最終章 結婚式

side 香恋

 もうすぐ式がはじまる。

 緊張しながら、私は教会の扉の前で、その時を待っていた。


 静かだった。

 先ほどまで、山のほうで何か凄い爆発音がしていたが、その音もいつの間にか聞こえなくなっていた。


 ただ風にゆれる木々の音と、小鳥のさえずりしか聞こえなかった。

 

(もうすぐ、私は幸せなお嫁さんになる)

 

 結婚後の幸せを願い、私は花嫁が身につけると幸せになれるという4つのアイテムであるサムシング・フォーのうちの3つを身に着けていた。

 

 借りたもの、レンタルドレスは、サムシング・ボロウ

 新しきもの、卸し立ての手袋は、サムシング・ニュー

 青きもの、サファイアのついたティアラは、サムシング・ブルー


 あと、1つ、古いもの、サムシング・オールドは手に入らなかった。

 私も幸博さんも天涯孤独の身だったから。


「香恋さん」


 そんな私を呼ぶ声を聴き、私は振り返った。

 そこには、先ほど私に会いにきた3人の姿があった。

 

 先ほど、この場をさってから20分も経っていないのに、彼らは、ところどころ汚れ、服の一部は切り裂かれていた。

 驚く私に、熾火さんが右手を突き出した。


「あの…これを愛海さんから、渡してほしいって言われて……」


 その手には、大粒の真珠のネックレスが握られていた。


「どうしても外せない用事があって、結婚式には参加できないけど、博之さんから、サムシング・オールドが用意できないって愚痴を聞いていたから、これをあなたに渡してほしいと頼まれました」


 なぜ、彼がメッセンジャーになったのかわからず、私は戸惑っていた。

 そんな私の驚きを無視して、彼は言葉を続ける」


「このネックレスは、愛海さんのお母さんのネックレスで、愛海さんが受け継いだものだそうですが、あなたにあげるそうです」


「え、どうして?」


 彼の言っている意味がわからなかった。

 こんな高価そうなものを譲ってくれるなんて…・・


「なぜなら、『私は幸博さんの母親みたいなものだから、このネックレスは、サムシング・オールドになるのじゃないか』といことです」


 あの日、幸博さんが、古杉さんを私に紹介し食事をした際、たしかに「古杉さんが母親だったらよかったのに」と幸博さんが言っていたのを私は確かに聞いていた。

 その時、古杉さんは、「未婚の女性にそれはセクハラよ」といってやんわりとたしなめていたけど……

 私は彼女が幸博さんに対して特別な感情をもっていると思っていた。

 それは私の勘違いだったのか……

 だとしたら、私はかなり失礼な勘違いをしていたのかもしれない……、


「どうぞ」

 

 熾火さんは促す


「これは、あなたたちの『母親』からの贈り物です」



*** side Others ***

*** 数分前 ***


 狙い撃てる状態で放たれた銃弾が、ネックレスに襲い掛かるが、それだけは身を捩ってかわす。

 だが、銃弾は急所を貫き、愛海はその場に崩れ落ちた


蒼:「愛海さん!」

蒼:咎を愛海の近くへと降下させる


咎:「っつ……」

咎:近づく


 愛海の体が少しずつ、塵となっていく。


蒼:「今なら……間に合いますかね? 私が結構式場まで飛べば……」


咎:「回復の魔弾を打ち込めば少しは……、気休め程度にしかならないと思うが……」

咎:回復の魔弾を作り出し腕に打ち込む


 咎が回復の銃弾を撃ち込むが、愛海は回復した様子はなかった。

 そう、彼女が回復することはない。

 彼女は魔獣、この世の摂理から離れた存在であるゆえに。


蒼:「っ……」

蒼:背中をジェットパックに変形させ、愛海を背負う。


 愛海の体が崩れていく

 もう崩壊がはじまっていたのだ。

 下手に触れば、崩壊はさらにひどくなっていくだろう。


蒼:「っ……もうどうしようもないの……!?」


愛海:「お願いが……あるの」


蒼:「……何ですか……?」

蒼:蒼は震えた声で言う


咎:「……できることがあるなら」


アッサルト:「……」(こくっ)


 愛海は首にかけていたネックレスを外します。

 高価そうな古い大粒の真珠のネックレスを


愛海:「これは、私が母が結婚式の時にしていたネックレスなの」

愛海:「私が結婚する時にってもらったけど、私は結婚できなかった」

愛海:「でも、代理の母親として、息子のお嫁さんにこれを渡すことくらいは……」

愛海:「このサムシング・オールドを……」


咎:「……分かった、確かに…」


蒼:「……何で……何でこんなことになっちゃったんですか…! 何でなんですか!!」

蒼:蒼は自分の頰に何か暖かい物が目から流れていくのを感じた。

蒼:それは、涙だった。


アッサルト:「蒼さん…」


咎:「……行こう、今は早く」

咎:蒼さんの手を引く


蒼:「……あれ、私……おかしいな…….涙なんか出ないはずなのに……何で……」

蒼:熾火に連れられて行く


咎:「……」

咎:その問いには応えず、今は唯願いをかなえるために


 そんな騎士たちを見送りながら、愛海の体は塵になり、あとは魔玉だけが残った。


蒼:「ぁぁぁぁぁぁっ……、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

蒼:蒼は無表情で泣く。周囲の事などお構いなしに泣いた。コレほど泣いたのは何十年ぶりだ


咎:「……泣けなけ、今のうちに、泣けるときにないておけ、そのうち泣けなくなるからな…」

咎:頭をポンポンしながら歩く


アッサルト:黙って魔玉を拾う

アッサルト:魔獣は倒した。任務は果たした。

アッサルト:しかし、こういうときに泣けない自分はおかしいだろうか


******



 私は、熾火さんからネックレスを受け取った。


「ありがとうございます」


 確かに古そうだけど、しっかりとした造りのネックレスでした。

 家族がいない私たち2人の「母親」からの贈り物を……

 

 なぜ彼女が直接渡してくれなかったのか、少し疑問を感じたけれど、深く考える時間はなかった。

 結婚式はもうすぐはじまる。


 孤児院で読んだハッピーエンドで終わる古い恋愛漫画でみた結婚式のシーン

 


 小さな教会

 オルガンの音が静かに流れる中……

 最愛の人である新郎のもとに向かって、サムシングフォーに身を包みウェディングロードを歩く新婦


 そんな幸せな新婦に私はなるんだ。


「幸せになりなさい」


 どこからか古杉さんの声が聞こえたような気がした。



***HAPPY END***





【補足】

 魔獣となった古杉愛海は死んだ。

 その魂は魔獣に縛られ、魔玉という形で残されるため、輪廻転生することもない。

 彼女はこの世界から消滅したのだ。


 その事実が覆ることはないが、彼女の関係者は、彼女の死を悼むものの、すぐに彼女の存在を忘れてしまう。

 これは日本に張り巡らされた大結界による忘却の魔術の効果である。

 この魔術により、人々は、魔獣にかかわった事件に関する記憶を、思い出すことが難しくなり、思い出してもすぐに忘れてしまう。

 

 幸博、香恋夫婦は、自分たちに母親代わりの女性がおり、自分たちを祝福してくれた事を心に刻みつつも、日常において彼女の死については忘却し、当然、彼女の死に疑問を覚えることもない。


 忘却は、時には祝福である。

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