第10話 初めての有給と出会い
「これで大丈夫かな……っと」
私は駅前の大型店で買い込んだ荷物を抱えて、もたもたと歩いた。
昨日引っ越しをしたので、今日は有給を取った。
入社して四年、実は初めての有給だ。
五島さんの彼女という枠にしてもらってから、初めて会社の中で「私」という人間がWEB部に認識された気がする。
向田さんが「おい、橘。お前ずっと有給使ってないじゃないか。引っ越しするなら使え」と言ってくれたのだ。
ありがたい……。
今までどれだけ使いたくても我慢していた。
だってみんな使ってないんだもん。
先輩たちも使ってないのに、自分が使えるはずもなく「有給というものがあるらしい」レベルに達していた。
でも私が有給を頂くようになり、みんな前よりは使っているように見えた。
本当に怒号の五島さん、さまさま!! 状態だ。
私は仕事が遅いので、常に何かを抱えている。
その状態で休むなんて申し訳なさすぎて……と思うが、五島さんは「そんなこと言ってたら一生休めん。当然の権利は行使しろ。仕事は次の日頑張れ」と言い切った。
そうですけど……そうですけどね?
正論を言える人というのは、その時点で強者なのだ。
だって正しいことを言える場所に立ってる人だから。
私は常に「出来てない」「劣っている」と自覚しているので強く出られない。
とりあえず生活必需品を買ってきたので、これで普通に生活は出来そうだ。
実に色んなものに囲まれて生活していたのだと思い知らされた。
もう朝から「わあ、トイレットペーパーがない」と驚いてしまった。
流せるティッシュで事なきを得たが、当然だがティッシュも食器を洗うスポンジも、洗剤もなくて「そりゃそうだ」と思った。
今まで全て家に普通にあるので分からなかった。
有給を取ってなかったら「何もない~~」と言いながら出社することになっていた。
危なすぎる……。
荷物を抱えて歩いてきたけど、量が多すぎて疲れてきた。
恥ずかしいことに、ひとりでこれほど大量の買い物をしたことが無かった。
買い物に一緒に行く事はもちろんあったけど、ひとりではない。
いつもお父さんの車で出かけて、カートに入れたまま駐車場……だったので、これほど大変だと知らなかった。
私は何も知らずにひとり暮らしを始めてしまった。情けない。
あまりに荷物が多いので、公園の一部なのだろう……屋根付きの椅子と机がある場所で休憩することにした。
横に自動販売機を見つけて、荷物を置いてお茶を買う。
ここは大型スーパーの横にある大きな公園だ。
真ん中の小さな池に蓮が植えてあり、そこにザリガニなどもいるようで、小さい子どもたちが楽しそうに遊んでいる。
決まった時間に水が出る噴水もあり、吹き上げられた水がキラキラ水晶のように美しい。
夏直前の空気が気持ちよい。
買ったお茶はキンキンに冷たくて、ああ……癒やされる……と思ったら顔に何かが飛んできてペチョリとくっ付いた。
「?!」
「ごめんなさい!!」
それを顔から取ったら、それは紙だった。
そこに書いてあったのは今期の戦隊もの……電脳戦隊 ワイファイジャー の組み立て説明書だった。
おっ?! と思った瞬間、目の前の紙がバッ……と奪われた。
目の前に立っていたのは、たぶん……小学校高学年くらいの女の子だった。
大きな眼鏡をしていて、髪の毛をポニーテールにきつく縛っている。
今は平日の午前中なので、学校を休んでいるか……事情で行ってない子だろうと瞬時に理解した。
その子は紙を後ろに隠して頭を下げた。
「すいません。風で飛んで……あっ!!」
謝っている先から机の上に置いていた空箱や、細かいパーツが次から次に飛んでいき、説明書は噴水の方まで飛んで行った。
女の子が慌てて追い始めたので、私も一緒に追うことした。
ここは池からの風が抜けやすく、気持ちがよいけど物は飛ぶということが分かった。
すべてかき集めて女の子に渡すと、その子は丁寧に頭を下げて口を開いた。
「ありがとうございました」
「全部あるかな。パーツ細かくてすごいね。これ、ワイファイジャーの可動フィギュアシリーズでしょ? 出来が良いよねーー!」
私は思わず話しかけてしまった。
最近ネットオンリーで始まった戦隊ものなのだが、設定がわりと尖っていて面白いのだ。
なにより戦隊ものに出ている役者さんは、任俠物……つまりあまり人気がない映画にもよく出ているのだ。
戦隊ものでゴロゴロ転がってる人が、任俠もので
話もよく出来ているし、今期ナンバーワンだと思う。まあネット配信オンリーだと爆発的には売れないけど私は好きだ。
女の子は目をぱちくりさせて私をみた。
「……そんな……普通のお姉さんなのに、ワイファイジャー見てるんですか」
「っ……そうね、ごめんなさい。普通のお姉さんだけど、戦隊ものを見てるわ」
普通のお姉さんなのにというパワーワードに思わず吹き出してしまう。
でもこの可動フィギュアシリーズは私も地味に集めていて、実は今日の買い物袋の中にも入っている。
小さいのに良く出来ていて560円。
値段が絶妙で、ショッカーにあたるボウガイ君のデザインがものすごく良いのだ。
これがまたニ十種類くらいあって、揃えるのは至難の業。
こんなマニアックなものを作っていたから「仲間だ!」と思って話しかけてしまったけれど、よく考えたら大人の女性が目を輝かせて戦隊ものの話をしてきたら驚くだろう。
恥ずかしくなり「じゃあ」と行って荷物の所に戻ろうしたら、女の子が声を上げた。
「あの、私、ワイファイジャー、好きなんです」
目に力を入れて少し唇を噛んでいる。決意に満ちたその表情から、勇気を出してくれた事が分かった。
私は嬉しくなってサササと女の子の所に戻ってしまった。
「!! うん、これ、良いよね!! ごめんね、怖がらせちゃったと思って」
「いいえ、嬉しいです。私あの、もう中一だし女子なのに、こういうのが好きで……変って言われたから隠してて」
「変じゃないよ! だってほら、大人で会社員だけど、毎週金曜日の公開と同時に見てるわよ。先週のランケーブルの話、最高じゃなかった?」
「!! 断線の話ですよね」
「そうそう。あの部分、すごく面白かったわ」
女の子は
楽しくなり色々と話していたら、後ろから聞きなれた声がした。
「おい橘。ここに居たのか。探したぞ」
「五島さん!! 今日会社なのでは……」
「お前が有給取ってると知って午後休取った。店でしたい作業がある。手伝え」
「そんな殺生な……有給とは……」
「掃除も手伝ってやるし、飯も作ってやる。これが荷物か。……あ」
五島さんは天音ちゃんを見て動きを止めた。
天音ちゃんは、五島さんの顔を見て「!!」となり荷物をかき集めて去って行ってしまった。
私は、じとーー……と五島さんを見る。
「五島さん……? まさか私にコンバインと言ったように、天音ちゃんにも酷い言葉を言ったんですか……?」
「いや違う!! 俺は悪くないぞ。俺が言った言葉は正しい!!」
「じゃあなんで逃げちゃったんですか。ワイファイジャー仲間とかレアですよ」
「なんだそれは」
「何を言ったんですか!!」
珍しく私が怒っているのを見て、五島さんはいつも通りおでこを揉みながら頭を抱えた。
む~~~とむくれて話を聞きたがる私の口に、五島さんはポイと棒アイスを入れてくれた。
あまぁい……つめたぁい……美味しい~~じゃなくて!!
「分かった、分かった。戻りながら説明する」
怒る私に五島さんは歩き始めた。
気が付くと両手に私が買ってきた荷物をすべて持ってくれている。
やっぱり……優しいのは間違いがないのだけれど、天音ちゃんが逃げちゃった理由、教えてもらいますからね!
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