第12話 全部諦めたくないんです!

 ついにここまで追いこまれた……。

 私はイヤフォンを耳にさしてiPadで作業を開始した。


 今は平日のお昼だ。

 十五分前まで少し離れた場所にある会社で仕事をしてたけど、お昼休みになった瞬間に会社を飛び出して図書館に来た。


 ここは広くて気持ちが良い席が多く、十二時半を過ぎるとお昼休みを会社以外ですごしたい人たちが来て、すぐ埋まってしまう。

 なにより、無料Wi-Fiが安定している所が素晴らしい。

 漫画を書くソフトは仕上げの段階に入るとネットに繫げないと使い物にならない箇所が多くて、Wi-Fi必須!

 お昼ご飯は、ここに来るまでに家で適当に作ってきた塩にぎりを食べた。

 即作業開始!


 おばあちゃんと映画の本を作ろう決めて作り始めたのは良いが、スケジュールが厳しすぎた。

 引っ越しという力仕事、そして初めての一人暮らし、そして会社が終わってからすぐ五島さんのお店の手伝いもあって、どうしてこのタイミングで新刊が出せると過去の私は思ったのだろう。

 いや、ずっと誘っていたおばあちゃんが本を出したいと言ってくれた……この想いを無駄には出来ない!!


 けど、本当に厳しい~~!!


 作業を開始してから気が付いたのだが、おばあちゃんはブログにUPしている文章をそのまま使うので、ある意味原稿は書き終わっているのだ。

 問題は私。おばあちゃんが書いたレビューの横に絵を描くと決めたんだけど、その量が多すぎた!

 あと六枚書かなきゃだめだし、何より表紙の絵はかいてあるけどデザインは終わってないし、ページに埋め込んでないし、文量も見てないし……ああああ……ものすごくギリギリだ。

 今までなら週末の休みを使えたけど、今は休日は五島さんのお店に入っている。

 最近は色んなお客さんが来てくれるようになり、顔見知りも増えた。


 任俠物に興味がなくても、戦隊ものに興味がある人たちはわりといて、会社帰りのサラリーマンさんたちが「お、懐かしいね」と昔の戦隊もののBlu-rayに興味を持ってくれたりしている。

 なにより店内に入り、ついでにお買い物をしてくれているのだ。

 その方が休日に子どもを連れて顔を出してくれたりする。


「……休みたくない、週末はお店を開きたいっ……」


 が! これはちょっとどうなんだろう。

 とにかく私は作業にこだわりすぎて、時間がかかるのだ。

 それが分かってるなら手抜きをして……と思うだろう。しかし、どこに時間をかけているのか、作業している私は分からないのだ。

 はあ~この高見さん、すっごく上手に描けたと思うの。この無表情で人の顔を殴る絵……! これが描きたくて描きたくて!

 なによりおばあちゃんの紹介文がものすごく良いので、やっぱりちゃんと絵にしたいの。

 

 個人的に映画評論の本は、何年経っても色あせないと思っている。

 だって映画はそこにあり続けるんだもん。それを紹介する媒体だって永遠だ。

 しかもそれを愛してる人たちは永遠に生まれていくんだから、それを紹介し続けたい!!

 ……と、うっとりしてると、もうお昼休みが終わってしまう。一枚でも仕上げて会社に戻って、今日は絶対定時!!




「きゃあああ!! 絵里香ちゃん、この絵、すごく素敵ね。高見さんの表情が完璧に描けてると思うわ」

「ですよねええ!! 私、我ながらこの絵はすごく上手に描けたと思うんです」

「やっぱこの無表情の強さだよなあ。この演技出来るのは高見さんだけや」

「この映画の面白さがおばあちゃんの文章、すごく上手に書けてると思います!」

「うれしいわあ。これどういう風に本になるの?」

「こんな風に……もし良かったら、タイトルとか入れてみませんか?」

「ええんか?」

「是非お願いします。あ、いらっしゃいませー!」


 私は仕事を終えて秒で店に来た。

 おばあちゃんと店番をしながら、時間を見つけて作業をする。

 

 奥のVHSが置いてあるソファーゾーンは作業スペースにさせてもらい、ノートパソコンを広げておばあちゃんに記事をチェックしてもらい、私は絵を描いている。そして駄菓子やノートを買いに来た小学生たちの対応をする。

 ものすごく充実してるけど、今日はお客さんが多くてわりと大変だ。

 小学生の男の子が、トコトコと近づいてきて、私の服を引っ張った。

 この子……昨日ワイファイジャー見ていた子だ。

 何かお話かな? と小さくなると、小声で、


「(このお店は、キュアリンは流さないの? 俺さ、お姉ちゃんが『キュアリン・ハートの涙』が好きで、見てたんだけど、途中までしか見てないから、ちょっと見たい)」

「(お姉さんもキュアリン大好きよ。奥のテレビにさりげなくつけるから、チラチラ見て?)」

「(!! ありがとう)」


 男の子は店の前のベンチに座ってほほ笑み、名前を田沢典久たざわのりひこと名乗った。

 キュアリンというのは女の子しか出てこない実写のヒーロー物だ。

 女の子たちがドレスを着て戦う話で、出演しているのはアイドルの子たちだ。

 もう十年近く続いているシリーズで、キュアリンというタイトルはそのままに、中のアイドルだけ入れ替わってシリーズが続いている。

 キュアリン・ハートの涙は、ものすごく泣けるシリーズで、私も大好きだ。


 少し調べたんだけど……会場を借りて映像を流してお金を取るのはアウトなようだ。

 でもお店の奥で「私が見たいから流れていて」、関係がない商品を売っているのは大丈夫なようだ。

 映画だってただで見られたらお金にならないし、権利に違反する。当然だ。それは気を付けようと思った。

 まあ実際の所、本当に私が見ているだけだけど!


 このキュアリン、すべて配信にある。

 でも配信の問題点だと思うんだけど、履歴が残るのだ。

 私も家にいた時に任俠映画を見よう! と思ったけど、履歴が全て残る!!

 結局自分のためにアカウントを取ったけど、子どもはそんなこと出来ない。

 

 キュアリンは女の子向けという枠だから、男の子は見たら……お姉ちゃんとかにバカにされるのかな?

 前のベンチからこっそり見ている子をみて思った。

 実はこの前、公園で会った天音ちゃんも店の近くで見かけた。

 でももう夕方でお店には小学生たちがいっぱいいて、それを見て天音ちゃんは遠ざかって行った。

 きっと学校に行けてないと、学校に行ってる子には会いにくいよね。


 ……というか、考え込んでないで作業しないと!!

 

 結局お店の対応が忙しくて作業が進まなかった。

 でもお店も楽しい、作業も楽しい、おばあちゃんと話をしているのも楽しい、時間が足りない!!



「橘。顔が黒いぞ」

「五島さん……ひどいです……」

「すまん。でも本当に顔が黒いぞ」


 残業を終えて帰ってきた五島さんは、店をしめた後、もう入りこむのが当然になってしまった五島家の台所で作業している私にご飯を準備しながら言った。

 女性だけじゃない、人に向かって顔が黒いなんて……、言っちゃ駄目でしょおお?!


「橘、全部口から出てるぞ。お前、本のスケジュールが厳しいんだろ。今週の土日は休みにする」

「お店したいんです! 私、ちゃんと出来ますから!!」

「ばあちゃんがさ、月末のイベントすっごく楽しみにしてるから、ちゃんと本にしてやってくれよ。そして飯をちゃんと食え」


 そう言って五島さんは栄養満点そうなトマトや野菜がたっぷり入ったスープと、おにぎりを出してくれた。

 お昼に塩にぎりしか食べてなかったので、スープを飲むと……温かくてすごく美味しかった。


「……ありがとうございます。すいません。週末お休み頂きます。終わらせますので……すいません」

「俺も橘が店に入ってくれるようになってから頼りすぎてる。悪いな」


 そう言って私の大好物、五島さんが作るティラミスも出してくれた。

 美味しい、嬉しい、頑張る!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る