第14話 過去と未来を繋ぐ日に
今日は即売会当日だ。
ばっちり荷物を準備したのだが、一週間の海外旅行に行けそうなほど大きい。
それに左右にバッテン仕様で鞄がぶら下がっていて両肩が痛い。
「厳選したのにどうしてこんなことに……」
私はマンションのエレベーターに乗り込んでため息をついた。
旅行に行く時も、聖地巡礼に行く時も、いつもこうなってしまう。
出先で飲み物をこぼしてしまった経験から必ず着替えは持って行くし、体質なのか体温調節が下手で、ものすごく汗をかいたり、逆にそれが消えて寒くなったりする。
だから大きめのショールは夏でも手放せないし、冷房がきつい所だとお腹が痛くなるので、温かい靴下も入れている。
最低限の荷物がそれで、そこから即売会用の布やおつり、そして在庫(オリジナル任侠漫画が五種類、映画本が三種類)そして作ったペーパー……多すぎる。
でも駅にいくまでかなり余裕がある時間にしたので、ゆっくり歩いていけば大丈夫だ。
道に出ると、目の前に車が止まっていた。
窓が開いて五島さんが顔を出す。
「おはよう。駅まで送る」
「!! よろしくお願いします!!」
店の横に停めてある車は主に荷物の運搬に使っていて、乗ったことは無かった。
後部座席が開いて、中におばあちゃんがいた。
薄いグレーでピンクの桜が美しい着物を着ていて、紫色の髪の毛は美しく整えられている。
「絵里香ちゃん、おはよう~。どう? 可愛い?」
「めっちゃくちゃすてきです!! いいですね、着物。私も着てみたいです、着たことないです」
「あら、じゃあ今度ふたりで着物きてお出かけしよか」
きゃあああ~~とテンションを上げる私を尻目に五島さんは荷物をトランクに入れながら文句を言った。
「おい橘、お前どんだけ荷物があるんだ。戦争帰りの日本兵か」
「これでも厳選したんです!」
「今どき両肩左右バッテン状態で鞄かけてるヤツなんて見たことねぇ」
「うう……その通りですけど」
しょぼくれていると、五島さんは私をアゴで席に乗るように促して車を出してくれた。
あまりの荷物量だったので本当に助かってしまう。うれしい。
駅に到着すると五島さんは荷物を下しながら私に聞いた。
「帰りは何時だ?」
「四時前には帰ります。こういうイベントはお昼には落ち着くのが基本なんです。お昼のあとに少しご飯を食べてから帰ります」
「分かった。LINEしてくれ。迎えに来る」
そう言って去って行った。
今は朝の七時だ。こんな時間に駅まで送ってくれるなんて。
「……五島さんって、おばあちゃんのことめちゃくちゃ大切にしてますよね」
「まあ私が育ててやったからなあ。それくらい感謝してもらわんとなあ。かはは! ほらいこ、もう楽しみで、ついにツイッターデビューしたわ」
「!! フォローさせてください。私のアカウントはこれです」
おばあちゃんはこの年齢にしては、PCもスマホも使いこなしている。
「でも字が小さくてなあ……」と言って、文字拡大アプリを色々試していたけれど、最近良いのを見つけたらしくついにツイッターデビュー!
今日もツイッターで知り合った皆さんが参加するので、りんごポンチさんのアカウントを即RTした。
楽しみすぎる!
朝早いこともあり、電車は空いていて、おばあちゃんと仕上がった本を見て楽しく過ごした。
会場は、小さなホールが重なっているような場所だが前に何度も来たことあるので移動ルートは熟知している。
ホールに入り、席に向かう。
この空の机を見つける瞬間が一番ワクワクしてしまうのは何故だろう。
荷物を置くと、横に席にはもうお仲間さんが座っていた。
周辺の席はすべて同じ映画を好きな方たちなので、チェック済みだ。私はおずおずと話しかける。
「……サラマンダーさん?」
横に座っていた女性はショートカットの美人さんで私たちに気が付いて立ち上がった。
「だるまさん? わあああ……初めまして!」
「初めまして。だるまです!」
「ということは、お隣の美しいお着物がりんごポンチさん? お着物すてきですーー!」
私たちは三人でキャーキャー叫んだ。
サラマンダーさんは、私たちと同じように古い日本映画が好きな方で、古い俳優さんの絵葉書を販売されている。
私とサラマンダーさんはツイッターで繫がっていて、たまに「これみた?」と話していた仲だ。
でも実際に会ったのは初めてで、超うれしい!
そしてまずは新刊交換。これは、ぜひおばあちゃんにお願いしたいと思った。
おばあちゃんは背筋をスッ……と伸ばして本を持って、
「作りました。よろしくお願いします」
と言った。
きゃあああ!! なんかすっごくうれしい。
私は後ろで手をぱちぱちしてしまった。
おばあちゃんは本を手渡して口を開く。
「私が子どもの頃はなあ、名画座さんに映画見に行って、それをノートに書くしかなかったんよ。名画座から出てすぐノートに内容を書く。絵を描く。私が三十歳になったころにカセットテープが出てきてな。テレビで流れてた映画を録音してた。録画ない、音だけや。それを聞きながら絵を描いて、自分で内容を補完してたんや。ずっとずっと、ノートの中に映画を残してきたんよ。それが本になってなあ、こんな風にみんなに見て貰えてうれしいわ」
その言葉を聞いて私は泣けてしまう。
だからあんなに内容が事細かで、正しく書いてあるのか。
あれはすべておばあちゃんの映画に対する愛の歴史なのだ。
スケジュール的にはめちゃくちゃしんどかったけど、残りの記事も全部本にしようと私は心の中で決めた。
サラマンダーさんはそれを丁寧に受け取って、自分の新刊を出した。
「お会いできるのを、とても楽しみにしてました。紙の媒体でりんごポンチさんの文章を残せるのがうれしいです。それに!」
そう言って私の方を見た。
「だるまさんのイラストも、ものすごくすてき! 私も『血の絆・ファースト』大好きです」
そんなこと言われたらうれしくて、もっと泣けてきてしまう。
世間のみんなが楽しいと思うことを楽しいと思えない自分を恥じてきたけど、今ならまっすぐに思える。
ひとりでもふたりでも、語り合える誰かがいれば、それだけで楽しい。
本を受け取ってうれしそうなおばあちゃんは椅子に座って口を開いた。
「……もう75歳なのになあ、こんなことするのどうかなあと思ったんやけど、私が90歳で死ぬとするやん? それでも本を作ってみたくてさあ、76歳から始めたら14年しか楽しめないんよね。75歳から始めたら15年楽しめるんや。そう考えたら、やりたいと思ったらやろうと思えたんよ。もうウチラはすぐ死ぬからなあ」
そう言ってケラケラわらうおばあちゃんがめちゃくちゃ元気で、私は手を叩いて笑ってしまった。
「とりあえず、今日超楽しみましょうか」
「せやな。あ、ひょっとして、烏丸さんですか?」
「りんごポンチさん?! お会い出来てうれしいわあ。わああ~~お若い!!」
「そんなこと……あるやろ?」
そう言っておばあちゃんはニッカリと笑った。もうお茶目すぎる。
私たちは島の人たち全員に挨拶して、本を交換した。
それが終わるころには開場して、何人もの人たちが挨拶にきて本を買ってくれた。
私とおばあちゃんはもう、喉がカラカラになるまで話し続けて、サラマンダーさんと電車に乗り、駅前の喫茶店でまた語った。
どうしよもなく楽しくて最高の日になった。
『五島さん 十五分後に駅に着きます』
『了解』
そして迎えにきてくれた五島さんの車の中、おばあちゃんは満面の笑みを浮かべて数秒で眠ってしまい、五島さんを驚かせた。
私は後部座席の隙間から限界までシートベルトを伸ばして顔を突っ込んで語る。
「すっごく楽しかったんですよ。なんと十冊も一般の方が買ってくれたんです」
「そうか。良かったな。飯食うか?」
「はい!!」
私は料理を作る五島さんの周りをクルクル移動して今日のことを話した。
五島さんは優しく私の話を聞いてくれて、それがすごくうれしかった。
夏のイベントは体力的に厳しいから、秋の小さな即売会にまた出ようと目標にした。
ああ、また楽しみが増えた!
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