第24話Wデート2

「ほら、土産だ」


 好きな食べ物を聞かれた翌月、紙の包を渡された。開いてみると、色鮮やかな金平糖が入っていた。

 姉様に貰った金平糖と同じ、幸せのお菓子。

 一粒口に入れると、控えめな甘さとカリッという食感。ジワリと広がる甘味に、口元が弛んでいく。


「旨いか」


 私は定番の男の膝の上でコクコクとうなづく。


「もう食わんのか」


 紙の包を包み直した私に、男はもっと食えと促す。


「次にあなた様がくるまで大事に食べます」

「そうか、では次も買ってこないとな」


 男の膝で緩く揺らされ、まるで赤ん坊があやされているようで、トロトロと瞼が下がってくる。


「眠いか。寝てしまえ」


 男は私を片手で抱えたまま器用に酒を注ぎ、一口づつちびりちびりと飲む。


 お酌しないといけないのに……と思いつつ、男の体温と匂いが心地よくて、瞼を開けることができなかった。


 ★★★


「……おい、終わったぞ」

「琴音ちゃん、寝てしまったんですね」


 肩を揺すられ、ゆっくりと意識が眠りから覚めてくる。目の前に愛しい男の顔があり、つい夢の中にいるつもりで手を伸ばして抱きつく。首元にグリグリと鼻を押し付け、その匂いを吸い込む。

 いつもなら抱き上げて布団に運んでくれるのに、男は抱き寄せてもくれず硬直している。


「……抱っこ」

「あらあら、甘えたさんですこと」


 聞こえる筈のない女の子の声を聞き、いっきに意識が覚醒する。


「ウワーッ!」


 寝ぼけて尚武君に抱きついて、しかも変態チックに匂いまで嗅いでしまった!

 慌てて尚武君から離れ、勢いあまって仕切りに頭をぶつけてしまう。地味に痛い!


「ほら、入れ替えだから早く出るぞ」


 花ちゃん達はクスクス笑っているし、尚武君は厳つい顔をよりしかめている。

 ヤバイ! 呆れられた?


 尚武君が手を引っ張って立たせてくれ、そのまま手を引かれて映画館を出る。

 見上げた尚武君の耳が少し赤い?


 握られた手をキュッと握ると、尚武君も握り返してくれて安心する。大丈夫、呆れられたかもしれないけれど嫌われてはいない。


 そのまま駅に向かい、帰りの電車に乗ろうとして、ホームの混み具合を見て硬直してしまう。忘れていた……帰宅ラッシュという言葉を。


 知らない男の人と密着するくらい近い距離にいるなんて、私には無理だ! 下手したら吐く。


 多分顔面蒼白になっていたんだろう。尚武君が握っていた手を恋人つなぎにしてきた。驚いて尚武君を見上げると、尚武君の口が「大丈夫」と動く。


 電車が来て、人がドッと下りてくる。まるで波に引きずりこまれるように人の流れにのり電車に乗り込む。花ちゃん達とは離れてしまったけれど、尚武君に手を引かれ、支えられるように電車に乗った為、尚武君とは離れないでいられた。色んな人間の匂いと、ムワリとした熱気に身体が震えてくる。


 そんな中、嗅ぎ慣れた匂いに包まれ、私は必死にそれにしがみついた。背中に回された手が、宥めるようにトントンと叩いてくれていた。大きな尚武君に囲まれた私は、尚武君以外の誰とも接触することなく、ただただ安心できる熱だけを感じることができた。

 嫌悪感でガチガチに固まっていた身体が、尚武君の存在を確認することで次第に弛んでくる。身体の力を抜いて尚武君にすり寄ると、尚武君がしっかりと抱き込んでくれた。


 この中にいれば安心だ。

 この手は穏やかで、私を守る力がある。


「下りるぞ」


 いつの間にか最寄り駅についたらしい。

 ホームに出ると、人混みを避けて壁際へ行く。すぐに花ちゃん達と合流できた。


「凄い人でしたわね」

「花、髪留めが曲がってる」


 満員電車で暑かったのか、頬を上気させた花ちゃんは、なんだか妙に色っぽい。制服のシャツはよれてしまっているし、リボンで隠れてわかりにくいが胸元のボタンも外れかかっているような。

 最近さらに胸にボリュームがでてきた花ちゃんは、たまにボタンがとんでしまうんだと嘆いていたが、そのせいだろうか? 残念ながらそんな悩みを一回も感じたことのない私は、さりげなく花ちゃんの制服の乱れをなおしてあげた。


「琴ちゃん、電車大丈夫でした? 凄い人でしたわね」

「尚武がブロックしてたから大丈夫だったんじゃない。尚武ムッツリだから、これ幸いと色々されてたりして」

「それは花岡君でしょ。花ちゃんに変なことしないでよ」

「やだわ、琴ちゃん。見てましたの?」


 してたんかいッ!


 この会話は掘り下げたらいけないと悟り、花ちゃんの門限を理由に早々に駅を出る。

 尚武君と私は駅前のファミレスに入り、花岡君は花ちゃんを家に送ってから合流することになった。


 注文は花岡君が戻ってきてからすることにし、ドリンクバーだけ頼んで四人がけのテーブルに向かい合って座って待つ。それなりに混んでいて、このソファー席しか空きが無かったのだ。四人がけと言いつつ、四人だとかなりキツキツ、六人がけが良かったけどしょうがない。

 映画の内容(実際はほとんど見てはいなかったけど、漫画では見てたから)を話しつつ、花岡君を待った。


「あれ、まだ食べてなかったの? 」


 私の横に置いていた学生鞄を尚武君の横に放った花岡君が、何故か私の横に座った。


「え? 何でこっち? 」

「だって席狭いじゃん。男二人並んで座るのは無理だよ」


 そうかもしれないけど、それなら私が尚武君の横に移動すれば良くない?


「尚武デカイし、これがベストじゃね? な、尚武」


 尚武君はしかめっ面でうなづかない。うなづかれても困るけど。

 尚武君はトンカツ定食、花岡君はハンバーグ定食とドリンクバー、私はナポリタンを頼んだ。

 わざとじゃないんだろうけれど、狭いからか何度となくテーブルの下で膝が当たる。肘とかも。それが無性に気持ち悪くて、いくら友達の彼氏で一年近く友達を嫌悪感が半端ない。とてもじゃないけど夕飯を食べれる気がしない。


「あ、前ごめん」


 紙ナプキンを花岡君が取ろうとした時に限界がきた。


「ごめん、ちょっとトイレ」


 勢い良く立ち上がると、花岡君も私の勢いにびっくりさながらもどいてくれた。私は足早にトイレに駆け込み、鏡に映る自分の顔色の悪さに苦笑する。これはただ男の子が苦手というレベルを超えている。病気だ。

 今は女子校に通い、通学もギリギリ徒歩圏内だから何とかなってるけれど、これから大学進学、就職していくうえで、マトモに生活していける気がしない。世の中の半分は男性なんだから。

 今日の電車もだけど、花岡君が隣に座っただけで耐えられなかった。


 尚武君は大丈夫なんだけどな。


 世の中全員尚武君だったら……、それはそれで悶え死んじゃいそうだし、目移りしっぱなしだし、違う尚武君が他の女の子と仲良くしてたりなんかしたらヤキモチ焼いて頭おかしくなりそう。

 うん、やっぱり尚武君は一人がいいよね。


 くだらないことを考えてたら、少し気分も良くなってきて、血行も良くなってきた。トイレに長居もできないから、手を洗って席に戻る。そして私が座ったのは尚武君の隣。

 だって、さりげなく端に寄って私の座るスペース作ってくれていたのがわかったから。きっと尚武君は、私が花岡君の隣でしんどかったのを理解してくれてるんだと思う。尚武君は私の飲み物を手前に移動させてくれた。


「そっち狭くない? 」

「大丈夫」


 尚武君の隣に座ると、膝どころかお尻までピッタリくっついちゃうけれど、この温度が私の精神安定剤なんです。

 食事もそろい、なんとなく無言で食事をする。


「ぶっちゃけ、二人ってやることやっちゃってるの? 」


 私はスパゲッティを吹き出しそうになり、慌てて飲み込んだ。

 花岡君……今なんて?


「いやさ、いつも四人でいる時とか、二人の距離って何か一歩遠いってか、ベタベタしないじゃん。二人の雰囲気もあんま変わんないしさ。それに琴音ちゃんってまだ男性恐怖症治ってないんでしょ? 尚武でリハビリできてないじゃん。どうせこいつ恋愛初心者だから、手つなぐ止まりなんじゃないの? そんなんじゃ駄目っしょ。やったら少しは男性恐怖症とかもなくなるんじゃないかなって思う訳」

「やっ……、リハビリで付き合ってる訳じゃないよ」

「でもさ、僕が横に座ったくらいでカッチカチになっちゃうんじゃまずくない? もっと慣れた方がいいと思うんだよね。そんなんじゃ電車も一人で乗れなくない? やっぱさ、尚武じゃ役不足なんじゃないかな」


 にっこり笑って言うけれど、私が嫌がってるのがわかってて隣に座りにきたのかと思うと、無性に腹立たしい。第一役不足って何だ?! 尚武君は私が安心できる唯一の男の子なんだから。それに軽々しくやるやらないとか、尚武君との関係に他人が口出しして欲しくない。

 ちょっと、その、確かに進展は遅い気もするけど。


「別に通勤通学手段は電車だけじゃないし、免許とか取ればいいし」

「えー、車の免許って、実習とか無理じゃない? 車って個室に、知らないオッサンと二人っきりだよ」


 はいギリギリ無理ですね。正論に一瞬言い返せなかった。


「なら、通勤通学しない距離に住めばいい」

「でも、色んなとこで異性との関わりは増えていくでしょ? 」

「関わりは増えていくだろうけど、適度な距離にいればいいだけの話じゃないのか? 第一、琴音が嫌がる距離に無理矢理入るのはセクハラだろ。何も問題ねぇよ」


 あ、目から鱗。


 何を馬鹿な討論してるんだという尚武君の口調に、カリカリ怒っていた私の頭も冷えた。


 満員電車はアウト、触れるくらい近い距離もアウト。でもテーブルを挟んだ今くらいの距離ならギリギリ許容範囲内だ。嫌だけどね!


 尚武君の大きな手が私の頭をポンポンと叩く。


「別に無理することない」


 やっぱり私は尚武君が好きだ!


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