第13話 十七歳・君とパーティーに

 そして私は、国立魔術学院の最上級生になった。

 十七歳の夏。

 魔術学院での学びを終え、来年私たち生徒は皆、魔術師として社会に羽ばたかねばならない。私たち魔術師の卵たちは、最後の夏を就職活動に明け暮れた。


「よし、化粧もローブもバッチリだし。行ってくるか!!」


 大きな鞄を肩にかけ、部屋を出る。寮の廊下は細長く、生徒たちの部屋の同じ大きさと同じ茶色のドアが、廊下の端から端まで続いている。

 少し歩き始めたところで、ちょうど自分の部屋から出てきたシンシアと出くわした。彼女は私の鞄を見とめるや、あっと声を出した。


「今日出発だったっけ?」

「そう。バラル州の魔術支部に、面接の予約を取ってあるの。遠いから大変」


 魔術支部は各州にあり、住民から頼まれた仕事をこなす。


「ほ、本当にバラルで就職するの? 支部を狙うなら、王都魔術支部も受けてみたら? 同じ魔術支部でも、他の州とはお給料や仕事の規模が全然違うらしいよ」


 この国立魔術学院を上位の成績で卒業して、ど田舎の魔術支部に就職する子はあまりいない。人気の王宮は、誰もが運試しに受けるものだった。

 だからシンシアには理解しがたいのだろう。


「うん、でもね。お祖父様と弟の近くで働きたいのよ」


 そうか、と相槌を打ちつつも、シンシアは今ひとつ納得できていなそうな、複雑な表情で廊下をついてきた。


 寮の正面出口まで見送りにきてくれたシンシアの両手を握る。


「シンシア。卒業して離れちゃっても、時々一緒に遊んでね」


 するとシンシアはくすりと笑った。


「もちろん! でも、まだ二学期が残ってるよ? 卒業まであと半年以上あるから」


 シンシアはもう、卒業後の就職先が内定していた。

 王宮魔術庁――つまり、王宮魔術師だ。

 全国の魔術師を統括する組織で、王宮の中にあって最先端の魔術研究をしたり、この国全体に魔術による結界を張ったり、時に戦争に参加したりもする。

 魔術師にとって、これ以上はない憧れの就職先だ。シンシアは実技があまり得意ではなかったが、魔術書の研究にはとても熱心で、学生ながらに教授と初心者向けの魔術練習ドリルや歴史書を共著で出版していた。

 その努力が実り、王宮魔術庁の研究職を射止めたのだ。

 だから私はここ連日、シンシアに面接官役を頼んで何度も面接の練習をしてもらっていた。


「緊張し過ぎないようにね。いつもの通りに受け答えできれば、絶対合格するから!」

「うん。ありがとう」

「バラルまで気をつけてね。――頑張って……!」


 寮の出入り口で、シンシアは少し心配そうに私を見つめながら、右手を振って見送ってくれた。






 バラル州に就職してやるという、強い信念で校庭を横切ると、学院図書館の前で名前を呼ばれた。振り向くと図書館の入り口の前に、ギディオンがいた。

 両腕にたくさんの参考書を抱えている。

 夏のテストは終わったと言うのに、まだ猛勉強しているようだ。彼らしい。


「大きな荷物を持って、どうしたの?」

「バラルに就職活動に行くの」

「まさか! バラル州に?」


 何がまさかなんだ。そんなに驚かないでよ。

 別にバラルは最果ての州でも、絶海の孤島でもない。

 ムッとする私に気づかず、ギディオンは重そうな本を抱えたまま、大股で私の方へ歩いてきた。


「王都の魔術支部は受けないの? この国立魔術学院で次席の君なら、絶対に内定を貰えるよ」


 いつも首席のギディオンに言われると、なんか嫌味に聞こえる……。


「ギディオンは王宮魔術庁なんでしょ?」

「いや、王都魔術支部の内定を貰ったんだ。王宮で働くつもりはないよ」

「えっ、あなた王宮じゃなくて、王都の魔術支部に勤めるの!? 意外」


 前回のギディオンは王宮に勤めてたのに。なんで変えちゃったわけ?……とは流石に聞けない。

 というか、私に同じ所を勧めるって、どういうこと。

 ギディオンは遠慮がちに口を開いた。


「今からでも遅くないよ。王都魔術支部を受けたら?」


 どういうつもりなんだろう。私と同僚になりたいんだろうか。まさか。

 困ってギディオンの提案をさらりと流す。


「私は故郷が大好きなの。それじゃ、またね!」


 軽く手を振って別れを言うと、ギディオンは私の手首を掴んだ。ギョッとして振り返ると、彼はどこか遠慮がちに尋ねてきた。


「ねぇリーセル。来年、卒業パーティがあるけれど……一緒に行く相手は、決まってる?」

「卒業パーティ……。ああ、それなら私、行かないから大丈夫よ」


 魔術学院の卒業パーティは任意の参加となっており、毎年王都の舞踏会場で開かれていた。だが参加料が異様に高く、とても行く気にはならない。

 なんであんなに高いんだろう。ボッタクリもいいところだ。参加できないほど高くはないのだが、ボッタクられるのが嫌だ。

 ギディオンは何か妙な返事を聞いた、といった風情で目を白黒させた。


「ほ、本当に行かないの? たった一度のパーティなのに」

「毎年全員が出るわけじゃないって聞いてるし。ドレスとかアクセサリーもいるんでしょ? やめておくわ!」

「――クロウ家って貴族だよね……?」

「そうだけど、うちは経済的にそんなに恵まれてないの。ドレスも古いものしかないし」


 多くの領主は豊かだ。なぜなら彼らは勝手にあれこれと名目をつけ、領民から税を徴収し勝手に懐に入れているからだ。

 だが祖父は決してそのようなことはしないし、むしろ学校や病院を整備したり、領民のために尽くしている。私はそれでいいと思っている。祖父は立派な領主だ。

 ギディオンは私の手首をとらえたまま、私の反応を窺いながら尋ねてきた。


「もしドレスがあれば、参加するの?」

「うーん、それは…」

「ランカスターの屋敷には、君に合いそうなドレスがたくさんあるんだ」


 えっ、と思考が一瞬止まる。

 それってつまり、まさか私のために公爵家からドレスを持ってきてくれる気だろうか。

 ペンやノートをいつも、学友に寄付するみたいに。

 心遣いは嬉しいが、ランカスター家の世話には死んでもなりたくない。私、お陰で一度死んでるし。

 遠回しに興味がないことを、伝える。


「でもね、私、田舎者でパーティにほとんど出たことがないから、何をするのかよく分からないし…」

「飲んで食べてお喋りをして、最後に少し踊るだけだよ。――ドレスを持ってくるよ。何色が良い?」


 意外と強引だ。

 四大貴族のお坊ちゃまには、パーティ参加を渋る女がいるなど、理解不能なのだろう。むしろ哀れな女の間違いを正そうと、必死のようだ。


「いやいやギディオン、そんなことしてもらったら悪いよ」

「赤色と青色、どっちが好き?」

「それなら赤…、いや、じゃなくて。そもそも踊る相手もいないし」

「私と踊ろう。心配ない。――一緒に卒業パーティーに行ってほしいんだ」


 次々と出てくる提案に、困惑する。

 パーティのダンスは普通、好意を寄せている子を誘うものだという。

 こんなところで無駄遣いするものじゃない。

 何よりギディオンは、すでに誰か他の女の子と踊る約束をしているのではないだろうか。

 割り込む訳にはいかない。


「他にも、一緒に踊る約束をした子たちがたくさんいるんじゃないの?」

「卒業パーティーのダンスは一曲しかないんだよ。一人としか踊れないよ」


 それならば尚のこと、その大切な一人は私に対する同情ではなく、もっとギディオン自身の為に選ぶべきだ。

 こういう善意は、時と場合によっては施される方を傷つけかねない。金ピカ・ランカスター家の期待の星が、底辺貴族のクロウ家の女子を誘ってどうする。

 それにあなたは知らないでしょうけど、私の敵なのよ。

 前回のあなたは、あと数年もたたないうちに、聖女の肩を持って私を処刑へと追い詰める派閥の中心にいたんだから。


(私があなたと、踊りたいと思うの?)


 もちろん、今目の前にいるギディオンには何の罪もない。ないどころか、胸糞悪いほど素晴らしく紳士な貴公子だ。

 それでも彼と踊れるはずがない。想像してみてほしい。

 ギディオンとダンスなんてしようものなら、ファンクラブの会員全員から怒られてしまう。無駄に敵は増やしたくない。


「私は平気だから、ギディオンは自分が一番踊りたい子を、誘いなよ」


 優しく冷静に諭すと、ギディオンはなぜか少しムッとしたようで、彼にしては珍しく微かに眉間にシワを作る。


「だから、こうして踊りたい子を誘ってるんだけど」


(えっ……!?)


 どうしよう。

 本当に私と一番踊りたいんだろうか。

 予想もしなかった切り返しに、焦る。

 それはどうして……という質問が、怖くて出来ない。


「気持ちは嬉しいわ、ギディオン。でも、ごめんなさい。私、行けないの」

「どうして?」

「シンシアとマックも出ないのよ。実は代わりに三人で野外パーティを計画しているから、無理なの」

「野外パーティ?」

「そう。焚き火をして、魚とかマシュマロを焼いて食べるの」

「た、焚き火…」


 彼の想像した野外パーティとは随分違うものだったのか、ギディオンはしばし呆然としていた。

 目をパチパチと瞬いている。

 試しに聞いてみる。


「貴方も野外パーティに来る?」


 ギディオンは予想通り、引きつるように困った笑みを見せた。

 とても私たちに混ざるなんて決断はできないことを、見越した上での質問だった。


「……王都の卒業パーティでは、先生方への謝辞を担当しているんだ」


 そうよね、公爵家の嫡男なら、そうこなくちゃ。


「それじゃあ、出ないと大変よね。――謝辞、頑張ってね!」


 私は大変満足して、彼と別れた。


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