第36話 次代を担う者

「100万弊(1000万円)とかなぁ……」


 ぶつぶつと呟いた。宰相から求められた100万弊。辰馬の職業的ランクと依頼達成能力からすれば、不可能ではない。一仕事で5~10万弊を叩き出す辰馬なら、10~20のクエストを達成させることでなんとか……ではあるが。


 そんな毎日忙しく働きたくねーんだわ。おれ、もともと怠けモンよ? なんか世間的にそこんとこ忘れられてるけども。


 呟きつつ、焼き鳥屋の店先で串焼きを2,3本買おうとしたら美咲みさきにぺし、と。財布を出しかけた腕をはたかれる。


「今、無駄遣いはできないはずでしょう? いい機会です、新羅邸の家財、わたしが管理することにしましょう」

「は……え……?」


 まさか冗談だろうと思って見返すと、赤紫の瞳はどこまでも本気。逆らうと怖そうと思った時点で辰馬の負けであり、財布どころか家の抵当権利書とか、ふだん持ち歩いている限りのすべての財源を奪われる。


 まあ……いーか。確かにおれは使いすぎるからな……。


「でも実際、毎日勤労は無理だぞ? そんな楽な仕事でもないんだから」

「軍人になるなら毎日もっとハードですよ?」


 すでに半分は軍属でもある美咲が言うと説得力が桁違いだ。ぐうの音も出ず、辰馬はボディに重いのをもらったようにお腹を押さえてたじろぐ。今それ言われるとやる気削がれるやんか、とは思うが向こうに悪気がない以上、こちらとしては反駁はんばくもできない。


「じゃあ、あたしたぁくんにお小遣いあげる係ー」

「あ、では牢城先生にこのぶんをお預けしておきますが……くれぐれも無駄遣いのないように」

「はーい♪ いやいや、あたしがいてよかったねぇ、たぁくん?」

「あー……そーな……」


 もともとおれの金なんじゃなかったっけなーとか思う。いや、もし辰馬が彼女ら……いわゆる愛妾、あるいは最近ではレズ仲間と認識されていたりもする……に対して小遣いのかけらも渡していなかったのなら、それで構わなかったのだが。各人の稼ぎは個々人ごとに分配の上、さらに家主である辰馬は被扶養者である愛妾たちに大枚たいまい渡しているのである。92万石持ってたけど部下に石をあげすぎて自分には10万石もなかったどこぞの大名かよ、とか思うも、なんだかんだ言えば角が立つ。結局、黙るのが最善手。


「よしよし。じゃあ今日は100弊あげよー。お菓子でも買ってお食べ?」

「ん、まぁ……あんがと」


 雫と辰馬、普段通り変わらないように見えるにもかかわらず、瑞穗とエーリカ、そしてサティアは敏感に気づく。どうにも、ここ近々の10日前後で、二人の関係をさらに縮めるなにかがあったのではないかと。雫の側は大差なく、一時期あった遠慮が抜けて元に戻った程度だが。明らかに辰馬の態度が変わっている。雫に向ける瞳の優しさが、本当の姉か……これは瑞穗たち的に極めて言いたくないが……愛しい嫁を見るそれになっている。おかげで、美咲への雫の嫉妬が終わると今度は、雫への瑞穗とエーリカ、およびサティア……はまあ、陪神・従属神なので並び立ちたいとか言う野心はないかもしれないが……の嫉視が刺さるようになる。皆で仲良く辰馬を押し倒して辰馬を玩具にしてご満悦ではあっても、やはり彼女らの心情として辰馬の特別になりたいのは間違いがない。かつてハーレムですねぇとシンタあたりに言われて「ばかたれ、どこがだよ。おれはな、そーいう不誠実なやろーが一番嫌いだ」と言った自分が今の辰馬を見たら絶望し失望し舌を噛むのだろうなぁ、とか考えて、将来もこいつら全員養うわけだよ。王様になるって事は、そんだけじゃなく国の民全員に責任を持つって事で……やー、大変だ……。


 実際辰馬が選んで通るであろう道は遙か遠く険しい。だがまずは10月の入学試験(入学自体は来年4月)と、その前に今回の借金返済を済ませなければならない。


「……その、寡聞にしてよく知らないんですが、お金って、自然と勝手に入ってくるものでは、ないんでしょうか?」


 一行最大の世間知らず、神楽坂瑞穗かぐらざか・みずほはやや無知を羞じるように頬を赤らめ、首をすくめて上目遣いに聞いてきた。可愛い。可愛いがやはり世間知らずなお姫様育ちの言う事であり、それを一番、現実主義的に「ハッ!」と斬り捨てたのはエーリカ。政治経済に長じたヴェスローディアの姫は、心底あきれ果てたと言わんばかりに大長嘆し、そして


「あのね瑞穗。お金ってのは使えば減るし、使うと減るから価値が出るの。いくら使っても減らないお金なんて、信用なくしてあっさり価値暴落しちゃうわよ」

「皆がいっぱいお金を持っていては、いけないのですか?」

「だからー……のーたりん! だいたいねー、あんた自分でお金稼いだことないでしょ、絶対。わたしがグラビアの仕事4時間拘束されてもらえるお給金、いくらだと思ってんの!?」「え……100万弊、くらい……?」

「のーたりん! そんなにもらえてたらわたしはとっくにお金貯めてヴェスローディアの王権獲りに戻ってるわよ! 実際はこんなもん」


 懐……露出の関係でサティアより小さく見られがちだが、実際は辰馬の細君たちの中で瑞穗に次いで大きい……から封筒を取り出し、す、と瑞穗に渡す。


「……え、こんな……ですか……4時間で?」

「そーよー。大変なんだって。その4時間、スケベな脂ぎったオッサンカメラマンの指図でずっと緊張したポーズとり続けて、したくもない媚び笑顔顔にはり付けて。ホント大変なんだから」

「はぁ~……大変なんですね、エーリカさま……」

「やっと分かった? 苦労知らずのお姫様?」


 まあ、エーリカが苦労してるのは身から出た錆というか、国から飛び出すときに持ち出した宝石が相当数あったはずなのに先々考えず切り崩したから、なのだが、本人は言わないし多分言う必要もないだろう。今のエーリカの経済感覚は、2年前とは比較にならないレベルに覚醒している。かつて2000年以上前、祖帝シーザリオンが大陸を統一するよりさらに前。桃華帝国において圧政から立ち上がり謙帝国を創った(現在の王朝は虔)女帝・姚碧霽よう・へきしょう。彼女には三人の功臣がいたと言うが、そのうち最も功高し、とされたのは兵站事務というもっとも地味な任にあったもと小役人の女性だったという。エーリカはおそらく、その名宰相に並ぶほどの政治力を17才の若さですでに備えつつある。あと必要なのは経験だけだろう。


「と……いうことは……」


 瑞穗は辰馬を見て、ものすごく可哀想に顔を青ざめさせる。言いたいことは、イヤになるほど分かる。たぶん辰馬の稼ぎも雀の涙で、自分達を養うのにこれまで凄い無理をしていたのでは? と思われているに違いない。


 いや、おれの稼ぎは……ここで言うもんじゃねーけどまあ、そんな泣き顔されるほど悪くないはず……つーか今までちゃんと養ってきたやろーが! どいつもこいつも極端やんなぁ!


 また、ちょいちょい心中に南方方言が迸る。少々イラッ♪ とはしたもののまあ、むしろ心配されずにあれ買ってこれ買って言われたらねだられるままに買ってあげてしまうダメな自分を自覚している辰馬としては、心配されてる方がマシか……という気分に落ち着きもした。


「まあアレじゃないかな? たぁくんがテレビで「きゃぴる~ん♡」ってやれば100万弊くらいすぐだよ」

「ははははは、面白いことを仰いますな、おねーさん」


 雫の「これしかないっしょ!」と言わんばかりの言葉に、親愛の瞳が一気に醒めた。冷たく酷薄な魔王の瞳になって、頬と耳と額の肉をぴきぴきと引きつらせる。姉なる魔王クズノハが紅蓮の焔なら、辰馬の金銀黒白の光は凍気をまとう。ときに夏場近く、梅雨も過ぎてじんわり汗かくイヤな時期。ちょうど涼しくなった雫はむしろ「あー、これちょうどいいわー」であり、辰馬はくそうとやむなく牙をひっこめる。


 ……しず姉、いつかしばく。


 そう願ってしばけた試しは一度もないのだが、ともかく毎度のようにそう誓う辰馬だった。そういうじゃれあいが瑞穗やエーリカにはできず、「羨ましい……」ということになる。本人、かなり本気で雫の対応にイラついているのだが、見た目的に仲むつまじく移るものらしい。


「まぁなんか割のいい仕事を、蓮っさんから貰うとするか……」


 ……


「『聖女さまディナーショー』50万弊、『聖女さま握手会』30万弊、『聖女さま個人撮影会』100万弊……ほかにもいろいろあるが、まぁ、なんだ……大人気だな、辰馬」

「苦笑いしてんじゃねーよばかたれ、おれが承けるはずねー仕事ばっか出しやがって!」

「いや、高額の仕事となると本当に他にないんだ。ここのところ、魔王復活で魔物たちの跳梁ちょうりょうが已んだ……実のところ、統制を取り戻してより危険度は増したんだが、一般の目には平和になったと映りがちになるだろう? だから、高額の討伐任務が正直、ない」

「……、……、……聖女サマならウチに他3人おりますが?」


 神楽坂瑞穗=齋姫、エーリカ=盾の乙女、美咲=人造聖女。という超豪華布陣であり、見目麗しきも比類なし、なのだが、辰馬の必死の空とぼけに、蓮純は無慈悲にかぶりを振る。


「残念ながら、今回の依頼は『聖女・新羅辰馬さんに直でお願いします』というものばかりだな。一応、神楽坂猊下に講演の依頼が……6万弊であるのだが」

「あ、はい。わたしそれやります! アルバイト、というやつですよね! 頑張ってお役に立ちますから、辰馬さまも頑張って下さい!」

「あ……おー。ぇ……? 今のって、おれ、承けたパターン?」

「そこまで詐欺めいたことはしないが……。なんにせよこの『聖女さま案件』を承けないことには、100万弊達成は難しいだろうな。他に仕事がない」


 業務再開からすぐに事業緊縮とあって、蓮純はやや憔悴しているようにも見える。だがその瞳にしっかりと充実した覇気が乗っているのは、やはり新興宗教的エステサロンなんぞに寝取られかけた妻がちゃんと戻ってきてくれたからか。前より愛妻が深くなっ気がする。


「おばさんは?」

「修行中だ。やはり、彼女がキミに一番似ているよ。負けたままでいられないらしい……が、やはりこれから先の時代を拓く役目は、キミたち新しい世代に委ねられるべきだろうと思う……。なにより私が、ルーチェを危険にさらすことに我慢できない」

「あーね……うん、わかるわ。ま、おばさんの仇はおれが取るとして……仕方ねーからこれにすっか、ディナーショー。テキトーに皆と話して間ァ保たせるのって結構大変そーだが……とはいえ握手会じゃ金額的に足らんし個人撮影会とか聞いただけで吐く」

「キミは気分を悪くするとすぐ吐くな。そんなかわいらしい顔なのに」

「顔のことゆーな。今ナイーブになってんだよ。このまま30過ぎても40になっても髭が生えないとかだったらどーしよーって」

「たぶん生えないぞ」

「へ?」

「狼牙も生えないし、ルーチェもアーシェさんも体質……遺伝というらしいが……それで体毛が薄いらしい。なのでキミもまず、髭は無理だ」

「えー……」


 すごく、落胆。今はまだ幼年期が抜けてないからの女顔だったり高めの声だったりで、いずれは渋くてかっこいいオッサンになるのだ、と夢見ていた辰馬としては、その期待と希望と幻想を金属バットで粉砕された気分でそれこそ吐きそうになる。


「いーじゃん、たぁくんに髭が生えたりしたらそれはもはやたぁくんではないのだよ?」「そんなわけあるか、おれはおれだ」

「いや、ヒゲなんか生やしたらあたしはたぁくんと縁を切る!」

「そこまでかよ。そんなに童顔女顔が好きか?」

「そりゃあもー、大好き!」

「……、……、はぁ、もーいいわ、なんか、どーでもいい……」


 雫の言葉に何処までも深く沈む泥濘の中の石ころみたいな気分にされてしまった辰馬だが、まあ、女役で現状を打破できるなら安いもの。物事うじうじするのはやめにすると決めた!


・・・


 そんなこんなで。


「みーんなー、今日は辰馬のディナーショーに集まってくれて、ありがとー♡ 定員80人なのに何万名人もの応募があったって聞いて、辰馬ちょー感激だよぉ♪ ホントにみんな愛してるーっ♡」


 いやホント、おれはなにをやってるんだと頭の中の冷静な部分が警鐘を奏でるが、今、恥を感じたらそれこそ終わりである。やるとなったらとことんやってやる。エーリカと雫による演技指導による堂に入った演技……途中からもう、自分でも演技なのか本心なのか分からなくなってきたが……は大いに観客を沸かせた。ディナーショーでありライブとかコンサートではないのに、観客の騒ぎ方はまさにそちらの方向性。世界一の吟唱ぎんしょう詩人やロックミュージシャンがこの場に来たとして、ここまでの盛り上がりを勝ち得ることが出来るかどうか。


「それじゃあ、みなさんが食事の間ぁ、歌いますねー♪ ベン・E・ウォングの……」


 と、辰馬は歌い、踊る。新羅江南流で鍛えた体幹があってダンスはキレッキレ、それだけで十分に「魅せる」力があるのを、辰馬はわざと足腰を上下に揺らして……本来、辰馬くらい体幹がしっかりしているとまず、自分から見せに行かないとスカートの中なんて翻らないのだが……パンツをちらりとさりげにのぞかせてみせる。大半がさもしい男である辰馬ファンたちは盛大に鼻血をぶちまけ、女性ファンも蕩けた瞳で魅了されきって失神するという凄惨な現場が出現したが、ともかくもディナーショーは超・大成功を収めた。


 ふぅ……いやもー。今度こそ。今度こそこれで、女装はやんねぇ!


 強く心に誓う辰馬ながら、果たしてどうなるやら。そして50万+瑞穗をはじめとした他のみなのバイト(ゆかでさえ宛名書きのバイトでわずかなりと貢献した)で、なんとか100万達成。宰相の顔面に札束を叩きつけ、そしてようやくこれで、10月に控える入試に向けて憂いはなくなった。

 

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