第23話 愛想笑い

南綾乃との出会いは、私が研修医で彼女がある意味指導医という関係だった。

随分と美人な女医がいるものだと思った。

背が高く、スレンダーな体型に髪をショートカットにした小さい頭が乗っている。

聞くと私と同い年で東京の病院から研修で来ていると言う。

医局の人員の関係で研修に来て間もないのに実際、研修医の指導を丸投げさてていて大変だなと思った。

任されたのは単に人員の問題だけではないことがすぐに分かった。

経験年数の割に医師として彼女はとても優秀だった。

指導医としても優秀だが、求められるものが多く容赦のない指摘で同期からはやり辛さの噂がよく耳に入ってきた。

ローテーションで彼女の診療科に配属された時、実際には彼女の厳しさよりも彼女自身が周りへ張っている防衛線の方が気になった。

病院で愛想笑いすら浮かべない彼女の緊張感に誰も近寄ることはなかった。


自分の時間がほとんど取れない研修医生活の中、運良く時間ができると学生の頃から通うバーに行く。

ここではやっと自分にかえれる。

土曜日の夜、久々にバーの扉を開ける。

そこそこ人がいて賑わっていた。

久しぶりと店子に声をかけられカウンターに座る。

運が良く今夜過ごす誰かと出会えればいいのだけれど。

飲み物を注文した後、何気なくカウンターの並びを見て軽く品定めをする。

両隣に座る女性に愛想笑いを浮かべる知り合いが視界に入る。

南綾乃。

彼女もこちら側の人間だったのか。

正直驚いた。

こんな場所に来て、愛想笑いができる人だとは思わなかった。

時折妖艶な表情をし、相手の出方を探っている。

南綾乃はチラリと私を見ると何事もなかったかのように両隣の女性に愛想を振りまいている。

知らないふりをしろ。

そういうことね。

こっちとしてもそれは賛成だ。

私も隣に座る年上の女性にタイプではないが声をかけた。

しばらくバーで過ごし、隣に座る人間が何回か入れ替わった。

土曜日の夜だなと思う。

そろそろ帰ろうとした時、隣に誰か座る。

帰り損ねたとがっかりした。

「ねぇ、よく来るの?」

南綾乃だった。

「気付いてたんですか?」

「最初から気付いてたわよ」

「南先生、今日は収穫なしですか?」

「人のこと言えないでしょ? あと、ここでは先生と敬語はやめて。どうせタメでしょ?」

「じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「名前」

「綾乃さん? ちょっと呼びにくい。綾でいい?」

一瞬顔が引きつったようにも見えた。

「いいわよ。絵理子。だっけ?」

「覚えてるんだ」

「いい女の名前は忘れないの」

「よく言うよ」

私は軽くあしらった。

「ねぇ、絵理子。あなた、その顔でタチなんてことないわよね?」

「偶然。私も今、同じようなこと言おうと思ってた。ご心配なく。タチじゃない。で、これからどうする?」

他の誰かを落とす時に使うとっておきの笑顔で誘う。

「そこは私に誘わせてよ」

そう言って浮かべた彼女の笑顔に私の方が落とされた。

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