第14話

「くっそぉ! ダッセぇって!」


「うう~! 五位まで落ちちゃったよぉ~」


「残念、六位だぜ! 坊ちゃんドラゴンよ」


 口元に葉巻を咥えた八本足の天馬種、カボッタが鼻歌を交えながら抜き去っていった。


「嘘だろって、オイ!」


「こんなに短い間で5体に抜かれるなんて……」


 ライドは前を見据え、フレイムリバーがあとどれほどなのか目測を立てた。


(あと最低5キロはあるな……ここは諦めるしかないか。無理に突破してドラゴの体力が消耗することの方が怖い)


「ドラゴ、とにかくフレアに当たらないように進め。このままの速度を保てばもう急げなんていわねえって」


「え……う、うん……」


 ライドの言葉にドラゴは冷静さを取り戻した。


 何故かと言うと、ライドの指示にライド自身が現状を冷静に分析し、割り切ったことに少なからず感銘を受けたのだ。


(もう状況を客観的に見れるようになったのか……)


 一気に五体のキメラに追い抜かれたことが逆にライドの頭を覚ましたのだ。ドラゴが恐怖で速度が出ず、かといって速度を出して体力の消耗を促進させるのも好ましくない。


 それ以前に焦ってフレアに直撃することのほうがよほど恐ろしいことだとライドは思った。

(それに比べたらここで六位に転落しようが、あとで巻き返せばいいって。それよりもリンドウやビー、天馬種がこの手の熱さに強いということを知れただけでも儲けものだって。ここで最も避けたいのは、焦ってパニックになること。ライダーの俺がここでドラゴと一緒にパニックになったら、ここでリタイアになっちまうもんな。それだけは絶対に有り得ないって)


「ライド、僕はどうすればいい?」


「……へぇ、お前もうそれを聞けるのかって。上出来だって」


 ライドは炎で燃え盛るオレンジ色の道を見据え、ドラゴに命じた。


「耐えろ! それが命令だ! 順位に、熱さに、速度に惑わされるな! 俺らはいま試されてんだよって!」


「耐える……うん! わかった」


「不安はねえのかって」


「大丈夫さ! 僕たちはバディだろ?」


「言うじゃーん!」




~コロッセオ~


『ぅおおっとぉお!? ここでまさかの一位ドラゴが六位に大転落! 二日目序盤にしてすでに波乱が起きております!』


 会場は熱量を増し、ダービー券を握りしめた観衆は興奮して叫んだ。



「ターロ、お前のドラゴンがフレイムリバー早々6位に転落したぞ! ふはは、やはりこれがあるからやめられぬ。キメラダービーはな! 何が起こるかわからないものだ」


「何が起こるかわからねーってのは認めますが、結果は分かりきっておりますわ」


「……あのドラゴンが勝ち抜けると言うのか?」


「わざわざ私の口からぶっ放すことではありませんが、敢えてお答えしますわ。このダービー……ドラゴが優勝します」


「ふん。いち賞品がデカい口を叩きおるわ。お前がなぜダービーの賞品にされているのか忘れたのか」


「残念ですが、私物忘れのひどさには定評がございまして」


「まあよい。レースの行方を予想するのが醍醐味のキメラダービーである。どのキメラが勝つかを予想するのは、正しい楽しみ方だ。なぁ、ターロよ」



 ターロ姫は真っ直ぐ中央モニターを見据えながら、気丈に振る舞いつつドラゴを想った。


(私は疑ったりしねーですわよ。ドラゴ……勝つのは貴方。そのためにならばデイリーランキングなどくれてやりなさい)


 六位に名が点灯しているドラゴの名を見詰め、ターロ姫は強く信じたのだった。

~二日目・β地点―砂漠地帯『パールデザート』~



 ドラゴとライドがフレイムリバーを突破した頃、ズブロッカとヴィヲンの姿が確認できるほどに二人は後退していた。


 飛行速度を一定で保つことは出来たものの、熱で奪われた体力は相当なものだ。


 初日のトップ通過が夢のように、後続集団の仲間になってしまったドラゴは熱いフレイムリバーに長時間いたせいで、軽い脱水症状が現れていた。


 一方で後ろからついてくるズブロッカは、動きが鈍い代わりにあらゆる耐性があり、あれだけ熱く、何度もフレアが直撃したのにも関わらずマイペースにのそのそと歩いていた。



「ああ~~そこぉのお~~ドラゴンくぅ~~ん!」



 動きの遅さとは対照的に、息切れ1つしていないズブロッカがドラゴに向けて呼びかけた。


「おい、ドラゴ。お前、呼ばれてるんじゃないのか」


 フラフラと飛んでいるドラゴはズブロッカの声に気付いていない様子だった。ドラゴが気付いていないと知ったライドは、ドラゴに呼ばれていることを言ってやると、ドラゴは力なく「へっ?」と間の抜けた返事をする。


「あのぉ~~お願いがぁ~~あるんだけどもぉ~~……」


「お願い?」


 ぴくりと反応したドラゴは、汗で濡れた首を曲げ、ズブロッカに振り返った。

「ドラゴ、放っておけって。後続のキメラに構ってる暇ねぇだろって」


 ライドが話を聞こうとしているドラゴを察して、釘を刺すがドラゴは完全に聞く体勢に入っていた。


「えっと……ベヒモス属の……誰でしたっけ」


「わては~~ズブロッカっていうんだよぉ~~」


 ドラゴは空中で静止すると、近付いてくるズブロッカを待ちライドは翼のグリップを操作するもドラゴは言うことを聞かない。


「おい! ドラゴ! おいって!」


「ちょっと待ってライド……」


「はあ!? ……ドラゴ、お前まさか」


 ドラゴはズブロッカがすぐそばまで来るまで待ち、近くまで来たところで「どうしたんですか? 僕に用ですか」と馬鹿正直に尋ねた。


「実はぁ~~あのぉ~~」


「ライドは黙っててよ」


 ドラゴがライドに口出ししないように釘を刺すと、ライドは無言で頬杖をつきふてくされてしまった。


「ん~~? なんだぁ~~??」


「あ、いいんです! 続けてください!」


 怪訝な表情を浮かべたズブロッカだったが、すぐに気を取り直し話し始めた。

「わてのぉお~~背中にぃい~~かぁ~ばんくるぅ~~があ~~」


「カーバンクル?」


 ドラゴがズブロッカの背中を見ると、彼のポンチョにくるまり震えているカーバンクル属ヴィヲンが横たわっていた。


「わわ! どうしたの! 大丈夫!?」


「あぁのお~~この子ぉお~~お医者さんにぃい~~みてぇ~~もらいたいんだけどもぉ~~……」


 ズブロッカの話を要約するとこうだ。


 フレイムリバーでカーバンクルと途中まで走っていたが、熱に弱いカーバンクルが先にダウンしてしまい、放っておく気になれず背中に乗せて連れてきたが相変わらず弱ったままだという。


 自分が回復ポイントまで連れて行きたいが、この通りトロいので時間がかかりそうだから連れて行ってやってほしい……とのことである。



「それは大変だね……うん、いいよ! 僕が一緒に連れて行ってあげる!」


「ちょ、お前マジか!? こんなチビとはいえレースのプレイヤーだぜって! それをわざわざ連れていくことねーだろ!」


「でも、このままにしておくと死んじゃうし……僕も回復アイテムは持ってないし」


 ライドは大きくため息を吐くと、「あ~もう、勝手にしろ!」と観念した。


「ごめんね、ライド。僕は誰かを見殺しにしてまで……」


 申し訳なさそうに謝るドラゴの言葉に聞く耳を持たないといった態度でライドは頬杖をついた。

「ん~~??」


 ズブロッカがやはり不思議な顔でドラゴとライドを見詰めるが、ひとまずヴィヲンを渡そうとドラゴに近づいた。


「ズベチョッカさん、任せて! カーバンクルのこの子は僕が責任持って連れて行くから!」


「うん~~……お願いするべぇ~~」


 ドラゴは尻と腰のあたりにヴィヲンを括りつけ、飛ぶ体勢に入った。


「じゃライド、行くよ!」


「……オマエな、自分の力で飛べねえくせによく『この子は僕が責任もって連れて行く』とか言えたなって」


「細かい事はいいじゃないか! いいことをすればいいことが返ってくるんだよ! もしかしたらレースでいいことがあるかもしれないじゃないか!」


「へいへい。わかりましたよーって」


 ズブロッカに手を振ったドラゴはヴィヲンを乗せてその場を飛び立っていった。


 空に消えてゆくドラゴを見詰め、手を振りながらズブロッカは一人呟く。



「あのドラゴン~~……なんでぇ~~一人で喋ってんだぁあ~~~??」


 パールデザートとは、その名の通り砂漠地帯である。


 きらきらと白い砂浜のような砂丘が続いており、その綺麗な景色とは裏腹にあらゆる生命の水を吸い尽くす危険な地帯でもある。


 また柔らかい砂は地上を走る上で足を取られるため、思うようなスピードを出せず、足がいちいち埋まるのでまともに走っては体力を奪われる。


 では空ではどうか? 空もまた砂嵐や竜巻の影響を受けやすい。快晴時は特に障害もなく悠々といけるが、広大な地形なため砂嵐や竜巻などの自然災害が突然起こり、事前の予知や予測は非常に難しい。


 もちろんそういった危険性は地上を走るキメラ達も同じだが、空と地では飛ばされ方が違う。地上でそれら天才に見舞われた場合、或いは踏ん張りで耐え抜くことが出来たとしても、空でそれらに遭遇した場合、成す術がないのだ。



 そしてこの日は、この上ない快晴。


 運が良ければなにも起こらず、運が悪ければ……。


 つまりそういうわけなのである。



 このパールデザートの入口付近に、最初のアイテムボックスがあった。空中でくるくるとゆっくり回る、木箱である。


 木箱を破壊することで、中に入っているアイテムを獲得することができるのだ。



 最初にアイテムボックスに辿り着いたのは、リンドウであった。


「うほっ! やっぱアイテムボックスは見た瞬間テンション上がるなあ!」

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