楽園崩壊〜魔法配達士と失楽園の天使〜

天羽睦月

第1章 運命の始まり

第1話 始まりの出会い

 その日はいつもとは違い、とても良く晴れた天気の良い日であった。

 太陽から注がれる日差しを浴びて、気持ちがいいと少年は商店街を歩きながら呟いている。


「太陽の日差しが気持ちいいな。最近は曇ってばかりだったからこの天気の良さは嬉しいな。仕事も終わったことだし、どこか寄って帰ろうかなー」


 商店街を歩いている少年の名前は黒羽出雲。16歳の少年だ。

 出雲は黒髪で耳にかかる短髪をし、二重の目元が印象的な端正な顔立ちをしている。平均より少し高い身長をしており、体格は茶色の作業着の上からでも分かる程度には鍛えていると見える。


 配達士として働いている出雲は騎士に補給物資を届け終えたところであった。近頃は魔物が町に攻め入ることが多く国の防衛組織である騎士の稼働率が上がっているので、魔物の討伐から騎士の補給物資を届ける幅広い仕事を請け負っている配達士の仕事が増えていた。

 魔物といってもその種類は多様であり、オオカミからクマ、竜に虫などが多く報告されている。最近ではまた新たな種族である植物の魔物も発見されたらしいと有名である。


「疲れたなー。相変わらず騎士に蔑ろに扱われるし、昔は騎士と仲良く仕事をしていたと聞いていたけどな……」


 昔は配達士と騎士は仲が良かったのにと呟きながら商店街を進む。ちなみに正式名称は魔法配達士であるが、省略をして配達士と誰もが呼んでいる。

 歩いている商店街は出雲が暮らしている大和国の首都である武蔵で、一番の賑わいを見せている場所だ。

 大和国は大小様々な大きさの町から形成されている世界でも有数な国家である。

 首都は国の中心に建設されている武蔵と呼ばれる町であり、その大きさは小さな国と同等の大きさと言われている。


「日差しが落ちてきたけど、この商店街はいつも賑わっているな」


 夕方になりつつある時刻であるが、既に町の住民達が買い物を楽しむ様子や露店で酒を飲んで楽しく談笑をしている姿が見える。

 出雲も何かを買おうかと周囲を見つつ歩いていると、1人の男性に呼び止められた。


「おう! 出雲じゃないか! もう仕事は終わりか?」

「あ、パン屋のおっちゃん! そうだよー。今日は町の側に現れた魔物の対処だけ。戦わないで補給物資を届けるだけの簡単な仕事さ」


 そう言って両手を横に広げると、簡単な仕事なんてないさとパンを焼きながらおっちゃんと呼ばれたパン屋の店主が出雲に言う。


「補給物資を届けってことは魔物と戦う可能性があるし、前線に出るってことだろ? 度胸や魔物と戦っても生き残る戦闘技術がないとできない仕事だろうに」

「ま、そうだけどさ。この仕事に就けたから孤児院から出れたわけだし、ちゃんとやり続けるよ」

「その意気だ! お前は笑顔で毎日を過ごせばいいんだよ」


 その言葉と共にパン屋の店主はクロワッサンを1つ出雲に手渡す。


「もらっていいの!?」

「おう! お前が今日も生き延びてくれたお礼さ。お前が生きててくれないと俺と話してくれる人がいなくなるからな。死ぬんじゃねえぞ」

「分かってるよ。俺も死にたくはないからね」


 出雲はその言葉を発すると、帰るよとパン屋の店主に言ってその場を離れた。


「まさかパンをもらえるなんてな。あそこのパン屋は本当に美味しいんだよなー。毎日食べたくなるくらいだ」


 もらったクロワッサンを食べながら歩いていると、ふと近道をしようと思った。


「そうだ。こっちの裏路地を進めば近道だな。今日は疲れたからこっちから行くか。裏道は薄暗いから気を付けて歩かないとな」


 家と家の間の狭い路地を進むと違う区画にすんなりと出れるので重宝している道の1つである。

 ちなみに、本来の道を進むと遠回りをしなければならないがこの裏路地を進むと数分で家のある区画に到着するのである。


「今日は手ぶらだったからすんなりこの道を通れるな。もしリュックサックや剣を持っていたらキツイだろうな」


 よかったよかったと言いながら狭い道を進んでいると、薄暗い通路の先でドサッという音が聞こえた。


「な、なんだ!? 何が起きた!?」


 突然発生した音に驚きながらも歩く速度を速めると、目線の先に地面に倒れている人の姿が見えた。


「ひ、人が倒れてる!? 何があったんだ!?」


 静かに近づくとうつ伏せに倒れている姿が見えた。

 足首まである長いワンピースにも見える1枚布の服を着ており、頭部にはフードを被っているようで性別の判断が付かない。どうしようかと悩んでいると、とりあえず肩を揺すって起こすことにした。


「ちょっと! 大丈夫ですか!? 何かあったんですか!?」


 何度か倒れている人の肩を揺らすと、小さな声で呻き声が聞こえてくる。

 助けてと発しているその声は澄んだ声色をしており、聞いていると心が落ち着くと出雲は感じていた。


「声からして女性か?」


 呻き声を聞きながら女性の体を掴んで起こすと、フードがはらりと取れて出雲と同い年に見える少女の顔が見えた。

 少女は銀の髪色で長髪をしており、誰が見ても可愛いと思える顔をしていた。


(か、可愛い……こんなに可愛い女の子は初めて見たぞ……)


 出雲はその少女を見た瞬間に心臓の鼓動が跳ね上がった。

 絹のようなしなやかな髪がサラリと左右に別れると、少女の綺麗な空色の瞳と白い肌が露わになる。


「綺麗だな……お人形みたいだ……」


 少女を見て思ったことが自然と口から出てしまい、数秒間見惚れていると助けるために近寄ったことを思い出した。


「そうだ! 助けないと!」


 倒れている少女の体をさらに揺らすと、お腹が空いたと小さな声で呟いていた。


「お腹が空いた!? 嘘でしょう!?」


 深刻なことが起きたのかと思っていた出雲は、まさかの空腹で倒れていたと判明をして落胆をしてしまった。


「お腹が空いているの?」


 そう話しかけると、少女は小さく頷いた。


「立てる?」

「ギリギリ立てます……」


 少女は出雲の肩を掴んで辛くも立ち上がることが出来た。

 立ち上がったその足は微かに震えており、かなりの空腹であることが一目で理解出来た。


「こっちに行けば商店街があるから、一緒に行こう!」

「ありがとうございます……」


 振るえる足取りで自身の肩を掴ませて歩き始め、転ばせないように気を付けながら来た道を戻っていく。


「もう少しで商店街に到着するからね! 我慢して!」


 何度話しかけても返事はない。

 お腹が減りすぎて喋る体力もないのだろうか。戻る道の途中で少女は歩けなくなってしまった。


「大丈夫か!?」

「もう歩けないわ……ごめんなさい……」

「俺が背負っていくからね? それでいい?」

「任せるわ……動けなくてごめんなさい……」


 気にしなくていいよと言いながら出雲は少女を背負うと、背中に大きくて柔らかい何かが当たった気がした。


「こ、これは……もしかして……」


 背中の気持ちの良い柔らかい何かを感じながら来た道を戻る。

 落とさないように小走りで商店街に向かうと、先ほどパンをもらったパン屋に到着をした。


「着いたよ! ここでパンをもらえるから!」


 そう言いながら少女をゆっくり背中から下ろすと、周囲の人達が何が起きたんだと注目し始めてしまう。

 夕食の時間が迫っている時刻なので、商店街には多数の人達が歩いていたためである。


「ヤベ! 周りの人達が見始めてきた!」


 野次馬が形成されそうになると、出雲はパン屋の店主のことを呼ぶことにした。


「すみませーん! おやっさん!」


 何度かパン屋の店主を呼ぶと、背後を向きながら何だと言葉を発した。


「さっき帰ったばかりじゃねえか。まだ何か用があったのか?」

「ちょっと、この子にパンを食べさせてあげて! 凄い空腹みたいで今にも倒れそうなんだ! ていうか、もう倒れてた!」


 出雲の言葉を聞いたパン屋の店主は、今にも倒れそうな少女の顔を見た。


「凄いべっぴんさんじゃねえか。金はあるのか?」


 そう言われた出雲はポケットを漁ると、そこには小銭しか入っていなかった。


「小銭しかないです……」

「はぁ……お前のツケにしといてやるから、明日には金を持って来いよ!」

「ありがとうおやっさん!」


 パン屋の店主はクロワッサンにウィンナーパンなど、多数のパンを少女に手渡した。すると少女は美味しいと言いながらもらったパンを食べ始める。


「ほら、見世物じゃないから見ないで! ただお腹が空いているだけだから!」


 出雲の言葉を聞いた周囲の人達が、蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていく。


「ごめん! ありがとう!」

「こいつも持ってけ。飲み物を買う金もないだろう?」


 パン屋の店主が笑いながらカップに入っているお茶を手渡すと、出雲はありがとうと返事を返した。

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