第3話 目醒める絆

 目的地へと向かう道中、二体のオーネスコルピオと遭遇したマリカとカティア。オーネスコルピオは全高約三メートルの巨体でありながらも猛スピードで襲い掛かり、鋼鉄すら引き裂く威力のハサミがカティアを狙う。


「カティア!」


 マリカの叫びを聞きながらカティアは魔具である杖に魔力を集中させる。そして魔弾を発射し、オーネスコルピオのハサミを弾いて攻撃を阻止することに成功した。

 

「マリカ様ー! 助けてくださいっ!」


「落ち着いてカティア! とにかく落ち着いて!」


 憤慨し追撃するオーネスコルピオから懸命に逃げ回り、カティアはマリカに助けを求める。しかしマリカももう一体のオーネスコルピオの相手で手一杯だ。


「まずはコイツをどうにかしないとな・・・!」

 

 尻尾の大針をすんでのところで回避したマリカは剣を力任せに振り、オーネスコルピオの前足の関節にダメージを与えた。傷は浅く切断するまでには至らないが、一時的に機動力を減衰させることはできる。

 敵の動きが鈍った隙を突き、マリカはカティアのもとへと駆け付けた。


「私が敵の攻撃を受ける! だからカティアは魔弾を!」


「は、はい!」


 マリカは前方宙返りをしながらオーネスコルピオの背中を斬りつけるも、厚い皮膚によって防がれて致命傷とはならない。

 だがそれでいい。少なくとも敵の注意を引くことはできた。


「今!」


「撃ちます撃ちます!」


 カティアは全力の魔弾を発射し、オーネスコルピオの頭を首の根元から吹き飛ばした。魔物は生命力が高くある程度の傷なら自己再生できるが、さすがに頭部を失えば絶命する。


「うわっ!」


 撃破されたオーネスコルピオの近く、魔弾の衝撃波に襲われたマリカは後方に飛ばされてしまった。魔弾は威力が高まるほど強い衝撃波を発するため、本来なら発射の際は距離を取るのが適切なのだ。


「あっ! 大丈夫ですかマリカ様!?」


「だ、大丈夫」


「ごめんなさい本当に!」


 仕えるべき相手を巻き込んでしまったことに猛省するカティア。これが熟練の魔導士なら威力を調整したうえで敵の頭部を狙撃することも可能だっただろう。しかし慌てていたカティアにそんな余裕はなく、現状で出せる最大パワーで撃ってしまったのだ。


「もう一体がくる!」


 マリカの斬撃で足の関節を負傷していたオーネスコルピオは傷を回復し、跳躍してマリカを押しつぶそうと迫る。


「危なっ!」


 倒れていたマリカは地面を転がってプレスを避け、急いで立ち上がった。

 この目の前の個体はまだ尻尾の針が健在で、そこから漏れ出る強酸性の液体に触れてしまったら一巻の終わりだ。人間の体など簡単に溶かし跡形も無くこの世から消えることになってしまう。


「カティア、もう一発撃てる?」


「は、はい。魔弾の発射は可能ですが・・・・・・」


「よし。なら戦法は同じでいくよ。私が前で攪乱するからカティアは敵を狙撃して!」


 突進を避けたマリカはすれ違いざまに敵の右腕を斬り飛ばし、それによって激怒するオーネスコルピオはマリカに集中する。

 オーネスコルピオの思考は単純で短気な性格らしく、キレると目の前の獲物しか見えなくなるようだ。


「でも上手くできるでしょうか・・・・・・」


「落ち着けば大丈夫だよ。冷静にね」


 先ほどの失態を気にするカティアであったが、マリカはその呟きを聞いて交戦しながらも励ましの言葉を投げかける。カティアの能力は決して低くなく、慌てず落ち着いて立ち回れば実力を発揮できるはずだ。


「こんなわたしを頼ってくださっているマリカ様のために・・・!」


 アンドロイドは呼吸をしないが、まるで深呼吸するように空気を吸い込んで肩を上げる。これは大気中の魔素を取り込んでいると考えれば合理的だが、高性能アンドロイドの体と思考パターンは人間を模して造られている。なので人間のような所作をしても不思議ではなく、むしろ冷静さを取り戻すための自然な行為なのだろう。


「狙い撃ちます!」


 カティアの目であるカメラ・アイから伝えられた情報を演算処理する。そしてマリカとオーネスコルピオの動きを把握し、撃つべきタイミングを予測した。


「マリカ様が次に攻撃をした直後に射線が開けるはず、です」


 斬撃を弾かれたマリカはバックステップで後退し、カティアの予測通りに射線が開ける。

 そして・・・・・・


「撃ちます! どっかーん!!」


 すかさず頭部を破壊できるだけの威力で魔弾を発射し、見事オーネスコルピオを仕留めることに成功する。これらはひとえにマリカが果敢に前衛を務めた功績が大きいが、キチンと仕留めたカティアの戦果でもある。


「やりました! マリカ様ー!」


 今度はマリカを巻き込まずに敵を倒せたことに喜び、杖を放り出してマリカのもとに走り寄る。


「うんうん! やったねカティア!」


 マリカも連携が上手くいったことに満面の笑顔で応えカティアを抱きしめた。その感触は人間そのもので、カティアがアンドロイドだということを忘れるほどだ。


「す、すみません。主に対して抱き着くなんて・・・・・・」


「いいんだよ。私達は友達でしょ?」


「と、友達・・・いえしかし、わたしはアナタのメイドとして仕えると決めましたので!」


「なら、これは主たる私からのご褒美ってことでどうかな?」


「ご褒美・・・わたしがご褒美を頂けるなんて」


 こんな経験は初めてだった。今までこれほど認めてもらえたことはなく、自らを受け入れて抱きしめてくれる相手はいなかったのだ。

 だからどんな対応をすればいいのか分からず固まったままのカティアは、ただマリカの大きな胸に顔を埋めた。


「ああ・・・とても安心を感じます。これが人の暖かさなのですね・・・・・・」


「ふふ、なにそれ」


 マリカは優しくカティアの頭を撫で、その様子は母親のようだ。

 二人はそうした後、再び移動を再開する。こんな殺伐とした世界でも二人でなら放浪するのも悪くないかなと思うマリカであった。






 荒廃した大地の中、見るからに人工物と思われる金属の建造物が佇立するエリアで車を止めた。目に付いた崩れかけの看板には”日ノ本エレクトロニクス工廠”とくすんだ文字で書かれており、これはカティアの説明にあった企業名と一致する。ここならアンドロイドの部品があっても不思議ではなく、実際に動力である魔道エンジンを見つけた場所だ。


「記録と照合します・・・ここはわたしを製造した企業である、日ノ本エレクトロニクス社の工場と断定できました。魔道兵器の他、量産タイプアンドロイドの生産も行われていた場所です」


「そっか。じゃあカティアに使える物があるかもしれないから探してみよう。魔物に気を付けながらね」


 寂れた工場のいくつかは崩落しているがまだ形を保った建物もあり、そこに二人が入っていく。こうした廃墟は魔物が巣くっていることもあるので慎重な足取りで進む。


「この工場の構造情報とかは持ってない?」


「いえ、わたしは一般販売用アンドロイドなので企業機密となり得るデータはインプットされていないんです。ごめんなさい」


「ううん、謝らなくていいよ。こっちこそ頼り切ってゴメン」


 公開されていた情報以上のことは知らないらしい。もし工場内部についてのデータがあれば探索も楽になるかと思ったが、そう都合よくはいかないようだ。


「以前訪れた時の記憶ではこの建物の地下に保管庫らしき場所があって、そこにいくつかの機械が放置されていたはず」


 階段を降りて真っ暗な通路に出る。マリカはベルトに装着していた懐中電灯を取り出して前を照らした。これもマリカが拾って修復した物で、電池ではなくスティックを回して充電する手回し式動力で作動している。


「こういう暗い場所には何がいるか分からないもんねぇ・・・前は変な魔物に襲われてさ、まあ怖かったね」


「今回は二人ですから大丈夫です。何かあればわたしがお守りしますから」


「へへ、頼りにしてるよ」


 軽口を叩ける余裕があるのもカティアのおかげだ。一人で訪れた時は恐怖で神経がおかしくなりそうだった。

 警戒しながらも道中魔物に遭遇することなく保管庫へと到着でき、歪んだ扉を開けて中の様子を窺う。


「うん、ここだ。機械類が沢山ある」


 サッカーコートよりも広い保管庫には乱雑に機械が放置されていて、マリカはそれらを物色する。用途の分からない物ばかりだが直せば売れそうかもと、カティア用の腕を探しながら持ち帰りたい物資を仕分けしていた。ジャンク屋を営むマリカは商売人でもあり、珍しかったり良い商品を揃えたいという気持ちがあるのだ。


「あっ! これは、もしかして」


 そんな中で機械式の左腕を見つけた。錆び付いていてこのままでは使い物にはならないがマリカには関係ない。

 さっそく試してみるかと、カティアを呼んでリペアスキルを発動する。



    -続く-

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