第20話 高校生になりました。
目の前に、厳つい大男が立っていた。
着崩した衣服は薄汚れていて、大きな身体に額に傷のある厳つい顔をしていた。客というより、用心棒のような風体で、うちの店にこれるような稼ぎがあるようには見えなかった。
夢の中の私はボンヤリとその男を見ていたが、私はバクバクする心臓が苦しく、彼の顔、姿をよく見たくて自分の意思では動かせない身体がもどかしかった。
私は彼を知っている!
身体は二回りくらい大きいし、年齢も彼よりもかなり年上に見えるけれど、その男らしい厳つい顔立ちは変わらない。無精髭を生やし、さらに険しく、人を寄せ付けない眼光をしているが、私にわからない筈がない。
今まで見ていた辛い夢が、彼を知る為だったんだって思えた。
私をジッと見ていた男は、何も言わずに私に背を向け立ち去ってしまった。
夢の中の私はその男を追うことなく、次に来る客を待って座っていた。
★★★
久しぶりに見たあの夢!
数ヶ月見ていなかったあの夢、私が絶対に見たくないと思っていたからか、それとも夢の中の私の心が見ることを……現実を拒否していたからか、数ヶ月見ていなかった。すでに高校に進級し、GWも終わって今は中間テストまであと一週間といったところだ。
尚武君に告白もどきなことを言ってしまってからの私達の関係は、……晴れて恋人同士になれました。
ちなみに私達が交際宣言(花岡君対策案として)した後、花ちゃんと花岡君も付き合うこととなり、四人でつるむことは以前のまま、違うのは座り位置くらいで、大抵は四人で過ごしている。
そう、私と尚武君は恋人同士になりました。
ここ大事だから、繰り返し言っちゃうけどね。
誰かに告白された時とか、「彼氏がいるから」って断り文句は最強です。いや! それが目的じゃないし、単なる副産物なんだけど、でも「彼氏誰? 」って聞かれた時に尚武君の名前を告げると、大抵の人は素直に諦めてくれる。
「ねぇねぇ、スワッピングしようよ」
「は? 」
そう、この人を除いて。
今日は中間テストに向けて、四人で勉強会を開いていた。尚武君はお父さんに呼ばれて道場へ下りてしまい、花ちゃんはトイレ。尚武君の部屋で私は花岡君と二人きりになってしまっていた。
花ちゃんとのお付き合いも順調である筈の花岡君、花ちゃんがいる時は理想的な優しい彼氏。でも、花ちゃんがいなくなると、途端に私にアピールしてくる。
冗談として受け流しているけれど、はっきり言って気分はよろしくない。とてもじゃないけど花ちゃんにも言えない。
「だーかーら、スワッピング。交際相手を交換するの」
「無理」
私は参考書から視線も上げずに言う。
「たまには違う相手もいいと思うよ」
「何がいいんですの? 」
花ちゃんが戻ってきて花岡君の隣に座った。
「ほら、琴音ちゃんの男性恐怖症を治す為にも、尚武以外の男子に慣れたらいいかなって。ほら、僕には花がいるから、慣らし相手にはいいだろ? 今はいいけど、大学とか社会人になった時に困るだろ」
何が慣れたらよ。スワッピングの誘いだったじゃないの。
私は会話を無視するように、黙々と問題を解いた。
「あら、大学なら推薦でうちの大学に行けば女の子だけですわよ。そこで教員免許でもとって、うちの学校の教師になれば、男性と関わるのは最小限ですみますわよ」
「琴音ちゃんの学力なら、国立も狙えるだろ。もったいないよ。それに、通学があるだろ」
「うちの大学、大学近くに寮がありますわ。女子寮ですの。琴ちゃんと一緒の寮生活も楽しそうですわね」
「花、花が寮に入っちゃったら僕と会う時間が減っちゃうよ。門限もあるだろうし、お泊まりだってできない」
「それはちょっと……」
ポッと頬を染める花ちゃんの手を、花岡君がやんわりとつかむ。指で花ちゃんの手を擽るように撫でるその動きがイヤらしいんですけど。
お互いにどこまで進んだみたいな話はしてなかったけど、まさか花ちゃん花岡君とお泊まりするような関係になってないよね?
まだ付き合って一ヶ月? 二ヶ月弱くらいだよね。え? もしかしてキスくらいはしちゃってたりするの?!
私達、まだ手も繋いでませんけど!
ちょっとした二人の触れ合いが、やけに艶かしく見えて、私は問題を解く手も止まり、二人のことをマジマジと見てしまう。
いつのまにか二人はお互いのこと呼び捨てにしているし、一緒にいる時の距離感もかなり近い。
花ちゃん、こんな奴に……。
人の好みを他人が口出しする訳にもいかないし、花ちゃん当人が花岡君の横にいると幸せそうだから何も言えない。
「だからさ、みんなで同じ大学に行こうよ。そうしたら楽しそうじゃない? 」
「それもいいですわね。和人といつも一緒にいられるんですもの」
「花ちゃん、大学はうちの大学に行きなさいって、お父さんに言われてるんじゃなかった? 」
「そうなんですけれど……でもまだ大学受験には三年ありますもの。お父様を説得しますわ」
力こぶを作る花ちゃんの頭を花岡君が優しく撫でる。
見るからに幸せそうなカップルなんだけどね……。
「お握り食うか? 」
多分尚武君が握ったであろう巨大お握りを持った尚武君がやっと部屋に戻ってきて、私の隣にドサッと胡座をかいて座った。ピッタリとくっついて座っている花ちゃん達と違い、拳三つ分(尚武君のバカデカイ拳ね)くらいは離れている私達の距離。
私達はお付き合いをしている……筈。だって、お互いの気持ちは確認したし、花岡君や告白してくる他の男の子とかに「尚武君が彼氏だって言っていい? 」って聞いたら、力強くうなずいてくれたもん。
でもこの距離はいったい……。
私の男性恐怖症は尚武君には発動しないのに!
……って、尚武君は知らないんだよな。きっと、男性恐怖症って知ってるから、優しい尚武君は私と距離を取ってくれてるんだってのはわかる。わかるんだけど、あの夢に出てきた男の人が、実は尚武君の前世なんじゃないか? とか、尚武君と出会ったのはもしかして運命なんじゃないの?! なんて考えちゃうと、尚武君との距離感がじれったくてしょうがなくなる。
まだ一度しか夢に出てきてないし、どんな繋がりがある人なのかもわからないけど、まさかただの客ってことはないだろう。
でも店に来てたということは……。
考えると悶々としてしまうけれど、あれは尚武君であって尚武君ではないし、年もかなり上っぽいし、男性だからそういう店にだって行く気持ちもわからなくはない。
第一、あれは夢だ。
いくら昔から頻繁に見てるとはいえ、前世かもってのは私の推論でしかない。他人に言ったら頭おかしいって思われるだろう。
「花岡達帰ったぞ」
「エッ? 」
いつの間にか花ちゃん達は部屋からいなくなっており、隣にいた筈の尚武君は真っ正面から私のことをジッと見ていた。
「ごめん、私も帰るね」
慌てて帰り支度をして立ち上がると、尚武君も「よいせ」と立ち上がる。玄関まで送ってくれるのかな? と思いきや、スニーカーを履いて玄関脇の自転車に手をかけた。
「送ってく。荷物乗せて」
私から荷物を奪い取ると、前籠に入れて自転車を歩いて押し出した。荷台がついていない自転車だから(二人乗りは禁止です)、うちまでは二人で並んで歩く。尚武君は自転車を両手で押しているから、当たり前だけど手をつなぐなんてこともない。
二十分以上歩いて、その間に会話はポツポツだけれど、隣を歩いているだけで良いのだ。
「あ、これ食う? 」
尚武君はポケットからビニール袋を取り出した。中には色鮮やかな金平糖が入っていた。
「……これ」
昔懐かし金平糖。私には別の意味でも懐かしいお菓子だ。この素朴な甘さが好きで、たまに姉様が買ってくれた唯一の甘味。今では食べることができな……って、夢に引きずられた。あれは夢の中のことだった。
「みっちの母親から貰った。駄菓子詰め合わせ。そん中から持ってきた」
みっちというのは道場に通う小学生の女の子だ。さっき尚武君がお父さんに呼ばれたのは、駄菓子詰め合わせを貰いに行ってたのか。
「なんとなくあんたっぽいだろ」
「小ちゃい言うか! 」
尚武君の肩口を拳でグリグリすると、尚武君は大きな口で笑った。強面な顔立ちが途端に幼くなる。
ああ、この笑い方、凄く好きだな。
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