第4話:ひめゆり出陣

 ミッドラン海戦の大敗から暫くして、大日輪帝国政府は戦力の補充の為、学歴の有る18歳以上の女性を徴用する『ひめゆり出陣』の実施を発表した。


 日輪帝国では男尊女卑の風潮はやや有るものの、女性の社会進出がそれなりに進んでいる、その為巨大に膨れ上がった軍事施設や新造艦の要員の不足を補う為、苦肉の策として実施されたのである。


 当然兵学校でも対策は取られ、在学期間の短縮が図られていた 1942年7月31日 九嶺近海の離島『江畑島えはたじま』に在る海軍兵学校でも在校期間を半年以上も繰り上げ、略式の卒業式が執り行われていた。


 校庭に集められた18歳から21歳までの若者が海軍士官の礼服を着て整然と並んでいる。


 年齢に違いが有るのは海軍兵学校の受験年齢が16~19歳だからである。


 大日輪帝国の教育課程は6~11歳までが初等学校に置いて6年間の義務教育、12~15歳までが中等学校に置いての4年間の高等教育、そして16~18歳までが高等専門学校に置いて3年間の専門教育、兵学校での年齢の違いは中等学校卒か高等学校卒かの違いで有るとも言えるが、中等学校卒の者が他職を経て受験したり、高等学校の受験に失敗したり退学したり等して兵学校を受ける場合もある為、この限りとは言えない。


 また、初等学校と中等学校は一部の私立を除き基本的に共学であり、中等学校に置いて現代日本の高校の教育課程までを行っている。


 高等専門学校は現代日本の大学の修士課程を教えるモノから専門学校の教育課程を教えるモノまでを含み、その内容は多岐に渡る、その特性から男女別である学校が多い。


 夏の炎天下の中、校長の長々とした訓示が終わり、帽子から湯気を出しながら整然と敬礼をする若者達、どうやら灼熱地獄の卒業式が終わった様である……。


 解散の後、卒業生達は幾つかのグループに分かれて兵学校の礼服に軍刀を帯びた青年達が卒業証書を片手に各々色々な事を語り合っている、その中でも女子が居ればざわめき立つであろう見目の整った4人組が居る。


「ふぅ、やれやれ、やっと終わったかぁ、校長の奴いつも長話じゃけぇ焼け死ぬかと思うたわ、ホンマええ加減にせぇよ! のぉ? 八刀神?」

 この軽い感じの青年は『戸高とだか 竜成たつなり』、女好きで自由奔放なこの時代に在って現代日本の男子高校生の様な18歳の青年である。


「声が大きいぞ戸高、それと方言禁止令・・・・・忘れてないか? 教官に見つかったらまた懲罰だぞ? お前の場合卒業取り消しになるんじゃ無いのか?」

 対照的に真面目でこの時代に相応しい風貌の青年は『八刀神やとがみ 正宗まさむね』、何を隠そう、あの・・東洋の天才オリエンタル・ジーニス不仲・・の弟である、その腰に帯びている刀は良く見ると軍刀では無く日輪刀の様であった。


「そうだよ、僕だって平京言葉出ない様に気を付けてるのに……」

 少し大人し目の女性的な顔立ちの美少年は『柴村しばむら誠士郎せいしろう』、日輪最大の財閥にして名家である『柴村家』の御曹司である。 


「はははっ! 卒業取り消しなんぞあるかいや、煌華事変から順調・・に在学期間が削られて今や2年と4ヶ月に減っとんぞ? それって現職と予備士官(軍籍を有する民間人)だけじゃ全然足んけぇじゃろ? ほんなら、言葉使いくらいで卒業取り消しなんぞ有る筈無かろうが?」

 頭の後ろで手を組みカラカラと笑う戸高に八刀神は諦めた様に溜息を付く。


「そうかも知れませんが、八刀神君と戸高君って『鉄兜』で建造されてる最新鋭艦に配置が決まっているのですよね? 問題を起こした士官候補だとそんな良い艦からは外されるんじゃないでしょうか?」 

 丁寧な口調の背の高い優男は『斑目まだらめ 貴一きいち』、その丁寧で優しげな風貌とは裏腹に戸高を見据えるその表情はとても意地悪そうである。


 因みに鉄兜・・とは、言わずもがな大和の建造されているドックの事である、山から半分だけ見えるドーム状のドックが『埋まった鉄兜ヘルメット』に見える事から付けられた俗称である。


「は、ははは、何言ってるんだよ・・・・・・・・、俺みたいに優秀な航海士官(候補)を新鋭艦から外す何て事、有る筈……無いだろ? はは……ははははは!」

「そう言う割には標準語になってるけどな……」

「まぁ、それが戸高だし、別に良いけどね……」

「戸高君はそう言う人です……」

 戸高の乾いた笑いをしり目に呆れ顔で溜息を付く八刀神と柴村、すました表情のまま肩を竦める斑目、そして4人は2年4ヶ月を過ごした兵学校の門をくぐる。 


「それじゃあ、僕達はこっちだから……」

「ああ、柴村は羽世保うせぼで斑目は浜須賀はますかだから、こっから飛行機か、落っこちない様に気を付けろよ?」

「おい、縁起でもない事言うな……」

 にひひっと笑う戸高を軽く小突く八刀神、それに苦笑する柴村と斑目、やがて4人は真顔になり互いに敬礼する。


「 「 「 「皆の武運長久を祈る!!」 」 」 」

 これは海軍兵学校伝統の別れの言葉である、この言葉の後、4人は不敵に微笑むと機敏な動作で敬礼を解き、互いの進むべき方向へ颯爽と歩き出す。


 その後八刀神と戸高は海軍の連絡船に乗り20分程で九嶺港の中央桟橋へと降り立つ。


 軍港である九嶺は元々民間船の行き来の少ない港であるが、今はそれに輪をかけて厳戒態勢が敷かれており、民間のフェリーから下船した民間人達が軍人から厳しい検問と市内での注意事項の説明を受けていた。


 八刀神達は兵学校の礼服を着て軍の連絡船で寄港した為、氏名と学科を告げる事で問題無く市内に入る事が出来た。


「うっし、お前はこっからあっち行った方が近いだろ? 俺はこっから列車で平島だから一旦ここでお別れだな、次に会うのは……8月6日が艦の竣工式だから、その前日の8月5日だっけか?」

「ああ、そうだな、集合時間は08まるはち30さんまるだからな? 遅れたり、間違っても忘れたりするなよ?」

「お前、どれだけ俺を迂闊な奴だとおも…………あぁ、まぁ気を付ける……」

 八刀神の言葉に異を唱えようとした戸高だったが、途中で思い当たる事でも有ったのか歯切れが悪くなり目線を逸らす、八刀神は呆れ顔で苦笑している。


「ま、それは兎も角! 去年の盆も今年の正月も教練で帰れんかったし、ようやく家族に会えるんだ、お前も早く嫁さん・・・に顔を見せてやれ? んじゃなっ!!」

 戸高はお返しとばかりにニヒヒッと笑い、表情を崩す八刀神をしり目に颯爽と走り去っていく。


まだ・・、只の幼馴染だ……」

 誰に言うでもなくそう呟く八刀神の顔は少し赤くなっており、照れ隠しに頭の後ろをかく仕草をした後、軽い溜め息を付き、目的地に向かって颯爽と歩き出す。


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 八刀神は九嶺市街を抜け街外れの坂道を歩いている、途中で長い階段が伸びている『九嶺亀山神社』を通り過ぎしばらく歩くと、道の先に少し大きな建物が見えて来る、そしてその建物の入り口付近に袴姿の女性らしき姿を捉えた、最初そわそわきょろきょろしていたが八刀神に気付いたのかハタッと動きを止める。


「前方100メートル! 敵艦見ユ!! 156㎝真雪魚雷発射ぁーーーーーーー!!」

 女性、いや少女は人差し指で100メートル先の八刀神を指し、そう叫ぶが早いか凄まじい速度で八刀神に迫って来る。

 

「んなっ!? 真ゆ……ちょぉ待て……うぉっ!!」

少女は瞬く間に八刀神の眼前まで迫り2手前でジャンプすると腕を回し抱きつくが勢い余って遠心力で回りかける、その負荷にも八刀神の体幹は全くぶれず少女の腰に腕を回し身体を支える。


真雪まゆき、お前なんしよんならっ何してるんだ! 危なかろうがっ危ないだろ! 後敵艦に156㎝真雪魚雷ってなんな何だ? 」

「ふーんだっ! 盆も正月も帰って来ん薄情な敵艦正宗を撃沈してやったんじゃ! ……ほしたらもう、何処にも逃げれんじゃろ……?」

 言葉の後半を涙声に変えた少女は腕の力を強める、しかしめくれた着物の袖から見える細腕には大した腕力が有る様には見えない。


 少女の名は『草薙くさなぎ 真雪まゆき』と言い、八刀神 正宗の一つ年下の幼馴染である、八刀神は九嶺の初等学校に入学する為に父、長光の古くからの友人である草薙家に預けられた、それから兵学校の寄宿舎に入る中等学校卒業までを草薙家で過ごして来たのである。


「薄情って、御国の為なんじゃ、仕方無かろうが……」

「御国とウチとどっちが大事なん!?」

 真雪は少し身体を離し、涙目の上目使いで八刀神を見つめる。


「そんなん、お前に決まっとろうが、俺が御国の為に尽くすんは、お前を守る為何じゃけぇの?」

 八刀神は躊躇う事も臆する事も無く真雪の両肩を掴み真剣な眼差しを向ける。


「ふぇ!? あぅ……はぅ……その……あ、ありがとう……ごめんね正宗、ウチめんどくさい事言うてしもうたね? 軍人さんにそんな事言わせる何て、そんなんじゃ軍人の妻失格じゃね……」

「!?」

「……」

「…………」

「………………」

「………………!?」

「はぅ!? ち、違うんよ? 今のは妄想と混同……いやそうじゃのぉてね? あのね? そういう意味じゃのぉてね? いやそういう意味じゃ無くもな……あぅあぅ……」

「あのねぇお二人さん? 天下の往来で愛し合うんは余所様の目が有るんで止めて貰って良えかいね? 続きはうちに入って自分等の部屋の中でやりんさいや?」

 良く通る女性の声にハッと我に返った八刀神と真雪が辺りを見回すとご近所の人達がニヨニヨしながら八刀神達を見守っていた。


「あらあらまぁまぁ」

「正宗君と真雪ちゃんも、もうそう言うお年頃なんじゃねぇ」

「少し前はこんなじゃったのにのぉ?」

「これじゃったら直ぐにでも可愛い赤ちゃんが見れるかねぇ?」

「真雪ちゃんなら良妻賢母間違い無しじゃけぇ正宗君は果報者じゃねぇ」

 周囲の生暖かい視線と囁き声に居た堪れなくなった八刀神達はそそくさとその場を立ち去り先程の女性の元へと向かって行った。


「お帰り正宗」

「ただいま、深雪姉みゆねぇ、師匠は?」

「道場にるよ、真雪程じゃ無いけど首を長くして待っとるからはよぉ挨拶してんさい」

 そう言って袴姿の20歳位の女性、『草薙くさなぎ 深雪みゆき』は自分の後ろに建つ大きな木造平屋を左手の親指で指し右手には木刀が握られている、入り口の扉の横には大きな看板が掛かっていて、その看板には『蒼派絶影流そうはぜつえいりゅう』と書かれている、そうである、草薙家は剣術道場であり、道場の横に木造二階建ての住居が建てられている。


「真雪は首を長くし過ぎてキリンかろくろ首になるんじゃ無いかと心配しとったんよ?」

「もう! お姉ちゃん! そんな事言う人にはもう、ご飯作ってあげません!!」

 そう言ってプイと姉にそっぽを向き、正宗にはにこやかに手を振ると住居の方へと歩いて行った、深雪は正宗と視線が合うとバツが悪そうに苦笑し、正宗も釣られて苦笑いする。


 道場の入り口に入った正宗まず一礼し、道場に足を踏み入れると上座に坐している袴姿の40代後半の男性の前に機敏な動作で移動する。

 そして両膝を付き刀を床に置くと頭を下げる。


「御無沙汰しております師匠、八刀神 正宗、只今戻りました!」

 師匠と呼ばれた男性は正宗の一挙一動を見定める様に見据える。


「……うん、鍛練は怠っていない様だね、無事で何より、おかえり正宗君」

 そう言って表情を和らげにこやかに微笑むこの男性は、この道場の主にして真雪と深雪の父『草薙くさなぎ 康彦やすひこ』である。 


「挨拶は終わったん? ほんならちょっと勝負してみん? 二年近くも道場を離れてたら腕が鈍っとるかも知れんしね?」

そう言って深雪は木刀を正宗に投げつける、正宗は事も無げにそれを受け取り康彦を見る。


「父さ……師匠、ええよね?」

「正宗君は5日後には出征なんぞ? お前だって……」

そう言いかけて康彦は口をつぐむ、その様子に正宗は疑問に思ったがそれを口にする前に深雪が視界に割って入り構えを取る、姿勢を低くし顔の横から刀を水平に突き出す『霞の構え』であった。


「深雪……っ!」

「弟弟子の腕が鈍って無いか確かめるだけやって、いくよ!」

 康彦の叱責も意に介さず深雪の鋭い眼光が正宗に向けられると、正宗も反射的に同じ構えを取る。


「全く、師範はワシなんじゃぞ? お互いに怪我はするなよ? 初めっ!」

 康彦は仕方なく号令を出す、刹那、深雪の鋭く深い片手突きが正宗の喉元に向かって放たれる、正宗は寸での所でそれをいなす・・・と瞬時に逆袈裟切りを放つ、深雪は身体を仰け反らせると同時によじりつつ回転させ避けると追撃の袈裟切りを木刀で受け止める、数秒の鍔迫り合いの後、二人は弾かれる様に飛び退き距離を取る、すると深雪の眼に妖しい光沢が宿り、霞構えの変形の様な、左手を刀の峰に添える『絶影流牙龍の構え』を取る、それに危機感を覚えた正宗も低い姿勢からの居合術の様な『絶影流刃馳はばしりの構え』を取ると一気に殺気が道場を巡る。


「それまでっ!!」

 その言葉に二人はハッと我に返る。


「お前達今、『秘伝の太刀』を使おうとしたな?」

「申し訳御座いません、師匠……」

「ごめんなさい、正宗と戦る・・の久々だったから、つい?」

 そう言って舌を出し小首を傾げる深雪に康彦は頭を抱える。


「深雪、お前はもう少し血の気を抜け……でなければ、死ぬぞ?」

 康彦が鋭い眼光を深雪に向けると、深雪は真顔に戻りバツが悪そうに視線を逸らす、気まずく張り付いた空気が道場内を覆う。


「ねぇねぇ、今日は正宗の大好物の肉じゃが作るんじゃけど目玉焼きは半熟が良え? それとも固焼き? ん? どうしたん?」

 ひょっこりと現れた真雪に3人が呆然としていると、真雪はキョトンとした後小首を傾げる、道場内の空気がほんわかと弛緩すると、深雪がケラケラと笑い出し、康彦と正宗も釣られて笑う、 


「もぉ! なんなん? なんでも良えけぇ半熟か固焼きか早よ決めてぇや!」

 訳が分からず笑われた真雪、おたま片手にオコである。


 ・

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 結局目玉きは半熟と決まり食卓に半熟目玉焼き入りの肉じゃがに冷奴、みそ汁と白米が並び、家族4人の夕食が始まった、深雪と真雪の母親は8年前に亡くなっており、それ以降は真雪が家事全般を担っている、他の3人は主に繊細さの必要ない薪割り等の力仕事を担っているのである。


「……で、天下の往来のど真ん中で、『俺は御国よりもお前が大事だ! 世界を敵に回してもお前を守る!』って叫んだわけよ、もう歌劇役者も真っ青の熱演じゃったわぁ!」

「いや……変な脚色は止めてくれ深雪姉……」

 食事の最中、昼のあの出来事・・・・・を脚色して面白おかしく話す深雪、正宗は頭を抱え、真雪は赤面して俯いてしまっている。


「ほーかほーか! ほんなら初孫の顔を見れるんは近いかも知れんのぉ? のぉ正宗君、今夜真雪を二階(正宗の部屋)に行かせようか? なーに多少の声なら聞こえん振りするけぇ思いっきりやってええぞぉ?」

「ちょっ!? 師匠、酔い過ぎですっ! 深雪姉も笑っとらんで止めてくれ……」

 狼狽する正宗、真っ赤になって両手で顔を隠す真雪、ケラケラと笑い転げる深雪、草薙家の食卓は戦時下とは思えない穏やかな雰囲気に包まれていた。


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 夕食が終わり、真雪は後片付けを初め、深雪は道場に素振りに向かった、正宗は飲み過ぎた康彦を縁側に連れて行き涼ませている。


「本当に大丈夫ですか、師匠?」

「ああ、大丈夫大丈夫、真雪と深雪の嬉しそうな顔を見たらつい酒が進んでしもうたわ……深雪も6月から居らんかったし、正宗君が帰って来れんくて、真雪の奴分かり易く落ち込んどったからのぉ……」

「……すみません、手紙は出しとったんで大丈夫だと思っとりました……」

「ああ、御国の命令じゃけぇ、正宗君が気にせんでもええよ……」

 康彦は懐から煙草を取り出しマッチで火を点け吹かすと暫く落日の太陽を見据え、不意にぽつりと呟く。


「……正宗君、さっきのあれの、冗談じゃ無いんぞ?」

「さっきのって……えっ!? いやいやいやっ! 俺はまだ17ですし、真雪も16ですよっ!?」

「正宗君は後6日で18じゃろ? 真雪だって16なら十分母親に成れるし結婚も出来る歳じゃ……」

「し、師匠……まだ酔っぱらって……」

「……深雪には6月に赤紙が来とるんよ……」

「っ!?」

「あいつは、陸軍中野学校付属の女子商業学校の卒業生じゃけぇの、6月の中旬に政府発表された『ひめゆり出陣』の第一陣ちゅうわけじゃ……6月から訓練に招集されて一昨日一時帰宅が許されたんよ……」

「そ、そんな深雪姉が……け、けどっ! 商業学校なら経理課とか、前線に送られる訳じゃ無いんですよね?」

「……分からん、普通の商業学校ならそうじゃろうが、あの・・陸軍中野学校付属じゃけぇの……」

 陸軍中野学校とは諜報や防諜等に特化した学校の名を借りた諜報機関である、その付属と言う事は商業学校とは名ばかり、正確には商業に通じた、若しくは其れに偽装した諜報活動を主軸に置いていると言える。


 そんな学校に入った理由を深雪本人は帝都新皇京での学校生活を楽しみたいと言うかなり浮かれた理由を語ったが、実際には学費が掛からず、学業に支障のない範囲での就業も認められていた為、家族の為に選んだ道で有る事は真雪も康彦も、そして正宗も理解していた。


「深雪は、もう如何にもならん、安全な所に配置されるか、生き残ってくれる事を祈るしか出来ん……」

「何で教えてくれんかったんですかっ!」

「……深雪本人に口止めされとったんよ、余計な心配を掛けたくない言うての……」

「……」

「正宗君の艦にもの、恐らく配属される筈やぞ、女子高専は短期が多いけぇの、正宗君と同い年くらいの子ぉも来ると思う……」

「……」

「……ひめゆりの条件は年内18歳以上で中等学校卒業程度の学力を備え取る事、まぁ農村地帯の子ぉとか字の読み書き出来ん子も多いけぇの、女子でそれじゃと流石に兵隊として使えんと言う事じゃろう……要するに我が子の将来の為と学業に努めさせた事が赤紙の来る原因になっとるんよ……ふざけんなやっ! ワシは娘を軍隊に取られる為に勉強させとった訳じゃ無いんじゃっ!!」

「師匠……」

「……すまん、軍人さんの前で言う事じゃ無かったの、けどの、3歳以下の幼児の母は兵役を免ずると有るんよ……」

「師匠、それじゃあ……!?」

「……ほんま、非国民じゃのワシは……父親としても、国民としても最低じゃ、それは分かっとる、それでもの、ワシは、真雪だけは兵隊に取られとぉ無いんよ、深雪はもう間に合わん、あんなやけぇ相手もおらんけぇ如何にも出来ん、けど真雪は、まだ時間がある、相手もおる……っ!」

 そう言って康彦は火の付いたままのタバコを握り締め、縋る様な表情で正宗を見る……。


「……師匠、俺は確かに真雪を好いとります……」

「ほんならっ!!」

「けどっ! いや、だからこそ、こんな後ろめたい気持ちでアイツとの関係を深めた無いんですっ!!」

「っ!? ……ほうか……まぁ、ほうじゃろうの……うん、そりゃそうじゃの……」

「師匠……」

「……ワシがこんな足じゃ無かったら、代わってやれたんかの……ほんま、非国民じゃのワシは……」

 そう言って甚平の足の裾から見える金属の固定金具を恨めしそうに見つめる康彦、8年前の事故で妻と共に足の自由も失っていたのである。


「そんな事は有りません、師匠は海軍剣術指南として十分に御国に奉仕しました! そんな弱気な事言わんで下さい!」

「……剣術指南か、あの頃は良かった、幼い深雪や真雪に、正宗君、そして紗雪が居ったのぉ……」

 康彦は伏せ目がちに亡き妻の姿に想いを馳せる、物心付く前に母を失っている正宗にとっても紗雪は母に等しい女性であった。


「いや、すまんかったの正宗君、けどの? 今の話関係無く我慢出来んなったら孕ましてもワシは怒らんけんの?」

「んなっ!? し、師匠っ!?」

 狼狽える正宗を見ながらニヨニヨと笑い立ち上がる康彦、釣られて正宗も立ち上がるが、ふと見た康彦は真剣な表情になっていたので正宗も表情を正す。


「……真雪あれはホンマに正宗君を好いとる、じゃけぇ正宗君がその気ならホンマにワシは何も言わん、けどの、真雪を置いて逝く事だけは許さんぞ? まぁ、時間は少しじゃけどまだ有る、よぉ考えて見てくれ……」

 そう言って右足を少し庇いながら部屋へと向かう康彦に正宗は無言でお辞儀をする。


「(……ひめゆり出陣で深雪姉が徴兵される? 若しかしたら真雪も? ……そんなん絶対ダメじゃ! 終わらせる、真雪が徴兵なんぞされる前に、俺が戦争終わらせちゃる終わらせてやる!!)」

 沈み行く太陽を睨み、正宗はそう心に誓うのであった。

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