第2話 王都というところ

 中央神殿のある王都と言えば、サル村から最短でも二ヶ月もかかる筈ではないか。なぜそんな遠くへ私がいかなきゃいけないんだ。石板を割ったお叱りを受ける為か。


「王都の中央神殿で君の神力を調べたいんだ。同行願えないだろうか。」


 エルンデの口調を聞く限り、どうやらお願いベースらしい。私はならば、と首を横に振った。


「王都なんて無理です。遠過ぎます。店もありますし。」


「悪い事は言わないから、一度ご同行願えないかな。我々はお話を聞きたいだけだから。」


 意外にもエルンデは食い下がった。

 まるで刑事ドラマの重要参考人になった気分だ。あれと同じで実は拒否権なんて無いんだろうか。

 そこへ小神官のアイギルが痺れをきらしたのか、畳み掛けた。


「ほれ、道のりは長いんだぞ。早く出発の支度をしなさい!我々がわざわざ出向いたというのに、これ以上待たせる気か!」


 そんな事言われても、急過ぎる。


「只でさえ六年も無登録の異界人なのだから、これ以上無駄な時間は費やしてはならぬ。ほれ、30分待ってあげるから、支度して来なさい。」


 私は助けを求めて保護者の村長を見た。村長は汗をダラダラ頭から垂らし、それを既にビショビショの手巾で拭いながら、困惑顔でアイギル小神官に聞いた。


「あのう、リサはどうしても行かねばならんので?……いかんせん、この田舎育ちですので、王都へ一人で行かせるには…」


「何が田舎育ちだ馬鹿者!第五界が聞いて呆れるわ!空飛ぶ舟や走る鉄の箱がある世界から来た娘相手に何を心配しておる。」


 村長と私は震え上がった。

 小神官の地位にある人物に辺境の一村人が正面切って楯突く真似は出来ない。

 アイギル小神官は尚も村長に説教を始めたので、私は急いで旅支度をして彼の怒りを鎮静化しようと苦心した。


 布製の鞄に荷物を詰め終わった私は、彼等の馬車に押し込まれた。

 動き始めた馬車に、村長や奥さん、クリス兄さんが追いすがった。

 更に遠巻きには、心配そうな村人達がいた。


「リサ、気を付けるんだぞ。王都には悪い人が沢山いるかもしれない。」


「用事が済んだらすぐ帰れよ?」


 窓越しに走りながら言われ、私は何度も頷いた。大丈夫。王都へ行って、すぐ帰ってくる。

 やがて馬車は皆を振り切り、畑道に佇む村人達を置き去りにし、私を遠くへ運んで行った。



 私達の旅はかなり急いでいた。

 食事や宿に宿泊する時以外は、常に馬車を急がせていた。

 小神官達は時間を切り詰める事に執心で、馬を何度も替え、景色を楽しむゆとりなど無い様だったが、私は違った。

 移りゆく車窓に目を奪われていた。

 村を出ると農村を幾つも通り過ぎ、やがて緑深い山々を縫うように走る小道を行くと、大平原が広がっていた。その先に大きな街が有り、私はこの世界で初めてまともに見る大きな街の姿に興奮した。

 こんなに人がいる、あんなに高い建物が、と騒ぐ私を、二人は胡散臭そうに眺めていた。途中で私の出身を疑ったアイギル小神官がしつこく地球の話を聞いてきたほどだった。

 だがサル村に長年いた私には、全てが驚きだったのだ。

 建築物は地球でいう中世ヨーロッパを思わせた。印象的なのは、どこの街や村にも、白亜の石造りの神殿が広場の中心にそびえている事だった。


 異界人としての私の六年の未登録を、これ以上一分一秒でも増やしたく無い、と考えているアイギル小神官は、旅の間中せわしなかったが、基本的には良い人であった。私の荷物が足りなくなると快く買い足してくれ、急ぐ中でも私が疲れた素振りを見せると、どんな時でも休憩を挟んでくれた。

 彼には、女性は皆甘い物を常に欲しているという固定観念があるらしく、休憩の度に私に甘い菓子を買ってくれた。




 彼等の努力の甲斐あって、私達はサル村を出てから一月半で王都に到着した。これは驚異的な速さだった。

 王都はそれまで見た街とは桁違いに巨大で、少し馬車で進むだけで様々な人種の人がいた。道は全て石畳で舗装され、黄色や焦げ茶、水色といった、カラフルな建物が建ち並び、その中をくねくねと進むと、馬車はやがて大きな広場に出た。王都の中心部なのだろう。

 広場の向こうは小高い丘になっていて、まるで対になる様に白亜の城と神殿が建っていた。

 広場の反対側には丘の上の神殿よりは若干小ぶりな神殿がもう一つあった。私達は馬車を降りるとそちらへ向かった。あれが噂に名高い中央神殿なのだろう。

 にわかに緊張してくる。

 やっと馬車から降りて体を伸ばせて良かったが、気持ちは逆に引き締まっていった。


 神殿の大きな前庭には水の溜められた、石造りのボウルの様なものが置かれており、まず私達はそこで手を清めなければいけなかった。サル村にはこの様な設備は無かった。やはり本家はより厳格らしい。

 私が手を洗い終わると、真っ白いローブを纏った集団がこちらへやって来て、アイギル小神官に話しかけてきた。


「連絡は昨日受けた。その娘だな?」


 背の高い中年の男が、私に向き直る。


「私は小神官のナーヤという。長旅でお疲れのところすまないが、今から中央神殿にある神力審査石で君の神力をみせてほしい。」


 ナーヤ小神官は私の返事も待たずに神殿の中へ入って行き、慌てて私達は後に続いた。

 神殿の中は天井が高く、思わず見上げて首が痛くなった。見下ろせば床は大理石みたいにツルツルで、良く磨かれていて綺麗だ。

 あちこちに神官や職員らしき人達がいたが、皆一様に興味津々といった風情で私を見ていた。

 奥に礼拝の間の様な、開けた空間があるのが見えたが、私達はそこより手前の部屋に通された。

 部屋の中心にはクリーム色の、キラキラ光る直径一メートルほどの丸い石が鎮座している。どうやらエルンデが持っていた石板と同じ材質らしい。

 ナーヤ小神官は私に石の前に座るよう命じると、予想通りの事を言った。


「この石に君の思念波を送ってくれ。」


 私はぼりぼりと頭を掻きながら、目の前の石を見つめる。

 ええと、どうやるんだっけ。

 石に向かって心の中で、光れ石、光れ石、と根気良く念じていると、何故か怒られた。


「真面目にやらんか!何をしておるのだ。」


「リサさん、粒子に念じるのですよ。サル村でやったのを思い出して。」


 そのやたら抽象的なアドバイス、どうにかならないのか。私は眉をひそめつつも、懸命に集中しようとした。

 ふと思った。

 石板みたいにこの丸石も砕けたら、マズイ事にならないだろうか。そう思い付いて、視線を石から上げる。私の正面には大きな窓が有り、丸い塔を二つ持つ美しい屋敷が目に飛び込んできた。

 うわあ、ステキなお屋敷。瀟洒な館、という言葉が良く似合う。

 そう思った刹那、ドン!!と轟音が響き、屋敷が視界から消えた。

 何が起きたのか理解できず、目を白黒させて窓を凝視してしまう。さっきまであった大きな屋敷が消失し、代わりに空高く砂埃が舞い上がっているではないか。なんだなんだ。局地的な地震でもあったのか。

 説明を求めて周りの神官達を見ると、何故か彼等は一様に顔面蒼白になって私と窓の外を交互に見ている。

 喘ぐ様にアイギル小神官が言った。


「…リサ、なんてことを、なんて方の家に…。」


「はい?」


 私が聞き返そうとすると、ナーヤ小神官が今にも倒れそうな青白い顔で仁王立ちになった。その時、ナーヤ小神官の肩から青い炎の様なものが揺れているのが私の視界に入った。

 なんだ、あれ?

 視線をズラすと、アイギル小神官も背中に火をつけたみたいに、黄色い炎を揺らしている。


「あの、小神官様、せ、背中が燃えてますよ?……背中から、変な青い火が見えるんですけど。」


 狼狽えながら私が問うと、ナーヤ小神官はしかめ面を緩めた。


「何と言った。……私から青い火が見えるのか?ではアイギル小神官からも火が見えるか?」


 私が黄色い炎が見える、と答えると、周囲の神官達は騒ついた。


「お前達三人はここに残っておれ。……私は今から大神殿に行き、釈明してくる。追って沙汰あるまでリサにこれ以上何も壊させるな。………リサ、命拾いしたかもしれんぞ。」


 ぽかんと見上げる私をよそに、アイギル小神官とエルンデは激しく首を縦に振っていた。

 ナーヤ小神官達が宣言通りに出ていくと、私はエルンデに聞いた。


「見ました?あそこにあった屋敷が、崩れましたよね?あのナーヤっていう小神官、まるで私が何かしたみたいな妙な言い回ししませんでした?」


「何かしたんじゃなく、リサが壊したんだよ。大神官様のご自宅を。」

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