第27話 花ちゃんと花岡君
……。
あれから夢は見ていない。
★★★
尚武君はしぶとかった。
私達は高三になり、約束の十八まであと三ヶ月程になっていた。私達の関係は……あの唇の端をかすったかかすらなかったか微妙なキスがマックスだ。
接触が全くなかった訳じゃなくて、いつも手をつなぐし、別れ際にはハグだってする。デコチューはマストだ。
付き合って三年目、慣れとかマンネリとかは皆無で、いつだってドキドキしてるし、愛情も鰻登り。尚武君もそうだといいなって思うし……多分私と同じな筈。
今月来月は受験の為にお休みするけど、道場にはいまだに通ってて、尚武君のご両親公認の仲だし、うちの母親もすでに尚武君を息子扱いしてるくらい。
なのに、なのに!
花ちゃん直伝のあざと可愛いも習得したし、何なら自力で改良もした。あざと可愛いを発動した時、尚武君の目が本当に愛情たっぷりに緩み、頭をポンポンと叩いてくれたりして、キュンとし過ぎて返り討ちにあった気分になったりもした。
キスくらいいいんじゃないかって悶々として早幾年。
もうね、あと三ヶ月くらいなら待ってもいいんじゃないかって達観してますよ、この際ね。
「花ちゃん、また別れたんだって?」
「あら、私はそんなつもりはありませんわよ」
花岡君と花ちゃんは、三ヶ月毎に別れたりくっついたりしている。原因は花岡君の浮気。高校に入ってかなり身長も伸び、イケメン度が上がった花岡君は、群がってくる女子にちょこちょこ手を出すクズ野郎になっていた。
花ちゃん的には毎回別れてはいないらしいし、花岡君もフラフラした後には花ちゃんのところに戻るを繰り返しており、私には理解不可能な付き合い方だった。
「なんか、今度はうちの一年らしいじゃん。いいの? 彼女周りに凄い言ってるらしいよ」
あまり人付き合いのない私の耳にも入ってくるから大概だと思う。略奪愛に成功しただの、花岡君と何したあれした……まぁ色々赤裸々にね。
「そうですわね。私も昨日言われましたわ」
「本人に?! 」
「一年の娘にですわね」
「何て? 」
「昨日、二駅向こうのラブホテルに行ってきたらしいですわね。何でも花岡君が二回戦に突入したらしくて、今日は歩くのも辛いとか」
「ハアッ?! 」
あまりの話の内容に、開いた口が塞がらないってこんな状況のことを言うんだと思った。しかも、辛そうにとか悲しんでとかじゃなく、日常会話をするみたいに淡々と語る花ちゃんが信じられない。
「たった二回しかしないのなら、そんなに熱中してる訳じゃなさそうで安心しましたわ。今回もただのつまみ食いですわね」
「……」
付き合ってるんならつまみ食いはしたらいけないのではないだろうか?
何故許せるのかもわからない。
何て言ったらいいかもわからずに、無言になり勉強していたら、待ち人が待ち人じゃない人と現れた。
「お待たせ」
花ちゃんと私は放課後区立図書館の談話室で勉強しつつ、尚武君を待っていた。そんな私達に爽やかな笑顔で声をかけてきたのは花岡君(待ち人じゃない人)で、尚武君(待ち人)はその後ろについてきていた。
花岡君は当たり前のように花ちゃんの隣に座り、私に向かってニコニコと笑いかけている。
「何で花岡君? 」
私は小さな声で尚武君に聞いた。
尚武君によると、校門から出ようとした時に女子ともめていた花岡君に遭遇し、何故か巻き込まれ、一緒に勉強する約束をしていたことにされたらしい。「嘘だ言い訳だ他の娘と会うつもりなんでしょ」と言い募る娘を躱しながら来たから遅くなってしまったそうだ。
どんな娘だったか聞くと、どうやらあの一年女子らしかった。
「和人先輩酷い……」
小さな悲鳴のような声に視線を上げると、花岡君の横に真っ白な顔をしてショックを受けて震える一年女子がいた。
「みやちゃん、こんなとこまでついてきたの」
「だって、このゴツイ先輩と二人で勉強って言ったじゃないですか! 元カノもいるなんて酷過ぎます! 」
「元カノって、僕、花とは別れたつもりないけど。花、僕達いつ別れたの?」
ウゲッ……最低発言。ついゴミを見るような目で花岡君を見てしまう。
「さあ? 私もそんな記憶はございませんわね」
シレッと言ってるけど、花ちゃん!それでいいのか?!
それから聞くに耐えないこと(花岡君とのベッド事情)を聞かされ、最後は号泣になり、さすがに談話室とはいえ図書館でこの修羅場は周りに迷惑だろうと泣き崩れる一年女子を連行するように図書館を出た。
私や花ちゃんに触られることを拒否した一年女子は、尚武君に支えられるように公園のベンチに落ち着いた。
いや、何で尚武君? 花岡君が支えなよ! と思ったが、関係のあった二人がくっついていたらあまりに生々しいし、何より花ちゃんが不快だろうと、グッと我慢した。
一年女子は尚武君にしがみつくように泣いており、尚武君は困ったように花岡君に視線を投げている。
「みやちゃん、いい加減落ち着きなよ。尚武はタオルじゃないんだから」
あー……制服が涙やら何やらでグショグショだ。しかもかなり強くつかんでいるらしく、皺も寄ってしまっている。一目でクリーニング案件だとわかる。
「おち……落ち着ける訳ないじゃないですか! 私、初めてだったのに!」
「でも僕、最初に言ったよね? 花とは別れないけどいい? って」
「でも! 毎日私とデートしてくれて、キスもHも和人先輩が初めてで、和人先輩だって私の初めてになれて嬉しいってそれからも何回も……」
クズがいる……。
正真正銘のクズ野郎だ。
「でもさ、僕が初めてもらったのはみやちゃんだけじゃないんだよね。花だってそうだし。だから、それが理由でみやちゃんを彼女にはできないかな。ね、花? 」
「そうですわね。早い者勝ち? みたいな。それに和はこれからも変わりませんわよ。来る者拒まずですから」
「か、金沢先輩はそれでいいんですか」
花ちゃんはフンワリと微笑んだ。
「しょうがないですわね。こういう人ですから。それに別れても結局は戻ってきますもの」
「最初はさ、相手に言われるままに花と別れたりもしてたんだけど、みんな略奪愛したくせに略奪されんのは嫌がりるんだよね。他人の奪ったら奪われてもしょうがないのにさ。でも花はいつでもウエルカムだし、うざいこと言わないし、居心地いいからね」
やっぱりクズだ。でもそのクズにズタボロにされてるんじゃなくて、クズを手の上で転がしているのは花ちゃんだ。十代には有り得ない貫禄すら感じる。見た目はフワフワな可愛い女子なのに。それは凄いと思う。思うけれど、この二人の思考回路は一般には理解しがたく、もちろん私にも無理で、一年女子にもやはり無理だったらしい。ただ、花ちゃんには敵わないということは理解したのだろう。「好きだったのに……」と、すでに過去形で涙をポロポロ溢した。
尚武君の胸にすがって。
だ! か! ら! 何で尚武君を巻き込むのよ!!
尚武君も宥める訳にもいかず、ハンズアップの体勢で困りきっている。
これで尚武君が抱きしめたり、背中ポンポンとかしたら、無理矢理引き剥がしてたところだったけど。
傷ついて泣いている後輩は可哀想だと思うけど、ムカムカ腹立つのはどうにもならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます