第5話 空欄の職業欄。

夕飯は何故か串焼き肉が出てきた。

「パンと干し肉だと思いました」

驚くミチトに無精髭の兵士が「お前の話が聞きたいから保存用の塩漬け肉で賄賂だよ」と微笑む。


「ありがとうございます。でも面白い話なんてありませんよ?」

「それは俺たちが決めるからいいんだよ」


そう言って聞かれたのはR to Rでは何をしてきたかだった。


「何を…、正直よくわかりません。

いいように使われて居たと言うのが正解かも」

また自嘲気味に笑うミチト。


「いや、それはないだろ?戦士系なら魔術師系の仕事に連れ出してもお荷物だろ?治癒魔術でも使えれば別だが荷物に治癒魔術師が持ち歩く聖書も無いじゃないか」

通常、治癒魔術師は神殿で治癒魔術を教わった際に神の教えとして聖書を貰う。

そして聖書の意味を理解する度に難度の高い魔術を使いこなせるようになる。

だがミチトには荷物らしい荷物もなくその聖書は無い。


「聖書が無くても治癒魔術は使えますよ」

「あ?何言ってんだ?」

ミチトの言葉に糸目の兵士が目を丸くする。


「お前さん、治癒魔術が使えるのか?」

「…実は…」


「じゃあその怪我はなんだよ?」

「治っていると移送先でアレコレ聞かれて困ると思ったんですよ。

適当にR to Rで治してもらったと答えても、もし裏取りされて自分で治した事がバレると言い逃れできないですし、ラージポットに治癒魔術師が居ないと使われるじゃないですか」


「…その下手くそな包帯は?」

「普段はもう少し上手く巻けるんですけど、左手は倒れた時に捻ってしまってまだ痛むんですよ」


また困り顔で笑うミチト。

「なぁ…お前さんは何者だよ?」

「え?ただの雇われの冒険者ですよ」

呆れ顔で笑うミチト。


「いやいや、おかしいだろ?冒険者って余程なりたい奴がなるか定職につけなかった奴が日銭を稼ぐために始めるようなものだぞ?」

「そうですね。俺には後ろ盾がないので仕事をする際にロクな仕事がなかったんですよ」

また焚火の日を見てぼうっと呟く。


「まあ、その話は今度でいい。今は治癒魔術について聞いていいか?」

「いいですけど、ただ出来たらラージポットでその事は言わないでくださいね?」


「…言えばお前の立場が良くなるかもしれないんだぞ?」

「いえ、俺は良い立場とかよく分からないんですよ。とりあえず何が何でも生き延びたいんです。だからなるべく出来る事は黙っていた方が良いって事をR to Rで知ったんです」


そう言われて小隊長は1つの事を思っていた。

確かにこの2日、ミチトの話を聞くといいように利用されて使い潰されて結果オーバーフローが迫っているダンジョンに生贄のように送り込まれた。

その経験からすれば黙ってひっそりと生き残る事を考えるのは仕方ないだろう。

だからこれ以上は追求せずに「わかった。じゃあ治癒魔術の事だけ話してくれ」とだけ言った。


「回復の気と言えばいいのかな?空気中に漂っているんですよ。それを術で集めて患部に流すんです。そうすれば神殿に行って教わって聖書を貰う必要はありません。まあ、聖書って触媒なので持っていると回復の気が集まりやすいんですよね」


「…そうなのか?」

糸目の兵士が不思議そうに聞く。


「ええ、俺の認識ではそうですよ」

「お前、何で使えるんだよ?」

今度は不精髭の兵士が疑問を口にするとミチトは「ああ、俺…器用貧乏なんで…」と言ってまた泣きそうな顔で笑った。



「いや、器用貧乏って言っても限度があるだろ?そもそも何で神殿に行かずに使ったんだよ?」

小隊長も質問攻めに参加してしまう。


ミチトが一瞬悲しそうな顔をした後で「ああ、R to Rにいる1人の治癒魔術師がですね。末端側でも無いんですけど、俺より後にR to Rに入ったんですけどコネなので偉いんですよ。その人が移送任務に付いて来た事があって、でも凄く気分屋で若いくせに生意気って俺を目の敵にしてきて任務中に矢が足に刺さって歩けなかったら置いて行かれてしまったんですよ」と言い出した。

当然、単純に使えない下っ端にそういう行為をするチームの噂はいくらでもあるが、今までの話…それも小隊長からすれば古代神聖語や古代語を読めて斥候のように戦闘状況の施設内で一番に乗り込める能力を見れば下っ端などとはとても評価できない。

そう思っているとミチトが話をつづけた。


「それで、その人がこのまま見捨てて問題になっても困るからって神殿で聞きかじってきた治癒魔術の教え方だけを真似して行ったんですよ。まあ、仮にこうすれば俺が行き倒れても「治癒魔術に見込みがありそうだから極限状態に追い込んでみたけど才能を開花できない駄目人間だった」と報告をすればコネなので許されてしまいます」


「お前…、それって…」

不精髭の兵士が何かを言おうとした。小隊長にはそれが何かは分かっていた。

お前は殺されそうになったんだと言いたかったのだ。だがそれを言って何になる?そう思った小隊長は「黙って話を聞け」と釘をさしてミチトを再び見た。


「神殿の説明って意味わかんないんですよ。「目覚めなさい、大気に宿る癒しの精霊たちに耳を傾けてその優しさに触れなさい。その優しさで傷ついた身体を癒してあげなさい」ってだけなんです。最初はそれが呪文なのかと思いましたが治癒魔術師の使うヒールってそんな呪文も無しに何か集中した後で手が光って傷を癒すんですよ」


「じゃあ、それを何とか意識したのか?」

「はい。だから俺は初級のヒールを使って何とか足の傷を癒して部隊に合流しました」


「…帰れて良かったな。でもヒールが使えるようになったんだから褒められたし給料だった上がっただろ?」

糸目の兵士が何とか盛り上げようとして前向きなコメントを出すが雲行きが怪しい。


「いえ、給料が上がったと言うか特別ボーナスを貰えたのはコネ入社の治癒魔術師だけでしたよ。才能を見込んで追い込んでくれたおかげなんだから感謝しろって言われました」


「っ…!?」

絶句と言う事はこう言う事なのかと小隊長は思っていた。


「しかも俺がヒールに目覚めるのが遅かったせいで積み荷に損害が出たって言われて減給させられて周りからも連帯責任で減給させられたって色々言われました」


「なんだよそれ!!」

「おい!」

「小隊長?おかしいですって!」


「あ、やめてください。そうなると困るから話さないようにしたんですよ。損害なんて言ったって軽微なものです。貴族達は保険に加入しています。損害の補償は被害分だけ保険が支払ってR to Rが請求されることはありませんし、R to Rは代理契約で手数料を貰ってますからただの言いがかりなのは分かっています」

そう言ったミチトの目には涙が見えた。


「湿っぽい話はやめて肉を食べようぜ?いい感じに焼けてるからさ」

不精髭の兵士が「ほら」と言って串を持たせてくれる。

串には拳大の肉が三切れ刺さっていた。


きっとこれは1人四切れの肉なのにミチトの為に3人が一切れずつくれたのだろう。

ミチトは「ありがとうございます。嬉しいです」と言って塩漬け肉を頬張った。

程よい塩加減と肉汁が美味しかった。


食後、小隊長が「もう少しだけいいか?」と言って話を切り出した。

「お前さん、何でヒールが使えるようになったのに神殿に行かなかった?そもそも今の職業は何だ?渡された身上書の職業欄が空欄だったんだ」


「職業は冒険者になると思います」

「は?そんなの職業じゃないだろ?無職となにも変わらないぞ?」


「ええ、R to Rの募集要項に[未経験者歓迎、自分の適性がわからない冒険者も懇切丁寧に寄り添って成長できます。自分にあった職業を一緒に探しましょう]ってあって、それもあって俺はR to Rに加入したんです」

「それで何年居たんだ?」


「2年半です」

「それだけ居ても適職が見つからなかったのか?お前以外の奴らもなのか?」


「いえ、適職が見つからなかったのは俺だけです。それにさっきの質問に戻ると治癒魔術師はR to Rに既に2人いるからなる必要がないって怒られた事と、ヒールが使えたくらいで神殿に行かれても迷惑だと治癒魔術師達から言われました。後は忙しくて神殿に行かせて貰えなかった事もありますね」

小隊長はまた絶句した「使い潰されている」そうとしか思えなかった。囲って情報を制限し報酬を少なく渡す事で独立させないようにしている。


「怒られた?」

「ええ、仲間の仕事を奪うのか?R to Rの構成で言えば治癒魔術師は3人も不要でそれ以上になったら雇えないのに治癒魔術師になろうなんて何て悪い奴だと言われましたよ」


もう3人の兵士達は何も言えなかった。

「すみません、やっぱり面白くない話でしたよね。寝ます。ご馳走様でした」

ミチトはそう言って牢に自分から入って行って横になる。



「…怒っていたな。きっとあれが普通の感情だよな」

そう言いながら眠りについた。

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