第27話 嫉妬から生まれたもの(3)

 緑の館に着くなり、ジゼルの手紙をいつも検閲をしているアスラン卿の手に渡した。

 彼は呆れてるとも感心してるとも言えるような表情を浮かべた。「一応、お詫びの内容となっておりますが」と言って、手紙は宛先の相手へと渡る。


 一応――やはりジゼルは諦めることなく、アプローチするようなことを書いたのだ。


 ズキリと胸に痛みを感じ、クロヴィス殿下の視線が手紙に落とされるより先に私は机の前へと出た。



「お待ちください!」

「――どうした?」



 ここ最近で一番大きい声を出してしまった。

 ジゼルの思いが伝わるよりも、私の思いを先に伝えたい。これだけは負けたくないと咄嗟に止めたものの、何から話せばいいか……頭が真っ白になってしまった。

 口を開いては閉じてを繰りかえしてしまう。



 その間にクロヴィス殿下はアスラン卿に目配せをして、退室させた。

 執務室には私たちふたりだけが残された。



「ソファにでも座ろうか」



 優しく手を取ってもらい、いつものように隣同士で腰を降ろした。



「妖精にも休息があるから、情報も抜けがある。俺の知らない何かあったのか?」



 柔らかい低めの声が私の心を落ち着かせてくれる。そうして私のことをいつも待ってくれている。

 もう待たせてしまいたくない。



「私は昨日、ジゼルがクロヴィス殿下に近づこうとする光景を見て嫉妬しました」

「君、が……?」

「はい。そんな目で見ないでと、彼女に怒りが湧いてしまいました。でも母のようにも義母のようにならないと気が付いたのです」



スカートをグッと握って、思いの丈を言葉にしていく。



「クロヴィス殿下のお陰です。あなた様が私を大切にしてくれていると、これからもそうであると伝えてくれていたから安心できました」



 伏せていた顔をあげて、エメラルド色の瞳に自分のすみれ色を重ねた。



「クロヴィス殿下、お慕いしております。私をもらってください」



 彼はわずかに瞠目したあと腕を伸ばし、私を胸の中へと引き寄せた。

 ドクン、ドクンと力強い彼の鼓動が聞こえてくる。



「あぁ、その言葉をどれだけ待ちわびていたか。好きだ。これでもう誰にも奪われる心配もなくなる」

「そんな私など殿下以外誰も」

「ナディアはもっと自分の魅力を自覚した方が良い」



 クロヴィス殿下は体を離し、代わりに私の頬に手を滑らせた。



「――ぁ」

「磨く前なのに既に美しく見えるこの容姿に、初々しい反応。素直で真面目、時々大胆。惹かれずにいられると思うか? 君を知ればたいていの男は目を奪われる。この俺さえも目が離せなくなったんだからな」



 あまりにも情熱的な言葉と、絡められるような眼差しは私には刺激が強すぎる。彼が触れている頬も熱くてたまらない。心が受け止めきれずに、無意識に距離を取ろうと体が仰け反ろうとする。


 するとクロヴィス殿下は引き留めるどころか、頬から離れた手で私の肩をトンと押した。自然と私の背はソファに沈み、彼から見下ろされる体勢へと変わる。



「君が俺の腕の内にいるなんて最高だ」



 エメラルドの宝石が流れ星のように落ちて、額に触れるだけの口付けがされた。



「今はここで我慢だな」

「――っ」

「押してすまない」


 クロヴィス殿下は私を抱き起し、頭をひと撫でするとソファから離れ机へと向かっていった。

 その背を眺め額に手を当てるが、今は頬と同じく額もとても熱い。血流の全てが顔に集まったような感覚に、めまいがしそうだ。



「大丈夫か?」

「申し訳ございません。男女問わず人と触れ合うことに疎いもので、どうも恥ずかしくなりすぎてしまうようです」

「あぁ……悪い。調子に乗った」



 そう言いながらも私の頭を撫で、「慣れていこうな?」と告げたクロヴィス殿下はずるい。

 彼は再び隣に座ると数枚の紙をテーブルに並べた。



「すぐに婚約して婚姻まで話を進めたいが、ナディアはデビュタントを済ませていない令嬢だ。俺はそれでも良いが、可能なら王家の体面を保つためにも一度は社交界に顔を出せと言われている」

「社交界……」

「本当は君を誰にも見せず内密にしたいところだが、これでも俺は王子。立場上難しい。少しだけ付き合って欲しい」

「かしこまりました。あ、でもマナーは自信がありませんし、ドレスも……」



 お母様が亡くなる前までは家庭教師から習っていたけれど、もう五年以上の月日が経っている。彼の顔に泥を塗らないか不安だ。

 そして侍女になるにあたってデイドレスは買ってもらえたが、夜会用のドレスは一着もない。



「安心しろ。信頼できる教師に心当たりがあるから呼ぼう。けれど完璧じゃなくていい。顔見せが目的で俺の側にいれば、誰かが話しかけてくることはほぼ有り得ない。ドレスに関しても問題ない。既製品だが王室御用達デザイナーのものを用意してあるから好きなのを選べばいい」



 テーブルに置かれた資料の中からから、マナー講師のプロフィールとドレスのデザインリストが私の前に移された。講師は王女殿下の元家庭教師で、ドレスはどれも華やかで美しく絵だけでも見惚れてしまう。



「ありがとうございます。もう準備してくださっていたなんて」

「俺がどれだけ楽しみにしていたか分かったか?」

「は、はいっ」

「しかし、まだナディアには決めて欲しいことがある」



 大切に資料を胸に抱いていると、クロヴィス殿下は残りの資料をずいっと目の前に出した。

 私は受け取り内容を読んで、バッと頭をあげて確かめるように彼を見上げた。



「私がこんな重要なことを決めて宜しいのですか?」

「もちろん。父上や兄上、宰相にはもう根回し済みで了承を得ているし、それだけの手札をこちらは持っている。マスカール伯爵家をどうするかは君の気持ち次第だ」

「本当に……クロヴィス殿下はそれで良いのですか?」

「その言い方は、もうどちらが良いか決まっているようだな。かまわない。俺にとっては些細なことだ。どちらだ?」



 提示されたのは二択。本当に選んで良いのなら、私の気持ちはすでに決まっていた。



「こちらです」



 彼は私が指さした答えを見て、「それで行こう。楽しみだ」と片方の口角をあげて意地悪い笑みを浮かべた。

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