第2記:講義

 カフェを出て、職場へ向かう道中、携帯ラジオが活躍する。前もって、周波数は文*放送に合わせてある。タ*ダ教授の講義が始まるのだ。文*放送が誇る長寿番組のひとつと云える。

 俺が同番組の存在を知ったのはサラリーマン時代だから、その年に開始したとしても、17年か18年は続いていることになる。凄いことだ。人気のない番組がそんなに続くわけがないから、ある程度の支持は獲得していると判断して良いのだろう。


 以前にも書いた気がするが、素材選びに関しては、教授の「眼」は確かなものだし、信用していいと思う。実際、色んな情報や知識を同番組から得ている。時折、ブログの話題にもさせてもらっている。

 問題は調理方法である。せっかくの良品良材も料理人の腕が鈍ければ、仕上がりも鈍くなる。最悪のケースは、素材の旨味が「完全に殺されて」食べられなくなってしまうことである。着眼や意欲は買っているが、結果がこれでは、落胆は大きい。


 年が改まっても、教授と助手の会話の安っぽさが改まる気配はない。どうやら、今年も従来のスタイルで進んでゆくらしい。俺ごときが云うのもなんだけど、成熟した男女の会話とはどうしても思えぬし、又、聴こえぬ。

 まさかとは思うが「わざと」軽薄な調子でやっているのだろうか?頭の悪いリスナー(例:鍋太郎)のために、意図的に水準を下げてくださっているのだろうか?だとしたら、余計なお気遣いである。バカはバカなりに受け取るし、思案もする。無用の配慮は失笑や反感に繋がるから、そろそろ、やめて欲しい。仮にですよ。もしあれが、お二人の「限界水準」だとしたら、それはそれで大変なことである。


 番組が終了したらラジオの電源を切る。その後は、歩きながら「ダサクの続き」を考える。人物や化物をどう動かすのか、ああでもないこうでもないと、何度も脳内で試すのだ。その中で最もマシな案を掬い取り、金・土・日を使って、画面に打ち込むのである。〔1月9日〕


♞教授の番組は現在も放送されている。先日、久々に聴いてみたが、印象に変化が起きることはなかった。この頃の俺はカフェで朝食を食べていた。同店は今もやっているが、素通りの場合がほとんどである。雰囲気は悪くないが、肝心の(コーヒーの)味がねえ……。かつて「喫茶(店)王国」を旅した経験がある俺には、都内の店は物足りない。無論、例外もあります。

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