バイ・バイ・フィジカルカウボーイ

佐藤ムニエル

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 着信音が耳の内側で鳴った。カウボーイは首に装着した通信機に指を充てた。

 聞こえてきたのは、管理局からの行方不明者捜索要請だ。人工体ファーボに入ったが、予定時刻を過ぎても戻らないのだという。最後に定時連絡があったとされる場所は、カウボーイの現在地点の近くだった。

 無視をするわけにはいかない。の人間を守るのは、何よりも優先されるべきことだった。

 老カウボーイは白く硬い髭をさすると、ポラックの鼻先を西へと変えた。

 程なくして、は見つかった。あちこち探し回らずに済んだのはよかったが、置かれた状況がよくなかった。

 むしろ最悪だった。

 荒れ地に横たわるファーボは〈狼〉に囲まれている。数は視認できる限りで四。

 カウボーイは、最大望遠にしているスコープを下ろした。さてどうしたものか、と思案する。背中の電磁ライフルは、六発ごとにチャージが必要となる。余裕は二発しかない。それも、必ず当てられる保証はどこにもない。そもそも彼にできるのは、〈狼〉の足止めでしかない。

 ため息をつく。覚悟が決まる。彼はライフルを抜きとると、馬の首筋に手を充てる。

「悪いな、無茶をさせる」

 問題ない、と通信機ごしに相棒の返答がある。

 ポラックが駆け出す。大きく弧を描くように、獲物に群がる〈狼〉たちへ近づいていく。

 揺れる馬上で腰を浮かせ、ライフルを構える。群れの一頭に狙いを定め、引き金を引く。

 シュッという空気を裂く音が鳴る。狙った〈狼〉が引き付けを起こし、その場に倒れる。

 他の三頭が同時にカウボーイの方を向いた。顔は細長いのっぺらぼうだが、彼には目が合った感覚があった。

〈狼〉たちが地面を蹴り、一直線にやってくる。機械たちボットはファーボよりも生身の人間を優先する。殺戮兵器として人間に使われていた頃の名残だ。その使命が暴走し、敵ばかりか己の主人にまで噛みつくようになったのだ。今でも彼らが自らを増やし、地上を闊歩する根底には〈人間を殺せ〉という使命が横たわっている。

 人工筋をしならせながら、〈狼〉は飛ぶように駆けてくる。カウボーイはそのうちの一頭に銃口を向け、引き金を引く。命中。

 残りの二頭は距離がある。片方を狙えば、もう片方は襲いかかってくる。

「ポラック」

 怪我するなよ、と答え、馬はにわかに速度を緩める。

 カウボーイは馬上から飛び降りる。乾いた土の上を数度転がり、すぐに体勢を立て直す。ポラックに二頭の〈狼〉が迫っていた。

「右をやる」

 二頭がほぼ同時に飛びかかる。そのうちの一頭をカウボーイの弾が捉える。左から飛んだもう片方の襲撃は、ポラックが身をよじってかわした。着地し、直ちに地面を蹴ろうとする残りの一頭をカウボーイは仕留める。

 詰めていた息を吐く。銃身のポンプを引き、次の戦いに備え電力を蓄える。それから彼は、岩と草の間に転がるファーボの方へ向かう。

 長い金色の髪がほどけて広がっている。一瞬、本物の人間ではないかとギョッとするが、特注のファーボだとすぐに思い直す。にいる富裕層の中には、こうして生身の人間を模したファーボに入って外へ出てくる者も少なくはない。

 体格からすると、ファーボは子供用のものだ。通常、ファーボはでの年齢性別に適した体格のものが使われる。自分の年齢性別とは違うものに入ることも可能だが、身動きの便を考えるとメリットは少ない。いつ危険に遭遇するともわからない物理世界では意識とのギャップは極力埋めるべきであるとされている。

 つまり、今、目の前でうつ伏せになっているのは少女である可能性が高い。

「おい」カウボーイはひざまずき、小さな肩を揺する。「大丈夫か?」

「大丈夫」突っ伏したまま、少女の声が言う。「けど動けない。足をやられたわ」

 見れば、赤いスカートからのぞいた足のうち、左側は膝から下がなくなっている。痛々しい見た目にカウボーイはわずかに顔をしかめる。

「痛みは」

「ないわ。痛覚は切ってるから――ねえ、いい加減、起こしてくれない?」

 カウボーイはファーボを抱き起こした。白い人工皮膚を土で汚した、少女の顔が彼の方を向いた。眼は、空を思わせる青だった。

「なによ、おじいさんじゃない」白い眉間にしわができる。

「悪かったな。イヤなら置いていくが」

「そうは言ってないでしょ。客観的事実を述べただけよ」

 やれやれ、と小さく首を振りながら、カウボーイはポラックを呼んだ。駆け寄ってきた馬の背に少女を放るように乗せ、自らも騎乗した。

「もうちょっと丁寧にできないの?」

「そういうことは後にしてくれ」

 視界の端では最初に仕留めた一頭が起き上がりつつあった。他の三頭に関しても同じことが起こる。程なくして先ほどの戦いは意味をなくす。意味を保つためには、一刻も早くこの場を立ち去る以外に方法はない。

 ポラックが地面を蹴って駆けだした。馬が揺れるたび、少女は切れ切れに文句を述べていたが、やがて何も言わなくなった。

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