第32話:虚像の英雄

 1943年1月12日 時刻19:55 



 ===新皇京都真宿区・割烹料亭穂之花===



 料亭の一室内では6人の年配軍人の男性と二人の芸者が料理と酒を楽しんでいる。


 軍令部総長の永野と連合艦隊司令長官の山本、そして元内閣総理大臣にして現予備役海軍大将の『米内よない 昭政あきまさ』に天京特務機関参謀長の樋口、支那琉方面軍総司令『はた 俊三しゅんぞう』陸軍大将とそして元陸軍大臣で現予備役陸軍大将の『梅津うめず 幸治郎こうじろう 』で有った。


 彼等は樋口が募った暁会の同志で有り、事実上のトップ達で有る。


「失礼いたします、お連れの方が御出でになられました」 

「おお、入って貰ってくれ」


 陸海軍の重鎮達に快く迎えられたのは連合艦隊司令副長官である伊藤中将と、戦艦大和艦長、東郷准将であった。


 二人は脱帽敬礼の後、芸者達に席へと案内される。


 その時山本と東郷の目線が合い東郷は僅かに山本を睨む、すると山本は目を伏せながら僅かに頭を下げた、それに東郷は少し目を見開くが即座に返礼する。


 山本と東郷の関係性(山本が大和を意図的に沈めようとした事)を知らない陸軍の人間からは海軍同士の挨拶程度にしか思われていないだろうが、事情を知っている者からすると、このやり取りの結果がこの後の話し合いに関わってくる為気が気では無かったであろう。


 とまれ、山本の暗黙の謝罪・・・・・に東郷が即座に返礼した事で、取り敢えず・・・・・この問題は解決乃至先送りになった事が分かり永野と伊藤は内心ほっと胸を撫で下ろした。


「君が東郷京八郎名誉元帥の子息にして『ソロンの英雄』である東郷創四朗准将か、噂は私の耳にも轟いておるよ」 

「英雄等と持ち上げられ過ぎであると自覚しております、お恥ずかしながら戦闘中負傷して気を失っておりました、部下の戦術長が優秀で無ければどうなっていた事か……」


 梅津の言葉に東郷は頭を掻く仕草をしながら苦笑する。


「いやいや、戦闘詳報を見たよ、実に的確に艦を操り敵艦隊殲滅の布石を打っているじゃないか見事だよ、無論君の部下の……八刀神大尉・・・・・もね?」


 そう言って猪口を片手に好々爺の如き笑顔を浮かべるのは山本である。


「有難うございます、司令長官にそう言って頂けるのは本職として光栄の極みであります、八刀神大尉も長官の御言葉を聞けば大層喜んだ事でしょう、彼も長官の思想に・・共感しておりましたので……」


 そう言うと東郷も爽やかな笑顔を浮かべる、事情を知らない陸軍の面々は二人のやり取りに素直な笑顔と賛辞を贈っているが海軍の面々は引き攣った笑顔の横に冷や汗が滲んでいた……。


 今の二人の会話を約すると、東郷の手腕を認めながらも奴の弟・・・の話はして欲しく無いという山本の本音に、東郷が彼も・・兄を嫌っているので貴方の敵では無いと返したのである。


 それは即ち『だから部下正宗に余計な手出しはするな』と山本に念押しをしたのだ。


「……然し、陸海軍の重鎮の方々の間に私の様な者が加わって良いモノか恐縮しております、今から何を聞かされるのか戦々恐々としておる次第であります」


 その言葉の割には東郷の立ち振る舞いは毅然としたものであった、それを梅津に突っ込まれると「虚勢であります、内心は迷子の子犬の様に震えております」等と言って場を和ませた。


 その後暫くは4人に増えた芸者達を交えながら他愛もない歓談が続き料理と酒も進んでいく。


 ・

 ・


「さて、宴もたけなわ、皆打ち解けた所で本題に入りましょうか」


 そう切り出したのは暁会の創設者の一人である樋口であった。


 その言葉を受け芸者達は一例をして退室していく。


「本日皆様にお集まり頂いたのは暁会の今後の展望についてであります」

「その前に一つ良いかね?」


 樋口の言葉に先程迄酒で緩んでいた全員の表情が軍人然としたものに引き締まる、その樋口の言葉を遮ったのは梅津であった。


「東郷准将とはあまり面識が無くてね、聞きたいのは貴官が本当に我々の志に共感しておるのか、と言う事なのだよ、何分……」


 そこまで言って梅津は言葉を止めた、無論敢えて、である。


 その言葉の先は『一歩間違えれば、いや間違えなくても陸海軍双方に敵を作る事になる』である。


 暁会の目的は日煌戦争(紛争)の早期終結で有ったが、海軍を交え規模が拡大した今は東亜太平洋戦争の早期終結へと目的を拡大している、無論先ずは日煌戦争(紛争)の終結が主目的で有る事は変わっていないが。


 然し当然の事ながら早期終結となると幾分か日輪側こちらが譲歩した『講和条約締結』となる可能性が高い。


 即ち煌華領からの日輪軍の撤兵である、しかし其れが出来る位ならそもそも日米開戦に至っていない。


 これは支那琉方面軍総司令である畑が撤兵の指示を出したとしても実現は不可能である、最悪指示を出した瞬間暗殺されるか反乱が起きる可能性が高い。

 

 だがどう在れ結局の所、戦争の早期終結とは事現状に至っては『譲歩した講和』しか無く、その容認自体を『命を賭して戦い散った英霊への冒涜である』と断じる者にとって暁会が裏切り者となる事は想像に難くない。


「……戦争の早期終結、と言う点に置いては強く共感しております、然しその手段・・によってはお力になれない可能性もございます」


 東郷は『手段』と言う言葉を発した時無意識に山本に目線を動かした、東郷が暗に示したのはクーデター等の強硬手段で有れば協力しないと言う事であり目的の為なら味方の将兵ごと艦一隻を沈めようとした山本ならやりかねないと感じたのだ。


「うむ、当然の疑問だな、無論貴官の危惧する・・・・・・・様な手段ではないよ、まだ内々の決定だから他言無用だが、3月1日を以って私が陸軍大臣に、米内さんが海軍大臣に就任する事が決まっている、と言えば理解して貰えるかな?」


「ーー!! ……成程、そういう事でしたら喜んで尽力させて頂きます」


 東郷が真剣な表情で梅津を見据えながらそう言うと梅津は満足げに微笑み頷いた。


 つまり暁会の主戦場は文字通りの戦場では無く、政界、即ち国会で有ると理解したのである。


「話の腰を折ってしまって済まんね、改めて今後の展望を聞かせて貰えるかな?」


「了解しました、とは言え梅津さんの御言葉に有りました通り、御二方の大臣就任が大前提では有りますが……支那琉方面総司令の畑さん、フィルピリン方面総司令の山下陸軍大将、そしてマルーレイシア及びインドラネイシア方面南方総軍総司令の寺内陸軍大将に協力して頂き、4月に行われる予定の御前会議にて支那琉に展開中の各総軍撤兵による講和交渉を提案し採択を目指す事が当面の目標となっております」

「ふむ、然し寺内総司令と山下総司令からは協力を取り付けているのかな?」


 顎を弄りながら疑問を呈したのは山本で有った。


「いえ、これから協力を取り付ける手筈になっております、余り早い段階で動きますとに嗅ぎ付けられますので……」


 そう言いながら樋口が畑に目線を送ると畑は猪口を机に置き口を開く。


「二人の事は儂が良く知っておる、山下は陛下の意向には絶対逆らわん、いや逆らえん、絶対・・にな、寺内さんは叩けば誇りが出る・・・・・・・・人だから如何とでもなる、まぁ任せてくれ」


 そう言いながら畑は猪口に酒を注ぎ一気に飲み干すとプハーと吐息を漏らす。


 山下大将は1936年に起きた二・ニ六事件に置いて首謀者の青年将校達が自決を決意した折、当時の陸軍大臣を通じ神皇に彼らの自決に立ち会う侍従武官の差遣を願い出たが、これが家臣4名と警察官5名を殺害したクーデター首謀者をテロリストと断じた神皇の不興を買ってしまった。


 侍従武官の差遣を認める事は、クーデター首謀者の行いを肯定する事になってしまうからである。


 山下は国を憂う若者の最後にせめてもの情けを掛けたつもりで有ったが、家臣を殺害された若き神皇の心情に対して配慮不足で有ったと言わざる得ない。


 この事が原因か、山下がマルーレイシアを攻略し、新聞社が其の勇猛果敢な様を『マルーの虎』と称し彼が国民的英雄となっても神皇は彼に拝謁の機会を与えなかった。


 故に山下がこれ以上神皇の不興を買う行動や選択をする事は有り得ず、其れを知る畑に絶対・・と言わしめたのである。


 寺内に関しては『品の良いハイエナ』と陰で呼ばれている事からその人となりは想像出来る、実際現在の地位も山下の様に果敢に戦い得たものでは無く陸軍大臣時代のコネによるもので有り、マルーレイシアの利権に至っては完全に山下から掠め取った物である。


 そして現地での豪遊ぶりは遠く離れた煌華の畑の下にも届いており、叩かずとも歩いただけで埃が出る、寺内とはそう言う人物で在った。


「まぁ、山下君は良いとして、寺内さんは事が済んだら・・・・・・後方で休んでもらった方が良いかな、無論本人には内緒の贈り物・・・としてね」


 そう言う梅津は猪口を片手に意地悪そうに口角を上げていた。


「ふむ、其れが良いだろうな、彼は状況次第ではどっちにでも転ぶ、可能な限り早急に遠ざけた方が良いだろう」


 寺内を良く知る畑もその意見に賛同する。


「では、大まかな指針はそういう事で、次は我らが英雄の広報ですな!」


 そう言うと樋口は東郷に人当たりの良い笑顔を向ける。


「は?」


 すると他の重鎮達も一斉に東郷に視線を集め口角を上げる。


「一体、何を……?」


 東郷は猪口を片手に持ったまま目を丸くして固まった。


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 ・

  

 翌13日 時刻15:15 新港区某所


「はい、それでは次は山本司令長官と御一緒に、はい、其処で良いです。 撮りますよぉーーはい、チーズっ!」


 新港区某所の撮影スタジオで東郷は山本と写真撮影をしていた。


 その周囲には200名程の報道関係者と思しき者達が待機している。


「それではこれより戦艦大和艦長、東郷准将の記者会見を始めたいと思いますがその前に、質問は事前に質問申請された新聞社のみとし質問内容も申請した事柄のみとします、申請されていない内容の質問や発言は厳禁とし規則を守られない方は退場して頂く事になりますのでご留意をーー」


 海軍広報官が壇上で事前説明をする中、撮影を終えた東郷と山本は横に並んで座っていた。


「東郷准将、表情が硬いよ、毅然とする事と緊張する事は記者達に与える印象が全然違うからね、もっと肩の力を抜いた方が良いかな」 

「分かってはいるのですが、動物園のゾウにでもなった気分です、正直こんな事態は想定外でした……」 

「ははは、国民の英雄となって発言力を得る事は我々の目的には必須だからね、だけど明々後日の事・・・・・・を考えれば新聞記者何て可愛いものじゃ無いかな?」

「ーー! 長官もお人が悪い、それはなるべく考えない様にしていたのです……胃が痛くなって来ましたよ……」


 そう言うと東郷は周囲に分からない程度で有るがゲンナリとした表情になる、それに対し山本は柔らかな笑いで応える。


 東郷と山本の間の確執は完全に無くなった訳では無いが表立って東郷が不快感を露わにする事は無い。


 山本も東郷に謝罪をした訳では無い、巻き添えにした事は申し訳ないと思いつつも国家安寧の為に自分が間違った事をしたとは思っていないからである。


 その気持ちもそして理屈も景光と直に接し彼の造った非常識なふねに乗る東郷には理解は出来た、ただその手段やりかたに全く共感出来無いだけである。


 だが共感出来無いから反発すると言うのであれば依然の宇垣と同じである、『諍うより諫めろ』そう宣ったのは自身である。 


 故に過去の遺恨は胸に秘め、『暁会』と言う組織の同志として接する事に決めたのだ、少なくとも祖国日輪を想い戦争を早期終結したいと言う考えは同じなのだから……。


「それでは我らが英雄、戦艦大和艦長東郷 創四朗海軍准将に登場して頂きましょう!」 


 海軍広報官に壇上に上がる様促された東郷は崩れてもいない首元を正し少し緊張した面持ちで壇上に上がる、3000名の部下の前とは全く違った緊張を感じている東郷であったが、記者と対面したその表情は毅然と落ち着いており、とても緊張している様には見えない。


 その東郷の様子に山本は満足気な笑みを浮かべる。


「日売新聞の小坂と申します! 東郷准将はあの東郷京八郎名誉元帥の御子息との事ですが、今回のご活躍も御父君のーー」


 こうして東郷の記者会見が始まった、とは言えその実情は報道の自由等とは程遠く記者達の質問内容は事前に海軍広報部によって検閲されている。


 その為東郷事前に広報部と打ち合わせた回答を並べるだけで良かったのだ。


 次々と予定通りの質問をして来る記者達に打ち合わせ通りの回答をする東郷、それは日輪帝国が社会主義国家である事を顕著に表していた。


 その事実に東郷は辟易としていたが、これも上位将校の務めと自分を律し自身に課せられた使命を全うする。


 そんな中、麻色のトレンチコートにハンチング帽の男性が手を上げる、年齢は四十代後半であろうか、頬は少しこけていて垂れ目がちだがその眼光は鋭く東郷を見据えている。


「平京新聞の朱堂です、手元の資料によると東郷艦長は友軍艦の盾となるべく米艦隊に単艦突撃し是を殲滅せしめた、と有りますが事実ですか?」


 その質問に東郷は僅かに眉を顰める、記者達と距離が有る為その事に気付いた者はいない、只一人壇上脇に控える山本を除いて。


 山本が大和を沈める為に出した単艦突撃と言う無謀な指令は『襲い来る米艦隊から友軍を守る為の東郷の勇敢な英断』と言う言葉に挿げ替えられていた。


 大和の戦果は国民に宣伝したいが、事実をそのまま伝えれば連合艦隊司令長官の無謀な指令が明るみに出てしまう。


 成らば如何するか、簡単である現場判断・・・・と言う事にすれば良いのだ、言われて仕方なくやったのでは無く自らの意思で判断し行った事にすれば誕生するのは『非道な司令官』では無く『勇敢な英雄』となる。


 つまり完全な情報操作による宣伝工作プロパガンダである。


「……相違無い、彼我の戦力差から艦隊戦でも負けはしなかっただろうが我が方にも甚大な被害が出る恐れが有った為、単艦突撃と言う選択をした、無論大和の性能有ればこその決断だ」 


 東郷は努めて表情を変化させず毅然とした態度と口調でそう言い放った。


 彼が高圧的とも取れる口調で有るのは高級将校が公の場で民間人に敬語や丁寧語を使う事は軍関係者に好まれていない為である。


「成程すばらしい! 然し大和の性能有ればこそ、と言われましたが確か大和はあの戦いが初陣でしたよね? つまり大和が鬼畜米帝の猛攻に堪えられる確証は無かった筈ですが不安は無かったのですか?」


「……艦長とは艦の性能ちからを熟知し信じて行動するものである、故に不安など有ろう筈も無い」


 これは半分は本心、半分は広報部に言わされた言葉であった。


 艦の性能ちからを熟知し信じて行動すると言うくだりは事実東郷の言葉で有るが、それには『熟知し足る』と言う過程プロセスが重要であり、それが不確定な状況で艦を信じる等盲信で有りその状況で敵に単艦突撃するなど愚の骨頂である。


 然し単艦突撃が東郷の英断・・・・・とされている以上、こう言うより他無かったのである。


 その東郷の言葉を聞き朱堂が僅かに口角を上げて顔を歪める、横に居た同僚の記者と思われる女性がそれに気付いたのか朱堂に何やら小声で詰め寄るが朱堂は其れを軽く押し退け口を開く。


「成程成程、つまり実証されてもいないふねの性能を信じ、3000人の命を懸けて単艦突撃した、と? それ、結果的に大和が耐えられたってだけで3000人の若者が無謀な突撃で死んでたかも知れませんよねぇ?」


「ーーっ!?」


 その朱堂の発言を聞き東郷が眉を顰め山本の表情が記者達にも分かる程に強張った。


 広報官が少し慌てて手元の資料を読み始めるが、申請した記者だけでも30社は有る為手間取っていた。


 だが明らかに事前の情報と違う事は明白であり広報官が止めようと口を開こうとするが其れを他でも無い東郷の言葉が遮る。


「……君は素人で有るから分らんだろうが軍艦、特に戦艦とは一定の法則に乗っ取り設計されている物なのだ。 故に渡された資料と演習によって主砲口径と装薬による砲威力、運動性能と速度は実証され確証となる。 そして戦艦は基本的に自艦の主砲に耐えられる様に設計されている、其れを鑑みれば防御力も予測が出来るのだ。 私は其れを理解した上で彼我の戦力を計り単艦突撃を決断した。 それの何処が無謀な突撃なのか、是非君の意見を聞かせてくれたまえ朱堂記者」


 東郷は冷静に冷淡に言い放つ、言葉を荒げている訳でも叫んでいる訳でもない東郷の声は200人が軽く入り切る広いスタジオに隅々まで良く響き、歪んだ笑みを浮かべていた朱堂の表情は屈辱に歪んでいた。


 然し東郷が毅然と言い放った言葉は大嘘である、いや並の戦艦で有れば東郷の言った通りある程度は艦の性能は計れるが大和の異常な性能が普通のやり方で測れよう筈がない。


 そもそも演習では模擬弾を使っているため大和の本当の砲威力を測る事は不可能であり『八刀神工廠』で特別に製造された64㎝砲身は並みの砲身なら過剰装薬と言える装薬量での常時射撃を可能としている、その為実弾威力は未知数で有り学者が計算した予測値は所詮予測でしかなかった。


 その証拠に大和の64㎝砲による対戦艦の廃艦所要弾数(自艦の主砲が何発当たれば相手の艦を廃艦に追い込めるかの想定を表した用語)は9発から16発と予測されていたが、実際は僅か3発程で米最新鋭戦艦を撃沈している。


 故に大和があの状況で生き残れたのも多大な戦果を上げられたのも、その非常識な性能故であり、常識の範疇で大和の性能を予測すれば単艦突撃など愚の骨頂と判断するのが普通である。


 つまり東郷の発言は大和の運用状況を良く知る者が聞けば矛盾している事が明白で有るが、記者とは言え民間人に過ぎない朱堂にその矛盾を指摘出来る知識は無かった。 


 ぐうの音も出なくなった朱堂は屈辱に顔を歪め押し黙り、海軍兵士に施設外に連行されて行った、後で分かった事で有るが彼の息子はミッドラン海戦で戦死しており軍内外からも無謀とされた同作戦を強行した海軍の在り様に強い不満と疑念を以って最初から海軍の威信を傷つけようと画策していたので有った。


 その後は予定通り・・・・の質疑応答が繰り返され、何御問題が起こる事も無く記者会見は終了した。


 ・

 ・


 時刻は既に19時を回り辺りはすっかり暗くなっている。


 東郷と山本は同じ車で都庁に戻っていた。


「これで明日には君の顔写真が一面で全国民に知れ渡るね、今後は色々な意味で忙しくなるよ」

「参りましたな、私は軍人で有り役者や政治家になったつもりは無いのですが……」 


 山本が生暖かく微笑みながら言葉を発すると東郷は苦笑しながら頭の後ろを掻く。


「ははは、古来より英雄と呼ばれる軍人は役者であり政治家だよ、カエサル然りナポレオン然り、ね」

「御冗談を、私はそこ迄の人間では有りませんよ、命じられたままに乗ったふねが非常識に強く部下と運に恵まれた、それだけの人間です、そんな私が英雄などと虚像も良い所です」


 山本の言葉を軽く流し東郷は自嘲気味に口角を上げながらそう言った、無論自分の艦長としての能力に自信と誇りは持ってはいるが、今回の武功は大和の性能と自身が気を失っている間に指揮を執った正宗の功績が大きいのも事実である。


 そして日輪海海戦の英雄にして父である東郷京八郎の再来として祭り挙げられている側面が有る事も理解していた。


「ふふ、それでこそだよ、その結果を自分の能力ちからと慢心する人間では困る、驕る事無く自身を律し冷静に物事を判断出来る、それは君の才能で有り英雄たるに相応しい素養だ、成ればこそ分かるだろう、是からの我々にはその様な英雄が必要なのだよ、それが仮に虚像であったとしても、ね」

「……理解はしております、納得は……時間が掛かりそうですが……」

 

 そう言うと二人は互いに笑いあった、無論確執が消え去った訳では無いが東郷の中で山本への敵意は確実に小さくなっていくのが自分でも分かっていた。


 そして山本もまた大和が景光の宣った通りの艦で良かったと考える様になっていた、若し自分の考えている程度の艦であれば、斯様に有望な者達を殺してしまっていたのだ。


 祖国の為に景光を排除する事が必須であると言う考えは変えていないが、あの時の自分の判断が間違っていたかも知れないと思う程には東郷と言う人物に好感を持ち始めていた。


 だが互いにそれを口に出す気は無かった、その後も山本と東郷は他愛のない会話を弾ませながら帰路に就くのであった。




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