26.「孫子」第十一章・九地編/2

 基本的に相手の国に侵入したらまずやることは、一気に深いところまで進んで、補給地など、ここを奪われたら相手は混乱するであろうという場所を狙って討ち、相手の糧食を奪うことです。そうすればこちらも深く入り込んでも飢えずに済みますし、相手は補給を失って混乱します。

 その上で、あまり軍を極端に動かさずに、兵士の鋭気を養うことにつとめ、士気を維持し戦力を高める。仮に動くとしたらそれは虚実ないまぜになった正道奇策を用いた形であるべきです。

 相手には読めない幻惑した形を取り、その上で「戦わざるを得ない地」に味方を追いやる。そうすれば自軍は裏切ることも逃げることもままならず、正面の敵にその武器を振るうしかありません。そこまで整えた上で軍を動かせば、必然的に戦いというのは勝てるようにできているのです。そういうものなのです。


 「味方を戦わざるを得ない状況に落とす」というのは、冷たいようですが、大切なことです。なぜなら、そうすることで現場の目的や目標が同じものに収斂していくからです。

 味方を「しょうがない」というシチュエーションに追い込めば。

 危険な状況に陥っても慌てない。

 行き場がなくなっても踏ん張る気持ちになる。

 戦場に深く入り込みすぎても団結してことにあたる。

 戦わなければならない時に戦う――のような効果が望めます。

 このように、「戦わざるを得ない状況」に陥らせれば現場はよく戦う、というのは戦争の定石です。


 そうなれば、たとえ命令がなくても団結しますし、「懸命に戦え」と指示しなくても力戦します。団結せよと厳命しなくてもおのずから力を併せられる隊を組むでしょうし、いずれにせよ、こちらがわざわざ出張らなくても最適な選択をし続けることでしょう。

 その上で、いい加減な風説や怪しげな思考を封じていれば、彼らはただただ目の前にある現実を見て、生き残るために決死の覚悟で戦うことになるでしょう。


 戦いの前に、手持ちの余分な物資を破却し、決死の覚悟を迫ることがあります。

 それは何も、物資など不要、生命など軽くても良い、というのではありません。

 ひとえに退路を断って戦いに專心するためです。

 もちろんその時に悲憤慷慨して涙でびしゃびしゃになる者も多いでしょう。

 ですが、それも一時の気分。

 いざ戦いという時になれば、専諸※や曹沫※のような歴史に名の残る勇者になることも、決して不可能ではないのです。


※専諸(せんしょ:呉の政治家、まだ公子だったのちの呉王闔閭のために前王を刺殺した)


※曹沫(そうばつ:魯の将軍、斉の桓公にあいくちを突きつけて、おもねりで遂邑の地を献上しようとした荘公に寸前で思いとどまらせたエピソードで知られる、なおあいくちはその場で棄てて、場合によっては斬り殺される覚悟だったとも言う)

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