第3話 刑事とカフェと

「はぁ……」

  俺がトボトボ歩いていると、街の電灯がぽつぽつとつき始めた。ある家の前を通り過ぎると、カレーだろうか? スパイシーな香りが漂い、腹の音が鳴る。

 結局、竹内と一緒に屋敷を一通り調べたが、見つけることが出来ず、頭を下げて帰って来たのだ。

 さて、どうしてものか。屋敷にないとするといよいよ空き巣犯を探さなければならない。だけど俺の力だけで空き巣を見つけることなんて……。

 しょうがない。古鷹さんに頼るか。俺はスマホを取り出した。するとなぜだか右手が茶色混じりの黄色に汚れていた。草むらで付けたのだろうか? 俺はハンカチでそれをふき取ろうするが、乾燥していて取れない。仕方ない。あとで水で流そう。

 そんなことを考えつつ、俺は古鷹さんのアドレスを探し、電話した。

「もしもし。里月です……」

「……」

「もしもしー」

「……」

「おーい。古鷹さーん」

「……」

「あ、響子さん。出ないみ——」

「なんだ?」

 すごい食い気味だ!

「あ、やっぱりいるじゃないですか! 古鷹さん!」

 古鷹一成。響子さんを愛する(一方的)刑事だ。

 俺は事務所に向けて歩きながら電話する。ちょうど車がゆっくりと通り過ぎていった。

「うるせっ。早く響子さんに代われ」

「それが響子さん、昼寝をしてしまって……」

「馬鹿言え。今住宅街だろ?」

「凄い。よくわかりましたね」

「車の音がするから誰でもわかる。そうなると響子さんはいねーな。じゃあな」

 まずい。このままだと切られてしまう。しょうがない。あれを使うか……。

「わかりました……。いつもの響子さんグッズで手を打ちましょう」

「ほぉ? ……また寝顔じゃねーだろうなあ?」

「大丈夫です。安心してください。今回は……パジャマです」

「十八時にマンハッタン。写真、忘れんな」

 そうまくし立てられ、電話は無慈悲な音を一定感覚で刻んでいる。本当に響子さん好きだよなあ、と呆れながらカフェへ向かった。



 カフェマンハッタンは、事務所の近くにある喫茶店で作業に集中したい時によく使う。内装は古風なカフェという感じで雰囲気は素晴らしい。さらに店主がザ・マスターという感じの老人でこれがまたいい。

 チャリンチャリンと音を鳴らしながら室内へ入るとコーヒー豆のいい香りがした。ここは自家製のコーヒー豆が売りらしい。まあ、俺はコーヒーを飲むと何故か気持ち悪くなるのでいつも紅茶を飲んでいるから味はわからない。

 カフェの中は数人の客が座っていおり、混雑はしていなかった。バイトらしい店員さんに案内され窓際の席に座る。

 夕日に染まる車道を眺めつつ、ソーシャルゲームをして時間を潰す。デイリーを消費していると高そうな赤い車が勢いよくカフェの駐車場に駐車し、中からスーツを来た男がどかどかと歩き、カフェに入ると迷わず俺の席まで来た。

「あ、どうも古鷹さん!」

「ああ」

 ドンッ! と荒っぽく座る古鷹さん。店員さんが怯えながら「ご、ご注文は……?」と聞くと、「カルボナーラとオムライス、あと季節のハンバーグと、サンドイッチ、あとコーヒー」と呪文のように唱え、店員さんは青い顔でメモをするとカウンターへと返って行った。この人はここをレストランか何かと思っているのだろうか?

「す、凄く食べますね……」

「あん? ああ、ちょっと仕事でイラ、イラしててな。そのうえ誰かさんに呼び出されてイライラを通り越して修羅だな。修羅」

 そういって指をぽきぽきと鳴らす古鷹さんに俺は冷や汗を流す。これはまともな物を渡さないとどうなるかわからない。ここはまず報酬から話した方はいいだろう。

「あ、それで写真なんですけど……」

 俺はスマホを操作して写真フォルダーを開き、例の画像を見せる。古鷹さんはそれを凝視した後、ソファーへと深く腰を下ろした。

「それで? 何の情報が欲しい?」

 古鷹さんは煙草を取り出し吸おうとするが、料理を運んで来たマスターが静かに禁煙のマークを指さし、それを元のポケットへ閉まった。

「実はある空き巣事件についてお話聞きたいんですけど……」

「無理だな」

 古鷹さんはサンドイッチを一気に口へ頬張った。

「なんでですか!? 響子さんの写真、いらないんですか!?」

「俺からしたら喉から手が出るほど欲しいが。……お前な。刑事を何でも屋だと思ってるだろ?」

「どういう意味ですか?」

「俺は捜査一課だ。殺人、誘拐、性犯罪や放火みたいな重大犯罪を扱うところだ。それに対して、空き巣、ひったくり、万引きみたいな軽犯罪は三課の仕事だ。さすがの俺も他の課の事件はわかんねーよ。……ちっ、時間を無駄にした。じゃあな」

 そういって立ち上がろうとする古鷹さんの手を俺は掴んだ。

「お願い致します! 追加でパジャマバージョン2を付けるのでお願いします!」

「無茶なことを言うな! 三課の奴にでも聞くんだな」

「そんな知り合いいるわけないじゃないですか! お願いしますよ!」

「無理なもんは無理だ! じゃあな!」

 そういって俺の手を振り切り、古鷹さんは店を出ようとする。しかし、警察の知り合いなんか古鷹さんぐらいだ。ここで何としても情報が欲しい! 俺は古鷹さんを追って店を出ようとする。

 バシッと乾いた音が鳴り、古鷹さんの手が掴まれる。

「何だよ!? いい加減に——」

 古鷹さんが振り向いた先には俺、ではなくマスターがいた。

「お客様困ります。まだお料理が完成しておりません。申し訳ございませんがもうしばらくお待ちください」

「すまんマスター……」

 そう言うと大人しく俺たちは元の席に戻った。

 しばらくは無言が続いたが、料理が運ばれたタイミングで俺は声をかけた。

「それで、古鷹さん。調査の件なんですが……」

 カルボナーラを飲み物のように流しこむと、はっーと大きくため息をついた。

「しゃーねえな。……ここまできたんだ。取引に応じてやる」

「ありがとうございます!」

 俺は頭を下げた。

「それで? 何で空き巣なんて追ってんだ?」

「実は……」

 俺は今までのことを古鷹さんに話した。

「なるほど。魔術師の家に空き巣ねぇ……。いや、どんな状況だよ?」

「僕に言われても……」

 改めて文章にしてみると、よくわからない状況だ。

「それで、絵を盗んだ空き巣を探していると」

「そうですね……。今のところ手がかりがなくて」

「で、俺に聞いたわけだ」

「はい……」

 オムライスを食べきった古鷹さんは懐からスマホを取り出した。

「待ってろ。今聞いてみるから」

 どこへ? という俺の言葉を待たずに電話を初めてしまった。

「ああ、俺だ。すまんな加古、仕事終わりに。あん? 飲み会? ちげーよ。お前たしか三課だったよな? 何か最近変な空き巣いなかったか? 確かに空き巣するやつはみんな変だけど、そうじゃなくてよ。もっと、こうファンタジーな感じ。あん? おう。はぁ? はっはっは! 確かにそれはファンタジーだな! わかった。ありがとさん。なーにいつものヒーローごっこだよ。じゃーあな」

 どうやら何か掴めたようだ。古鷹さんは何だか楽しそうだった。

「何かわかりましたか?」

「ああ。三課の奴が面白い空き巣を捕まえたそうだ」

「面白い空き巣?」

 古鷹さんはそういうと身を少しこちらに乗り出し、小声で話始めた。

「昨日、ある空き巣を現行犯逮捕したんだと。だけど、そいつ多額の金を持っていてよ。『これはどこで手に入れた?』 と聞いたらよ、『通りがかりの男に金を渡されて、十文字という屋敷に侵入しろと言われたんだと」

「じゅ、十文字!?」

 思わず噴き出しそうになった。まさに喉から手が出るほど欲しい情報だった。

「どうした急に? お、もしかしてアタリだったか?」

「そ、そ、そ、そうです! 続けてください!」

「ああ。だけどここからが面白くてな。……何も盗まなかったんだてよ」

「へ?」

「正確には『何も盗むな』と言われたそうだ」

 何も盗むな? 一体どいうことなんだ? 

「どういうことですか?」

「さあな? それ以外は何も話さないらしい。男が誰なのかもわかんねーだってよ」

 外を見るといつの間にか空が曇り、雨が降り始めた。ザーという雨音が外から響いてくる。

「ちっ。雨が降ってきやがった。話は以上だ。ちゃんと俺のメアドに送ってけよ。じゃーな」

 そう言って立ち上がった古鷹さんは、テーブルに一万円札をべしっと置くと、そのまま店を出て行った。

 一人残された俺は古鷹さんが赤い車を輝かせて、曇天の空の下に消えていった……。

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