第27話 北ぐるに如けず

 新羅邸に帰宅。といっても学生寮の隣なのだから学校に出入りしている感覚しかないのだが。


「おかえりー。たぁくん、何処いってたの~」


 なんかソファに横になってお菓子を食べながら、雫。最近になって流行りだした、ジャガイモを薄切りして油で揚げ、塩を振ったお菓子らしい。瑞穗も穣もこれが結構な好物であるのだが、二人は体脂肪的に体重が増えやすい弱点を持つため、切なげに目を伏せて顔を背けた。それを前に雫はバリボリとやる。こっちはなにしろ超一流アスリート、しっかり鍛えてある体+妖精の血は多少お菓子を口に入れたところでびくりともしない。


「ぷぁ。おいしーよねー、これ。あとはなんかジュース飲みたくなるけど」

「怠惰だなぁ、しず姉……」


 いかにも太平楽にぽや~んと笑う雫に、辰馬は苦笑。もう少し厳しく言いたかったところだが、雫の幸せそうな顔を見ていると厳しいいい様は出来なくなった。以前はもっと雫相手に手厳しかったはずの辰馬だが、なんか最近、だだ甘である。まあ、惚れてるとしっかり、口にしたことでもあるし。


「で? どこ言ってたのかなー、お綺麗どころ二人侍らせてさー」

「なんかイヤな言い方すんな。兵法大会? の新人戦みたいなもんがあったんだよ」

「へぇ……もちろん、優勝? 優勝したよね?」

「いや、引き分けで4回戦敗退」

「えぇ~……そこは根性で勝とうよ、たぁくん?」

「その、手に付いた塩舐めながら人にダメだしすんのやめろや。相手も強かったんだよ。なんか桃華帝国の大物の弟子とかなんとかで」

「たぁくんだってアカツキの超大物の息子で孫で弟子でしょーが」

「それは関係ねーだろぉが。今回あくまで兵法比べだし。武芸とか魔術とかの出る幕じゃねーの」

「ふぅん。でもまぁ、たぁくんは勝ち誇ってる相手の喉元に切っ先突きつけて逆転とかやりそう」

「……え? あぁ、うん……あれ、なんでわかんの?」

「あ、やっぱやったんだ、それ。たぁくんのよくやるシチュエーションだよねーって思ったんだけど」

「………………」


 辰馬は軽く頭をひねる。あの最終局面で戚凌雲の喉元に剣を突きつけたことは、瑞穗にも穣にも知られていない。おそらくは包囲殲滅が成功してそのまま別働隊の凌雲を撃破した、と思われているはずだが、天才軍師二人も思い至らないところを、雫は簡単に、単純に辰馬の普段の性格から導いてみせる。


 おバカねーちゃんだと思ったら、案外……なんだよなぁ……。


 侮れない姉……姉的存在の雫と、実姉のクズノハという二人がいるために非常に、わかりづらくあるが……の達見に、辰馬は想わずほぅと息を吐く。つきながら、椅子に座った。すぐさま美咲が簡単な食事を皿に出す。辰馬のぶんだけでなく、瑞穗と穣のぶんも。本当に、出来たメイドさんである。本人曰くメイドではなく侍従ですということだが、正直、辰馬はそこのところの区別がさっぱりわからない。


「ヒラメのムニエルと、緑黄色野菜のサラダになります。またすぐ夕食の時間ですので、軽く」

「あー……なんか悪いね、いつも」

「いえ。すべてはゆかさまの御為おんためですから。問題はありません」


 忠義と仕事の鬼。まさにかくいうべしである。そもそもがゆかのためだけに本来仕える義理のないアカツキ政府……というより宰相・本田馨綋ほんだ・きよつなに仕えて汚れ仕事をこなしてきたほどの女性である。主君に対する忠誠と覚悟において、比肩髄鞘ひけんずいしょう出来るものなどそうそう、ない。しかも武技においては雫に迫り、神力では聖女クラス。さらに家事全般を完全にこなし、新羅邸の事務関係に関しても……これについてはたぶん、エーリカのほうが有能なのだが、美咲は主のご側室に事務仕事などさせられませんと頑なに自分で背負い込む……すべてこなす。そのうえでゆかの遊び相手もやって、いつ寝ているのか心配にもなる。


晦日つごもりさぁ……ちゃんと寝てるか?」

「はい。一日二時間ほどは、ちゃんと」

「二時間て! それ昼寝やんか!」


 久しぶりに、南方方言が飛び出した。いやだって、二時間て。辰馬が言ったとおり、それでは昼寝にしかならない。人間が正常に機能するためには、あまりにも足りなさすぎる。しかも美咲は精神的に実年齢より幼いゆかが夜泣きすると、その二時間すら擲って跳ね起きるのだ。どうしても寝不足と言わざるを得ない。


「んー……休めっていって休むタイプじゃねーしなぁ……」

「んじゃ、こーしよう。美咲ちゃん、今夜たぁくんの部屋に来なさい♪」

「は?」

「ハあァ!? なに言ってんだしず姉!」

「いやだってほら、ばっちりアレして疲れたらよく眠れるでしょ?」

「あの、あんたなにいってっか分かってっか? おれはあんたらを……」

「その「あんたら」の中に美咲ちゃんも入れちゃえばだいじょーぶ! 全然オッケー!」

「オッケー違うやろが、ばかたれ! わけわからんこと言ってんな! 晦日だって困るわ!」

「……わたしは、ご主君が伽をお求めなら、構いませんが」

「ほら! ほら……? って、えぇ!?」


 ためらいがちというかやや屈辱をかみしめつつというか、それでも美咲が毅然としていうと、そこに上階から、滑り落ちる勢いで駆け下りてくるのはもと男嫌いの学生会長・北嶺院文。そういえばこの文とゆかとそして覇城家当主・瀬名で辰馬の周りにはアカツキ三大公家の当主あるいは相続人が勢揃いしていることになるが、さておき。


「話は聞かせて貰ったわ! それならわたしも!」

「だから! なに言ってんのお前ら!? 女の側からそーいうこと言わない! はしたないでしょーが!」


 どうせ男の側から言えと言われると言えない辰馬なのだが、ともかくもそう常識を叫ぶ。その横で穣がなんともいえない表情になっているが、彼女は「新羅辰馬のことは大嫌い」という名目を掲げているため一緒になってやるぞー、とは言いたくても言えないのだった。


「まあ、おねーちゃんはたぁくんが大勢とえっちしても怒らないし。ただまぁ、知らないところでわけのわかんない子としてたら怒るけどね♪」


 雫はにっこり笑って理解があるというかなんというか、およそ教職にあるものの台詞とは思えないことを口にする。わけわからん相手かどーかはともかく、姉貴クズノハとやったんだよな、このまえ……これは黙っとこ……。辰馬はうすら寒いものを感じてそう決心した。雫は自分の知り合いで可愛がってる女の子なら許すが、たぶんそれ以外に関して絶対に許さないだろうから、うっかり刺激できない。


「まあ、アレだ。バカなこと言ってねーで、病院行くぞ」

「今日は祝日だよ?」

「………………そーだっけ?」

「だから出かけたんでしょ。ていうか、必要なのはたぁくんの覚悟だけなんだから、さっさと決めろ♪」

「いやじゃボケぇ! 三人だけでも死にそうなんだよ! さらに増えるとかやってられるか!」


 往生際悪く、辰馬が激しく頭を振ると。


「あ、わたしもお願いします、ご主人さま」

「いや、定食屋のメニューみたいに簡単にううんじゃねーよサティア! お前、まだ身体万全じゃねーだろーが!」

「いやー、むしろ盈力を注いでいただいた方が、調子がよくなる? かも?」


 なんでこいつらこんなに積極的なわけよ? おかしーだろと辰馬は少女たちの積極性に懊悩する。そんなもん、辰馬が絶世の美少年で、ずっと見守ってきたり、恩人だったり、素うどんおごって貰ったりとそれぞれに理由がある。むしろ彼女らとしては辰馬に手を出されるのを今や遅しと待っていたわけで、今更辰馬の疑問など差し挟まれてもそれこそばかたれと返されかねない。そんななか美咲に関してだけは確かに、辰馬に抱かれる理由はないのだが、彼女はゆかへの恩寵が絶やされないために自分の身を捧げる決意を、すでに固めてしまっていた。


「それじゃ、今日は6人で。頑張ってねー、たぁくん♡」

「無茶言うな! 死ぬわ!」


・・・


 死にたくない辰馬は逃げを打つことにした。


 三十六計北げるに如かず、ってな。


 夕方、食事を終えるや「勉強、集中すっから一人にしてくれ」と言い置き、そして速攻で逃亡準備を開始する。いつものだぶついた服ではいかん、ということてスウェット、それも夜闇に紛れる黒に着替え、窓に油を流して音を立てずに空けるとそのまま、2階から躊躇なく飛び降りる。この程度でどうこうなる鍛え方ではなく、まずは脱出成功。追っ手が来る前に逃げ延びねば……!


 ということで。


「で? オレんトコっスか。うれしぃーですねぇ、辰馬サンがオレを頼ってくれるとか!」

「ほかにいねーんだよ。大輔は長尾のお嬢さんとどっかいってるし、出水はなんかイベント? とからしーし」

「まぁなんでもいーっス! この上杉慎太郎、命に代えても辰馬サンを守るッスよぉ!」


「じゃあ死ねーッ!」


 聞き慣れたかわいらしい声、疾駆する疾風、なびくピンクのポニーテール、そして翻る黒いもの。思い切り殴打されて、シンタは「ぶげぅ!?」と吹っ飛んだ。あまりの威力に、壁に奇怪なオブジェとして埋め込まれている。


 シンタを殴打したのは当然、雫。使ったブツは愛刀、白露の黒鞘。


「ふふふのふ。逃げられると思うなぁ! たぁくん? さ、いくよー」

「い、いやーっ! やめれ、やめーっ……!」

「美咲ちゃん、ゆかちゃんに聞かれたくないから、ホテルでしたいんだってさ。というわけで、ゴー!」

「やめろやめろやめろーっ! そんな、おかしいって!」


 辰馬はなりふり構わず、全力で抵抗する。しかし悲しいかな、自分より20㎝小さいこのお姉ちゃんのほうが、身体能力、身体運用技能、身体操作における先読み技能、そして膂力、すべてにおいて辰馬を上回る。辰馬はあえなく引きずられるしかなかった。


「さ、連れてきたよー」

「うぅっ……もうどーにでもしろだ……こーなったらおれもメチャクチャにやっちゃる……」

「あ、今日はそれダメ。美咲ちゃん、実は初めてだから。優しくしてあげるよーに」

「初めてぇ!? 初めてで好きでもない男ととか、頭おかしーだろ! もっと自分を大事にしてくれ!」

「いえ、まぁ……。新羅さんのことは嫌いではないので、小日向の養女になって適当な貴族に嫁ぐよりはよほど……」


 さらっと重いことを言われると辰馬はぐうの音も出ない。そりゃ、ろくでもないクソ貴族につかまるよりはマシかも知れんが。


「……わかった。んじゃ、やるか……ハァ……」


 やる前から疲れた吐息を吐く辰馬。瑞穗、雫、エーリカはもとよりとして、この際の美咲の……その、何だ、とにかく具合が非常に良く。優しく、という念押しにもかかわらず叩きつけるような激しい行為をやってしまう。文とサティアもまあ、それはもうよかったのだが、とにかく美咲は別格。辰馬が思わず溺れてしまいかねない、魅力の持ち主だった。下手をすると瑞穗や雫、エーリカの三人すら食われかねない。


 翌朝、先日の瑞穗の全裸土下座とはまた別で。やりすぎた辰馬は美咲に土下座することになったのだが、まあそれは別の話。とはいえ睡眠不足だった美咲は朝まで六時間ぐっすり快眠し、むしろ晴れやかになりつつ、ただ、その心の中におそらく、生まれて初めて「ゆか様にこのひとを渡したくない」という独占欲を湧かせるのだった。

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