現代エッセイ風翻訳で読む「孫子」

富士敬司郎

1.「孫子」に関して

 「孫子」は世界的に有名な、戦略と戦術に関する古典です。

 「己を知り相手を知れば、百戦あやうからず」「風林火山」など、孫子に由来する用語やフレーズなどが結構出ていたりしますので、孫子の考える戦争とその対処法を考えるのであれば、読んでおくことに越したことはありません。

 「東の孫子、西のクラウゼヴィッツ」みたいな言われ方をされることもあります。

 かのナポレオンも孫子の戦術をずいぶん参考にした、なんていう話があるようです。


 ただいかんせん、内容は古い。そりゃ2500年前の記述なのでしょうがないのであります。それを抜きにしても、「戦争は無茶苦茶カネがかかる、だから戦う前に屈服させるのが最良である」みたいに、現代の戦術戦略に繋がる発想は多いです。


 ただ、他の古典に較べて「全体が短め」なので、(中国)古典シリーズの入口として読むのは適しています。

 あと、原文(読み下し文)からして有名なフレーズが多いですし、何よりも「孫子を読んだ」となればいっぱしの「古典通」を名乗れたりします。


 孫子の作者は二人いると言われます。


 一人は紀元前5世紀の「呉」の軍略家「孫武(そんぶ)」。

 大半の文章はこの人が考えたのでは、と言われております。

 もう一人は紀元前4世紀の「斉」の軍略家「孫臏(そんぴん)」。


 孫武は春秋戦国時代の紀元前5世紀頃、呉王の闔閭(こうりょ、こうろ)に仕えた人だとは言われます。呉は三国志でも有名ですが、当時は現在の上海付近に領地を持つ小国でありました。


 隣国の越王勾践(こうせん)と呉王は親子二代に渡って戦い抜き、勾践は一度は呉に殲滅されかけ、何とか召し使いとして残る道を選び、越に戻っては「臥薪嘗胆」で「会稽の恥」を忘れることなく、のちに呉を滅ぼします。


 その闔閭に仕えて一度は越を滅ぼす寸前功績を立てたのが孫武だとされています(孫武には、後宮の女たちを動員して行軍させるエピソードなどがありますが、ここでは省略)。

 一時期は孫武の他の記録が残っていなかったために「架空の人物」扱いされましたが、近年(1972年)に孫武兵法を記した原文竹簡が発見されて、ようやく実在の人物だと分かりました。

 ちなみにあの孫堅・孫権は「自分たちは孫子の子孫(回文?)」だと名乗ってたそうですね。同じ呉ですし、あながちデタラメでもないかも知れません。


 孫臏は中国戦国時代の紀元前4世紀頃、斉の威王に仕えた……というよりかは威王の忠臣である田忌の客分として功績を残した人物です。斉は今の山東半島付近です。

 ライバルの龐涓(ほうけん)と何かにつけて争い、とある樹に「龐涓この樹のもとで死なん」と書き付けて、それを覗きにいった龐涓本人をおびき寄せて殺すことに成功したことなどが知られています。


 どちらの「孫子」も兵法書を残し、戦争上手であったことから、長年「本物の孫子はどっちだ」という論争があったようですが、孫武の残した原案(と言っても必要だったのは註釈ぐらい)が散逸しかけたのを孫臏が改めて読みやすい形に戻した、というのが現在の一般的な見解です。


 ちなみに現代に伝わる孫子の本文には「魏武注」、つまり魏の武帝の注が入っていると言われます。通称して「魏武注孫子」と言うこともあります。


 ちなみにこの「魏の武帝」とは、三国志の主役のひとり、曹操その人です。

 この人物は大の孫子好きであって、戦術をかなりこの書に頼り、さらに数百年前の古い書ということで「自分が注訳しる!」と自ら筆を振るってあちこち修正したと言われます。

 何せ元の書が竹簡(木々を縦に割いて縦書きしやすくしたものを紐で結んもの)と言われますので、常に註なり複写なりしておかないと、劣化して散逸しやすいのですね。


 日本に古典として伝わる作は、ほぼ総て「魏武注孫子」、つまり曹操の注訳が入った孫子であると言われています。曹操さんは筆まめなのでこういうところが「武帝だけど文の人でもある」と言われるゆえんなのですよね。


 ともあれ、曹操による注訳の入った孫子の世界、まずは超訳からじっくり読み解いていくといたしましょう――。


 ちなみに原文と読み下し文、おおよその内容を知る上で下記の本を参考にしました。


・「孫子」(金谷治・訳注)(岩波文庫)

・「孫子の兵法」(守屋洋・著)(産業能率大学出版部)

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