃ時間になるまでここに隠れているのよ」

「……すごいね南条さんは」

「へ?」

「これからテロリストと戦うんでしょ――それも当たり前みたいに。すごいよ」

「……」

「私は大した役にたてないから」

「あたしから見れば、生身のままこうして作戦に参加しているあんたの方がよっぽど凄いとおもうけどね」

「……南条さんも愁思郎くんも、大丈夫だよね。また会えるよね?」

「大丈夫よ」


 梓は美穂を見る。

 どこまでも優しくて、気丈な少女を。


「あいつは負けないわ」


 そう言い残して、梓は駆け出した。

 美穂には消えたように見えた。




 その頃愁思郎はすでに持ち場についていた。

 梓と美穂のことは心配だが、今は信じるしか無い。


 息を潜め、気持ちを集中させる。

 後は決行の時刻を待つばかり。腕時計を確かめると、作戦の時間までもう少しだった。


 ラスト十秒の時点から、愁思郎は心の中でカウントする。


(……3、2、1)


 ――今だ。

 愁思郎は物陰から飛び出した。

 それと同時にホールの西側通路に梓が現れる。


「何だ⁉」


 監視役のテロリストたちが反応。西側通路の監視役──左腕にガトリング砲を備え

たサイボーグに、梓は速攻をかける。


「はああああぁっ!」


 梓は得意の高速機動。床、壁、天井。全てを足場にして、梓は駆ける。

 ガトリング砲の射線を全てかわし、男に肉薄。強烈な回し蹴りを叩き込む。


 ガトリング砲の男がぐらつく――が倒しきれない。梓はスピードに特化していて、パワーには富んでいないのだ。

 一発では仕留めきれなかったようだ。


「このガキィ!」

「乙女に向かってガキなんて言ってんじゃないわよ!」


 梓はそのまま交戦を始める。 

 愁思郎もホールの東側通路を見張っていたサイボーグに向かって走り出す。


 東側のサイボーグは、体格的には常人と変わらなかった。高出力のパワータイプではなく、この男も何か特別な機構を隠しているタイプなのだろうと愁思郎は判断する。


 向かってくる愁思郎に対して武器を構えるでもなく、格闘戦の構えを取るテロリストのサイボーグ。

 十メートル以上離れていた間合いは瞬く間にゼロになる。


 テロリストの初撃。左のジャブが飛ぶ。

 眼前に迫る拳を、愁思郎は頭を横に捻って躱す――ことが出来なかった。


「なっ⁉」


 テロリストのジャブが急に曲がり、躱した愁思郎を追尾したのだ。側頭部にパンチ

が直撃する。

 パンチを喰らった事で、愁思郎の体勢が崩れる。


 それによるわずかなタイムラグを男は見逃さなかった。すかさずパンチを連打し、愁思郎に立て直す暇を与えない。


 鼻先まで拳が迫る。

 愁思郎は男のパンチを叩き落とそうとするが、愁思郎がパンチを叩き落とす瞬間に男の腕が変形する。


 さながら骨がなくなったかのように、骨格上あり得ない角度で男の腕がしなるのだ。愁思郎はようやく男の手足の絡繰からくりに気付いた。


無関節駆動腕むかんせつくどうわん――!)


 極めて頑丈な形状記憶合金を芯棒に、弾性のあるワイヤー繊維で補強された腕は、自在にその硬度と形状を変える事ができる。

 

 男はその機能を使って、パンチの軌道を自在に変えているのだ。常識外れの攻撃方法は、さすがサイボーグといったところか。


 愁思郎の防御をすり抜けて、男のパンチが愁思郎を襲う。


「ぐっ……!」 


 愁思郎にはこのパンチを見切って叩き落とすことは出来ない。愁思郎は両腕を上げて、頭部だけもガードする。

 しかしそれが男の狙いだった。


 がら空きになった愁思郎のボディに向かって、男の脚がしなうなる。脚も無関節駆動の特別製のようだ。


 振り回される無関節駆動の脚は、鋼鉄製の巨大な鞭に等しい。その破壊力は如何ほどか。

 男の右回し蹴りが深々と愁思郎の左脇腹にめり込んだ。


 ――痛い。

 疑似神経ぎじしんけいが悲鳴を上げている。愁思郎は神経接続をカット。

 痛みを抑え、反射的にひるみそうになることを避ける。


「う……おおおぉっ!」

「何⁉」


 脇腹を蹴っている男の右脚。それを抱え込むと、軸足を払いつつ左方向へ振り回す。

 男はノーバウンドで五メートル以上吹き飛び、パークの床をゴロゴロと転がる。


(よし……!)


 ダメージこそ負ったが、ホールからサイボーグを引き離すことには成功した。

 後は涼子が上手くやってくれれば――。




「ん?」


 パークのコントロールルーム。

 監視カメラの映像をチェックしていた渋沢が口を開いた。


「どうしたんだ?」


 隣で本を読んでいた結城が聞き返す。


「いや、一階ホールに変化が……見張り二人に一人ずつ襲撃があったみたいですね」

「片方は上月愁思郎だろう?」

「あたりです」


 メインのモニターに一階ホールの様子が、拡大され映される。

「もう一人の方は、先日の麻薬組織の件でも見かけた少女ですね。こっちもサイボーグみたいですよ」

「二人とも隠れ潜んでいたわけだ」

「しかし何でこのタイミングで……?」


 何があるというのか?

 渋沢が疑問に思う間もなく、一階ホールの通路を塞ぐように隔壁かくへきが降り始める。


「何⁉」

「――なるほど。彼らは陽動か」


 見張りに奇襲を仕掛け、それにコントロールルームのこちらが気を取られている間に、コントロールシステムをハッキングしたらしい。


「無駄なことを!」


 渋沢は端末を素早く操作する。

 いくら外部からハッキングしても、ここのコントロール権を持っているのはこの制御端末だ。

 

 すぐにコントロール権を奪い返してやる──渋沢は電子頭脳と電子情報を読み取る義眼を、最大限に稼働させる。


 だが、


「なっ!」


 驚きと共に、コントロールルームが暗闇に包まれる。


「電力供給をカットしたな」


 結城は感心したように口笛を吹いた。

 どれだけ電子制御に優れていても、こうなっては手も足も出ない。高性能な電子機器も、電力がなければただの鉄くずだ。


「これで我々は人質に手を出せなくなってしまったわけだ」


 人質を集めたホールと東西の通路。

 それらを遮断する隔壁を下ろした状態で、電力カットされた。


 隔壁は災害時を想定して非常に頑丈に作られている。サイボーグでも壊すのには時間がかかるだろう。

 こうなっては人質に手を出したくても、物理的に出せない。 


「くそっ! 外部から電力供給をカットされても大丈夫なように、非常用電源があるはずなんですが」

「おそらく外部からではなく、内部の配電室から電力供給をカットしたんだろうな」

「奴らに仲間がまだいた……と?」

「一杯食わされたね」

「……どうしますか?」


 渋沢の問いに、結城は肩をすくめた。


「どうしようもないよ。すぐに外壁を破って突入部隊が来るだろう――今回はこれでお開きだ。ただ……」

「ただ?」

「心残りがあるからね。少し彼と話しておこうかな」




 隔壁が降り、パーク全体の電源が落ちる。


(やった!)

 

 作戦が成功し、愁思郎は内心で快哉かいさいを叫ぶ。

 眼前のテロリストは戸惑っていた。今がチャンスだ。


「おおおぉっ!」


 愁思郎は間合いを詰める。

 テロリストも間抜けではない。すぐに構え直し、牽制けんせいの前蹴りを放ってくる。

 愁思郎は腹に突き刺さろうとする前蹴りをあえて喰らい、脚を掴む。


(掴んでしまえば、こっちのものだ)


 愁思郎の掌から、パイルバンカーが打ち出される。

 瞬間的に金属が変形する嫌な音と火花が散る。


 掌を突き破って現れたパイルバンカーは、容易くテロリストの脚のワイヤー繊維を貫き、芯棒になっている形状記憶合金に多大なダメージを与える。


「うがぁっ!」


 テロリストがうめく。

 脚が形状を保っていられなくなり、テロリストはバランスを崩して倒れ込む。


 テロリストが反射的に床に手をついた。

 その手を愁思郎は掴むと捻り上げる。肩を背の方から膝で押さえ、テロリストをうつ伏せに押さえ込む。


 伸び切った腕を背筋力も使って、全力で引っ張った。今度は腕が引きちぎれる。

 片手片足を折られたテロリストは、もうどうする事もできない。立つことさえできず、ただ芋虫のように地面を這ってもがくだけだった。


「くそっ! 何だ今のは……」


 テロリストは叫ぶ。


「さっきとは別人じゃねぇか」

「手加減してたんだよ」


 にべもなく愁思郎は言った。


「時間稼ぎはもう終わったからな」

「ぐっ……」


 テロリストは悟った。愁思郎は自分とは格が違うということを。


「この化物」


 もう何度言われたか分からないセリフだ。でも今なら言える。


「……俺は人間だよ」


 愁思郎はテロリストの首筋に手刀を落とし、男の意識を断った。

 周囲を警戒しながら、愁思郎はこめかみを押さえ無線を入れる。施設の電源が落ち、ジャミングが消えた今なら通じるはずだ。 


 何回かのコールサインのあと、梓が応答する。


『首尾はどう?』

「こっちはさっき相手を倒したとこ」

『こっちもガトリング男は片付けたわ』


 一階ホールの見張り役二人は倒した。

 あとは程なくして突入部隊が入ってくるだろう。人質も無事救出されるはずだ。


「梓、佐久間さんは任せた」

『あんたはどうすんの?』

「俺はコントロールルームに向かう」


 今回のテロを主導した黒幕が、コントロールルームにいるのは間違いないだろう。


「逃げられる前に抑える」

『了解。今日はあんたに譲ってあげる』

「ありがとう」


 交信を終えると愁思郎は、一瞬腰を落として脚のバネを溜める。中腰の体勢から勢い良く飛び上がり、天井をぶち破って愁思郎は一気に三階へ。


 三階の床を蹴って、さらに上へ飛ぶ。

 愁思郎はパワーが優れているが、機動力では梓に劣る。普通に階段を上がるよりも、天井をぶち破った方が早い。ものの十秒で、愁思郎は最上階の五階までやってきた。


 周囲を見回すと、ここは廊下のようだ。

 脳内に五階の地図を広げる。現在地と目的地であるコントロールルームの位置を確認。


(向こうだ)


 迷わず愁思郎は進む。廊下を駆け抜けた先に見える、鉄門扉に閉ざされたコントロールルーム。愁思郎は走る速度を落とさず、鉄門扉に飛び蹴りをかました。


 轟音と共に扉が吹き飛ぶ。

 愁思郎は臨戦態勢りんせんたいせいを保ったまま中へ踏み込んだ。


「やれやれ、荒っぽい登場だな」


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