24.「孫子」第十章・地形篇/3

 そもそも地形というのは、戦いの形を決める重要なファクターです。

 敵軍の様子を充分に把握して、「負けない軍」や「勝利できる要素」を揃える。

 その上で地形を考慮して、この地形はあのケースであるから、こう戦え、とはっきりと判断して、多少のずれがあろうとも(ずれが大きい時は別ですが)その戦いを貫かせる。地形の状態、陣の遠近、あるいは戦力のポテンシャル。そうしたものを総合的に把握して、その原則に見合った戦い方をさせる。

 それこそが将軍のまず行うべき仕事である、と言えます。

 この「将軍の仕事」をよく理解して、その把握すべきところを理解する者は、勝算があります。逆におごりたかぶっておろそかにすると、勝てる軍でも勝てなくなります。


 これと決めたら、現場の判断が総てである。この考え方は大事です。

 それは君主(文官)といえども横やりを入れられるようなものではありません。

 現場の将軍がちゃんと基本とルールを知悉していて、外側から見ると不利な戦いのように思えるが、将軍は戦った方がいいと判断しているのなら、戦うべきです。

 所詮、現場にいない者の言うことなどは他人事なのです。

 ですからそのような命令が戦場外から届いても、現場の将軍は無視して戦って構いません。

 逆に将軍が「これは勝ち目がない」と判断した戦いは、君主(文官)がどう文句言おうと徹底的に戦いを避けておくのが正解です。


 とは言うものの。

 やはり国と戦場の連携も大事です。

 そして「ほどほどに(勝てる戦を)戦い、ほどほどに(勝てない戦から)逃げる」ことを、名誉を失うことも罰を受けることもいとわずに、選択と原則を間違えない将軍。

 あくまで「成功」よりも、国力の維持と人民の安寧を守ろうとする人物。

 その上で君主(文官)の定めた目標に向かって邁進できるようなバランス感覚にあふれた者。

 これこそが理想的な「将軍」です。

 そうした者は大切にしましょう。「国の宝」なのですから。

 何かあれば(同僚や何もしらない民衆からの横やりが入れば)君主(文官)自ら彼を守ることができるのが、最上です。


◇◇◇


 将軍が現場を大切にできる状態というのは大切です。

 赤子を守る大人のように、何かあれば将軍自ら切り込んでいくことも、苦労をすることもいとわない。そのような人物にこそ、兵士はついていきます。

 また、子供と寄り添う親のように、現場と苦楽をともにし、将軍は楽を求めず、現場はわがままを言わない。このような人物であればこそ、兵士はその生命を捧げることができるのです。


 もちろん、兵士に甘く、ただ優しいだけであれ、と言いたいのではありません。

 そのようなことをすれば、下は上を侮って、綱紀やルールなどは有名無実のものになってしまうでしょう。

 甘々な状態は、ガマンのできない子供を育てているようなもの、ものの役に立ちません。

 そのような子供を育てることなく、きっちり教え、きっちり律し、きっちり罰して、きっちり名誉を、上下の分け隔てなく与える。そこに一切の区別をつけない。そこに、「強い軍」を作るコツがあるのです。


◇◇◇


 ただ、「強い軍を持てば勝てる」、とは必ずしも断言できないのが、戦争の難しいところです。


 もちろんありとあらゆる手を尽くして軍を乱れぬよう、律するように作り上げても、相手の態勢によっては攻撃してはいけないシチュエーションがあることを知らなければ、勝利するのは難しいでしょう。同じように、こちらが充分態勢を整えないうちに戦ってしまえば、相手に隙があろうとも勝つことはままなりません。


 ではこちらに準備ができていて、相手に隙ができていれば勝てるか――と言えば、ここで地形の問題が絡むのです。袋小路や高所への攻撃など、地形によっては「たとえ戦力差があっても戦ってはいけない(戦って「最終的な」勝利を得ることは難しいでしょうが、少なからぬ損耗が出て、「完全に勝った」とは言い難い状態になる)シチュエーションがあるのです。


 以前に「敵を知り、己を知れば、百戦あやうからず」と述べましたが、ここの項目で改めて「地形に対する知識も大事」と加えさせていただきましょう。タイミング、人の質、軍の質、そして地形による戦い方、ありとあらゆるものを究めたならば、出れば勝つ、勝たなくても絶対に負けない、連戦連勝無敗の無敵軍を作ることも不可能ではないでしょう。

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