31.「孫子」第十三章・用間篇/1

 長きに渡って綴ってきた「孫子」もこの「用間篇」で終わりです。

 どうぞ最後までお付き合い下さい。


 戦争には必ず一つの共通点があります。

 それは「人」が常に関わるということです。

 君主(文官)や将軍の意思というだけでなく、また兵士の消費というだけでなく、それは国家財政を支える国民にも大きく負担がのしかかります。

 たとえそのきっかけが何であれ、戦争を呼応し、充分な人を徴兵し、それに見合う武器や補給品を揃え、訓練を施し、実際に動かすとなったら、それだけで物凄いお金がかかります。

 ましてやそのまま遠征して何年も帰って来ない、となったら大変です。

 駐屯するだけで戦費がバカバカと湯水のように費消され、交通も商売も大混乱に陥り、徴兵された者の家族は心配で農作業どころではないでしょう。

 国の金庫をからっぽにして、何年も対峙して、それでやるのは結局一日で終わるような、人と人のぶつかり合い。それに見合うメリットがあればいいのですが、デメリットの方が多ければ、そんな戦争や進軍などは行わない方がマシというものです。


 兵士や将軍がよく戦うのは、そこに(長年家を留守にしても見合うような)莫大な報償と名誉が待っているからです。ゆえにこそ彼らは戦える。仮に地位や報奨金をけちって、それで何の見返りもないのであれば、それは「人の道からはずれている」とののしられても仕方はないでしょう。

 あくまでも君主(文官)や将軍は国を安泰にし、おのれの仕える者の役に立ち、また勝つために充分な方策を練るために存在しています。


 勝利を左右するのは、結局は情報です。

 その情報は、当たり前ですが常に「人」によってもたらされます。

 敵国の情勢はどうか、戦争してもメリットの方が大きいか、あるいは戦う意義はあるか――それらを「人」が分析し、「人」が解析し、「人」が検討し、「人」が決断する、といったプロセスがあってこそ、国は戦えるのです。


 占いや神々の神託といったオカルトに頼るのは愚の骨頂です。

 また過去の名誉にすがって戦うのも良いとは言えません。

 自然に(自分たちが何もしなくても)勝手にことが進んで都合の良いように終わるなんてこともありません。

 常に「人」、こと「自分」や、自分たちの手足となる諜報員――いわゆる「スパイ」ですが――を駆使して正しい情報を手に入れることこそ、上に立つ者の義務と断言することができましょう。


※原文では「間」であり、それを用いるから『用間』篇になります。スパイのことを言う「間者」と称するのはここから来ています。「相手の隙間に入り込んで情報だけ抜いて帰ってくる者、の意味でしょうか。

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