第22話 カラオケボックス2

 背中が温かい。

 私を包み込む大きな身体。

 おなかに回されたがっしりとして大きな手。


 私は夢の中でウトウトしていた。


「寝てしまえ」

「でも……」

「次にこれるのは一ヶ月後。少しでも休め」


 この声、知っている。

 低くて渋い声。ぶっきらぼうな喋り方だけど、私のことをいたわるこの声。


 私が身体を捻って腕を伸ばすと、横抱きに抱え直してくれ、肩をさすってくれる。

 私もこの男も、衣服は着崩れることなく、閨の床で安らかな私の寝息だけが響いた。


 ★★★


 尚武君と私は間にお互いの鞄を置いて座り、とりあえず歌を歌いまくった。

 二人してメジャーな曲しか知らず、最後の方は子供の時に見ていたアニメメドレーになってしまったけど、それも凄く楽しかった。

 元から低く渋い声をしていると思っていたが、予想以上に尚武君は歌がうまくて、たまにかすれる声とか、ゾクゾクが止まらなかった。


「あんたがアニソン歌うとか、イメージになかったな」

「花ちゃんとはアニソンオンパレードだよ。それを言うなら尚武君だって」


 私は最後のアイスティを飲みきり、時間を確認しようと鞄の中のスマホを取り出そうとした。スマホを取り出す際、花ちゃんに貰ったお守りが引っ掛かって落ちてしまう。


「なんか落ち……」


 尚武君が拾おうとし、お守り袋から何か落ちてしまう。ガサガサと何か入っているなとは思っていたが、人のいないところで見なければならなくて役に立つ物とは何だろうと、落ちた物に目を向けて……尚武君と二人固まった。


 正方形の小さな物体。


 実物を実際に見たことはなかったけれど、話に聞いたり、ちょっとエロい漫画とかで男の子が口に咥えてピリッと封を開ける例のやつだってのはすぐにわかった。


「ウワッ! 違うの! 私のじゃないから! 花ちゃんにお守りって貰って、困ったら開けてって、役に立つといい……って、ウェッ?!」


 意味を理解して変な声がでてしまった。

 つまりはカラオケボックス(個室に二人っきり)で、二人の関係が進展した時(イチャイチャからムラムラになっていわゆる挿入ヤル寸前)に、なくて困る物(コンドーム)がこれで、役立てる=セックスしてこいってことだよね?!


 いやいやいや、まだ手もつないだことないし、いきなりそこまで進展しないから!

 第一、初めてがカラオケボックスなんて嫌すぎる。

 ちょっとドアの窓から覗いたら丸見えだからね。


 アワアワ慌てる私に、尚武君は苦笑しつつ私の頭をポンポンとした。


「大丈夫、わかってる。これはまぁ……金沢に返しとけ」


 尚武君はコンドームを拾い、お守り袋にきちんとしまうと私の鞄の中に押し込んだ。


「学外で返せよ。見つかったらえらいことになるから」


 返すのはもちろん吝かではない。ないのだけれど、全く気持ちが揺れないんだろうか? 私とこれを使いたいって……。


 尚武君との間に置いてあった鞄を逆側にドンッと移動させると、鞄があったスペースに座り直した。膝が触れる……というか、右半身がくっつくくらいの距離だ。


「どうした? 」

「まだ、アレを使う度胸はないけど、私はいつもこれくらいの距離にいたい」

「……大丈夫なのか? 」

「尚武君限定で全然大丈夫」


 膝にのせられた尚武君の大きな手に手を重ねた。

 うん、やっぱり大丈夫。


 尚武君が手の向きをかえて、そっと私の手を握ってくれた。大きな手は安心しかない。

 身体をそっと尚武君に傾けると、尚武君の肩に頭が触れた。


「……抱きしめてもいいか? 」


 もちろん「イエス」一択だけど、答えるのは恥ずかしくて尚武君の肩口にグリグリ頭を擦り付けた。

 頭の上でフッと笑う雰囲気があり、手はつながれたままもう片方の手で背中に手を回される。

 背中をポンポン叩かれ、赤ん坊をあやすようなその動きに私の緊張も和らぐ。


「嫌じゃない? 」

「全然嫌じゃない。っていうか、私の指定席かってくらい落ち着く」

「まぁ、あんたにだけだよな。こんなことすんの」


 しばらく私の背中をポンポンしながら抱きしめてくれていた手が、一瞬抱き寄せるように強く私を引き寄せた。


「……琴音」


 少し掠れた声に、私はビクリとしてゆっくり顔を上げた。凄い至近距離に真剣な表情をした尚武君がいた。


「琴音」

「初めて名前呼んでくれた」


 今まで、「あんた」とか「おまえ」とか呼ばれてたけど、名字でも名前でも呼ばれたことがなかった。花ちゃんのことは「金沢」って名字で呼んでいたのに。「今給黎」って呼びにくいからかなとは思っていたけど、いざ名前呼びされると、幸福度感が半端ない。

 嬉しくてついニマニマしてしまうと、尚武君はキュッと唇を引き締めたと思ったら、大きなため息を吐いた。


「うん? 」

「そんな顔で笑うなよ」

「あ、ごめん。ニヤケ過ぎた? やだなぁ、つい名前呼びが嬉しくてヘラヘラしちゃった」

「俺の前だけにして。可愛いすぎるだろ」


 可愛すぎる?!


 可愛いってのは花ちゃんみたいにフワフワして女の子らしい子のことだと思ってたから、自分に当てはまるとは思っていなかった。どちらかというと不幸顔だと思っていたから。


「……可愛くなんかないよ」

「見た目は儚げな美人系だよな。うちの学校でも琴音は有名だぞ。無理やり脅して付き合ってるんだろってよく言われる」

「はぁ? そんな訳ないじゃん。脅されても付き合わないし」

「あぁ、実際は全然儚くなんかないしな。嫌なことはしっかり嫌って言うし、見た目と内面のギャップが面白い」


 誉められてる? 貶されてる?

 微妙な顔で尚武君を見上げると、尚武君は私の頭を撫でてくれた。


「ほら可愛い」


 私の顔がポンッと赤くなる。

 いつも無口な尚武君が、凄く甘いんですけど! しかも、いつもは鋭い目つきが、蕩けてます。トロットロです!

 恥ずかしくて尚武君の胸元に顔を擦り付けていると、尚武君が宥めるように私の背中を擦り、低く響く声で私の名前を呼んだ。


「琴音、顔上げて。琴音」


 アアッ! 心臓が破裂しそう!!


 いきなり甘々になった尚武君が

 ヤバイです。そろそろと顔を上げると、尚武君の顔が近づいてきて、目をつぶる瞬間、電話の音が鳴り響いた。


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